旧東ドイツのボブ・ディラン?の伝記映画
ゲアハルト・グンダーマン。
旧東ドイツ時代から東西ドイツ統一後の東ドイツで活躍したというシンガーソングライターで、昼間は褐炭採掘場で働き、仕事が終わるとステージに立っていたということです。
そのグンダーマンの伝記(的)映画なんですが、実は彼は秘密警察シュタージへの情報提供者だったという話です。
映画の意図を測りかねる
この映画の意図を理解できるのはドイツ人かドイツ在住の人で、ドイツ的価値観の中で生活している人くらいじゃないでしょうか。
まず、映画のつくりが非常にわかりにくい上に、字幕が不親切で日本語的には噛み合わない会話が多く、グンダーマンの真意がつかみきれません。ネイティブスピーカーじゃないと会話のニュアンスがよくわかりません。
それもあって、映画の主題がどこにあるのかよくわかりません。
基本的には音楽映画のつくりにみえます。公式サイトのプレイリストにも18曲がリストアップされており、印象としても音楽で構成しようとしています。ただ、問題はそれがあまりうまくない(のではないか)ということです。
シュタージへの情報提供者であったことを映画がどう描こうとしているのかもよくわかりません。
映画は、グンダーマンが、実は自分はシュタージへの情報提供者だったと知り合いに明かすところから始まりますが、それがどういうシチュエーションかもわからない上に、グンダーマンは割と簡単にそう語っています。さらにその友人は、実は自分もお前を調べていたと語ります。
シュタージの件は最後までそんな感じの軽い扱いで、グンダーマン自身もそのことについて良心の呵責にさいなまれるということもなく、ラストシーンでは、バンド仲間に告白するも、その態度はそれでも一緒にやるやつだけ残ればいいみたいな感じです。結局全員残ることになり、その後、ステージでも告白し、当然いっときは皆どうしていいかわからずシーンとなるわけですが、歌い始めると次第に客たちも乗り始め、最後は拍手で終わるという終え方をしています。
という映画が2019年のドイツ映画賞(German Film Awards)で監督賞など6部門で最優秀賞を受賞しているわけですから、やはりドイツ人にしかわからない映画ということだと思います。なお、公式サイトに作品賞でも最優秀賞受賞とあるのは誤りじゃないかと思います。
ふと、あるいは単純な善悪では当時のことを裁けない何かがドイツにはあるのかもしれないとの思いも浮かびます。
ネタバレあらすじとちょいツッコミ
ゲアハルト・グンダーマンさん、下の写真の方です。映画ではアレクサンダー・シェーアさんが演じていますが、え、本人?というくらい見た目の特徴を捉えています。
By Claude Lebus at German Wikipedia, CC BY-SA 3.0, Link
1955年生まれですので、映画の旧東ドイツ時代が1974年からだった(かな?)としますと19歳、まあ20歳前後からを描いていたということになります。
そして、描かれていた統一後の時代を1992年(これも?)としますと、37歳くらい、30代後半が描かれていたということです。なお、グンダーマンさんは1998年6月21日に43歳で亡くなっています。上の写真には1994年のクレジットがついていますので亡くなる4年前の姿です。
伝記映画というには描き方が断片的で、どういう人だったのか、どういうことがあったのかなど、わかることはそう多くありません。
ウィキペディアによれば、1975年に士官学校を退校処分になったために炭鉱で働き始めたとありますので、上に書いた1974年というのは私の記憶違いですね。
グンダーマンは炭鉱で働き始め、掘削機の運転を教わります。そして、仕事が終われば仲間とバンド演奏を楽しみ、働く仲間たちの前で歌うシーンもあります。掘削機を運転しながらでも歌詞が浮かべば録音しています。
旧東ドイツ時代の音楽活動がどの程度であったのかは映画からはよくわかりませんが、ある時、シュタージの職員から音楽的に便宜を図って(よくわからなかった)やる代わりに情報提供者にならないかと誘いを受けます。
グンダーマンはあっさり承諾します。こういうところの描写がほとんどありませんので本当によくわからない映画です(笑)。
グンダーマンは、とにかくなんであれ言葉を使って自分の考えを主張する人物として描かれています。シュタージの件との前後ははっきりしませんが、ドイツ社会主義統一党(一党独裁の政権党)に入党します。その際にもいろいろ主張したり、党幹部が炭鉱を視察に来れば生産性や安全性について自分の意見を主張し口論したりします。
そうしたことが災いしたのか、党を除名されます。ただ、そのことが映画的に何かに関わっていくわけではなくそれで終わりです。それに党からの除名とシュタージの関係もよくわからないです。
やはり、一番描きたかったのは音楽と恋愛かもしれません。
仕事仲間? バンド仲間? のコニーという女性がいます。コニーは仕事仲間? バンド仲間? の男性と結婚しており二人の子どもがいます。しかし、グンダーマンはコニーに惹かれており、コニーもまた抑えてはいますがグンダーマンに次第に惹かれるようになっていきます。
そして、抑えきれなくなった二人は関係を持ちます。グンダーマンは夫の目を盗んでは(夫も仲間だよ…)コニーに迫りますがコニーはもう終わりよと自分の気持ちを抑えながら言います。
(何の描写もなく)夫にばれます。グンダーマンと夫はお互いに荷物(バッグひとつ程度)を持って住まいを替わります。つまり、グンダーマンはコニーと子どもたちの住まいに引っ越し、夫はグンダーマンが一人で暮らしていた住まいに移るということです。それも隣の建物みたいな感じでした。子どもたちもグンダーマンになついでいました。
シュタージからは、ハンガリーに行って(演奏かな?)誰々を連れてきてくれと指示を受けて、はい(とは言っていないけど)とか答えていました。東ドイツで拘束するということでしょう。それがどうなったかはわかりません。
そして、1990年、東西ドイツが統一されます。ただ、映画にそうしたシーンはありません。どのシーンがこれ以降のシーンだったかもはっきりしません。ある意味、個々の生活者にとってはそういうものだったのかもしれません。目に見える戦争があったわけでもありませんので社会の変化は徐々に変わっていった感覚なのでしょう。
グンダーマンは変わらず炭鉱の仕事を続けています。また、演奏活動もしています。ボブ・ディランの前座を務めたことがあるらしく、ボディガードに囲まれたディランに例の行動力で言葉を掛けにいくシーンがあります。
父親のエピソードも挿入されています。なんでも、グンダーマンが子どもの頃、父親の拳銃で遊んでいたところ、それが見つかり、拳銃の不法所持で父親が逮捕されたらしく、それ以降交流がなくなったということです。
その後、その父親が亡くなり病院へ駆けつけたり、父親の住まいを訪ねますとグンダーマンが載った切り抜かれた新聞記事がたくさん出てきたりします。
東西ドイツ統一後、次第に社会情勢が変化し、シュタージの行為が顕になってくるにつれ、自分がスパイ、あるいは情報提供者であったことを告白する人が現れ始めます。
グンダーマンがなぜ自分も告白しようとしたかは描かれていませんが、シュタージ・ファイルが保管されているところへ行き自分のファイルがないか調べます。
このあたりのシーンも非常にわかりにくいです。グンダーマンが係員と一緒に書庫に入るシーンがあったり、ファイルはないと言っていた係員が突然暗号名グレゴリだ!と叫んだり、突然記者が登場し、グンダーマンをインタビューしたり、その記者が分厚いファイルを見つけたと持ってきて、グンダーマンを非難するだけして去っていったり、それに対してコニーが、(記者に)あなただって同じでしょ(体制を認めていたでしょという意味かな?)と返したりと、とにかく映画の意図がわかりません。
こんなことも言っていました。知人だったか誰かが西へ脱出しようとしていたのを情報提供(密告?)していたことを突きつけられて、それに答えることに、だって彼はこの国に必要な人だからとか、出国許可を申請すればよかったのにとか、実に能天気に答えていました。
穿った見方をすればこういうことでしょう。
グンダーマンという人は、裏表がなく、社会主義そのものを信じてドイツ社会主義統一党に入党し、社会主義のためだと考えシュタージに協力し、悪意はなかったのだから免罪される…って、まさかこういうこと?
「善き人のためのソナタ」にはならず…
「善き人のためのソナタ」が映画としてさほど優れているとは思いませんが、旧東ドイツの監視社会を、それを知らないものに伝えるにはやはり映画的なドラマもあり叙情的でもあるああした映画がいいのだと思います。
その意味でも、やはりこの映画はドイツ国内のものでしょう。
それに、この映画、2018年の映画です。最近の洋画界隈、映画が撮られていないのか、買い付けが難しいのか、あまり映画が入ってこないようです。