閉じた価値観の平成ラブストーリー
中島みゆきさんの「糸」に着想を得て制作された映画ということです。
縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます
この歌詞からしてもおよそ内容は想像できますし、そのとおりの映画でした。ただ、覚悟して見に行った割には意外にもさほど苦にならず(ペコリ)見られました。
覚悟というのは、ベタすぎたらどうしよう、くさかったらどうしようということだったんですが(笑)、思いのほかシンプルに作られており、ベタさもほどほど深刻さもほどほどで全世代向けラブストーリーだと思います。
監督は瀬々敬久さん、ここ最近の数本はすべて見ていますが、よかったのは「8年越しの花嫁 奇跡の実話」くらいで、この映画と同じようにシンプルなラブストーリーです。「友罪」や「楽園」のように人物を深く描かなければ成り立たないような映画ではあまりいい結果は出ていません。
シナリオ重視のしっかりとした丁寧な映画を撮る監督だと思います。それだけにシナリオの出来不出来が結果にそのまま現れるのでしょう。
それにしても菅田将暉さんはうまいですね。この映画が嫌味なく見られる一番の理由は菅田将暉さんにあるかも知れません。
台詞のない時の微妙な表情の変化が無茶苦茶いいんです。13歳のときに運命的な出会いをしたふたりが紆余曲折を経て18年後に再々再会して結ばれるという話なわけですから、当然その18年間に起きることは苦くて苦しいものばかりになります。その苦しみを暗くさせずにうまく演じています。
小松菜奈さんはこの葵役にはちょっとばかり影がなさすぎます。葵は母親のネグレクトと母親の男からの虐待にあっているわけですからやはりその影のようなものがベースにないとその後の東京でのキャバ嬢時代やシンガポールでの起業家時代の描写に深みが出ません。
そうそう、シンガポールねぇ…、あれはやりすぎです。
この映画、ドラマの背景に平成の日本の浮き沈みのようなものをうまく(でもないけど)使って物語を進めています。
漣(菅田将暉)と葵(小松菜奈)は13歳のときに北海道美瑛で出会いますが、程なくして葵が漣の前から姿を消してしまいます。理由は母親が男から逃げたんだったか忘れてしまいましたが、平成の前半、1900年代はネグレクト、DVなどが顕在化した時代です。
そして次にふたりが会うのが8年後の2009年、21歳の時です。漣が友人の結婚式のために東京へ行きますと、再会した葵には一緒に暮らしている男がいます。
俳優の話に戻ってしまいますが、この時の漣と葵の表情に俳優の差がはっきりと見て取れます。
話は戻って、その男はファンドマネージャー(社長と呼ばれていたと思う)で、葵はキャバクラで出会っています。2000年前後にはITバブルとかもありました。キャバクラもピークじゃなかったでしょうか。その時、男は成功者ですが、後にリーマンショック(2008年なので時期が合わないけど…)でお金だけもって沖縄へ夜逃げします。
葵は後を追います。しかし、その男、しばらく一緒に暮らした後、葵に世界で羽ばたけみたいな言葉とお金を残してどこかへ消えてしまいます(笑)。
葵はキャバクラ時代の友人に呼ばれてシンガポールへ行きネイリストになります。この時、シンガポールの客から出る言葉が、昔は自分が日本へ行ったのものだが今は日本から来るのね、と日本のアジアでの存在感の低下が語られたりしています。
しかしこれは映画ですので葵はネイルサロンを起業し大成功をおさめます。
2011年3月11日、東日本大震災、葵はシンガポールでそのニュースを見ます。この震災のショックは直接葵や漣には関わってきませんが、漣の友人の妻が被災者となっています。
この妻の役、二階堂ふみさんがやっているのですが、なんだか浮いていましたね(笑)。友情出演となっていますけど何なんでしょうね。
とにかく、シンガポールの成功もつかの間、友人が裏で使い込みをしておりネイルサロンは倒産します。このあたりの描き方はいい加減ですが、このあたりを突っ込んで描いていたら逆に失敗だったと思います。とにかくシンガポールパートはやりすぎです(笑)。
といった感じで平成の日本の浮き沈みが、上っ面だけですがドラマの背景に使われています。
こうやって思い返してみますと、葵の方は人間関係や時代の流れに翻弄されていますが、漣の方は堅実に生きてきています。これも何か平成という時代を象徴している感じがします。脚本段階でも意識はされていないとは思いますが。
漣は美瑛(かな?)のチーズ工場で働き、そこで知り合った女性と結婚し子供をもうけ、しかし妻となった女性は癌でなくなっています。
そして、2019年、平成最後の年、ふたりは再々再会するわけです。
13歳の時、漣は葵に自分が葵を守ると言って葵を連れ出し函館から青森へ渡ろうとした経緯があります。また、ふたりが最初に出会ったのは花火大会のときです。
ラストはそうした過去のエピソードをすべて回収するかのように、函館の連絡船で青森へ渡ろうとする葵と美瑛(遠すぎるから違うかも)から追っかけてきた蓮が互いに気配を感じながらも探し回り、そして、ついに再会、抱擁、そのバックには新しい年号の始まりを告げる花火が上がっています。
という、まあほどよい感動物語ではありますが、考えてみれば、結局すべて始まりに戻るという、とても平成らしい閉じた価値観のラブストーリーではありました。