いとみち

すべてにおいて過不足なく完璧!

横浜聡子監督、2016年の「俳優 亀岡拓次」以来です。長編ではその前が2008年の「ウルトラミラクルラブストーリー」ですから、なかなか撮りたいものの環境が整わないということなのか、もっと撮って欲しい監督のひとりです。

で、「いとみち」、完璧でした。あらゆる点において過不足なく完璧でした。

いとみち

いとみち / 監督:横浜聡子

以下、本音で褒めまくります。

駒井蓮はじめ、俳優が完璧

主役の相馬いとをやっている駒井蓮さんはじめ、父親の豊川悦司さん、おばあちゃんの西川洋子さん、メイドカフェの黒川芽衣さん、横田真悠さん、中島歩さん、同級生のジョナゴールドさんほか皆さんぴったりはまっていました。

特に西川洋子さん、高橋竹山の最初の弟子とのことですが、津軽三味線だけではなく俳優としても活動されているんでしょうか。自然体で生き生きと演じていらっしゃいました。楽しそうでした。台詞も動きもテンポがよく、その出演シーンは西川さんが引っ張っている感じでした。

豊川悦司さんは実力からすれば当然でしょう。

メイドカフェの3人、それぞれ持ち味を出している感じでよかったです。店長役の中島歩さん、真面目さがとても印象に残ったんですが、あの店長キャラは演出なのか、本人の役作りなのか興味があるところです。最初は佐藤隆太さんかと思って見ていましたが、似ていますよね。今年12月に公開される(らしい)濱口竜介監督の「偶然と想像」にも出演しているらしく楽しみです。

ジョナゴールドさん、いとのセーフティネットとなる同級生役で、最初からかなり伏線が張られていますのでなんとなく先は読めますが、気負ったとことがなく自然体でよかったです。

そして、駒井蓮さん、見るのは初めてではなく「町田くんの世界」や「朝が来る」に出ているとのことですがあまり印象はありません(ペコリ)。でもこの映画で印象に残りました。

この映画、16歳のいとの成長物語なんですが、成長しなくてはいけないいとの感じがとてもよく出ており、(漠然と想像する)今の高校生(くらい)の憂鬱さ(ちょっと違う)みたいなもの、そしてそこからの成長の過程がとてもよく出ていました。

父親の耕一がメイドカフェのアルバイトをやめさせようとあれこれ言うことに対して、言いたいことは喉まで出ているのに言葉が見つからず、涙目になりながら必死に言葉を探そうとして口をもぐもぐさせ、ついに「差別主義のインチキ教授」とひかえめに耕一に投げかけるシーンはむちゃくちゃ良かったです。

それになんと言っても津軽三味線でしょう。クライマックスのメイドカフェでのライブで弾く「津軽あいや節」(らしい)は吹き替えなしです。音の方は多分差し替えられていると思いますが(間違っていたらすみません)様になっていてカッコよかったです。

俳優のアンサンブルが完璧

という俳優たちがそれぞれよく見えるのは、そのバランスがよく、アンサンブルがとてもうまくいっているからです。

横浜聡子監督の演出の力でしょう。

いと、耕一、ハツヱの家庭、そして店長、幸子、智美、いとのメイドカフェ、このふたつのシーン、安心して見ていられます。そして、笑えます。

家庭ではハツヱの西川洋子さん、メイドカフェでは店長の中島歩さん、このふたりがそれぞれの場をギュッとグリップしています。

津軽弁を使ったシナリオが完璧

制作段階で字幕なんてことも話に出たのではないかと思います。

標準語感覚では半分も聞き取れないくらいですので翻訳字幕という意味ですが、仮にそうしたことが検討されたとしたらですが、なくて正解でしょう。画で伝わりますし、画に集中できます。

おそらく監督にも迷いはあったのだと思いますが、ここはトータルとしてこれが伝わればいいといった計算の上だと思います。

そうしたこと含めてシナリオ、そして演出が過不足なく完璧です。褒め殺しみたいなことになってきましたが(笑)、素直な気持ちの感想であり、素直な評価です。

基本、オーソドックスな16歳の少女の成長物語ですので奇をてらう必要もないのですが、さらにオーソドックスであるからこそ演出が過剰にならないように注意深く組み立てられています。

如何様にも盛り上げられそうないとの三味線ライブ(特に演奏後)もそうですし、いとの家出シーンもそうですし、なくなった母親の描写もそうです。すべてがごく日常的に見えるように描かれています。

ネタバレあらすじとちょいツッコミ

始まりは衝撃的

ツッコミどころなどありません。気持ちよく流れていきます。津軽弁がほとんど聞き取れませんのでこのスムーズさは成功しています。

始まりはちょっとばかり衝撃的です。

学校でいとが教科書を朗読するシーン、そして家での祖母ハツヱとの会話のシーンと続きますが、えー、どうしよう、聞き取れない…と不安になります(笑)。でも、先に書いたように大丈夫でした。

いとはどうやら自分の気持ちを言葉にすることが苦手な(うまくいかない)ようです。そうしたことからか友だちもいません。さほど訛りを気にしている風ではありませんのでそれが理由ということではないでしょう。大学教授の父親耕一からは言葉にしろと言われています。

いとは中学の頃に津軽三味線のコンテストで賞を取っています。幼い頃から祖母ハツヱの弾く三味線を聞き耳で覚えたということです。でも、いつの頃からかその三味線も手に取らなくなっています。ハツヱにそのことを言われるのもやや鬱陶しく感じているようでもあります。

母親は亡くなっています。2、3シーン、母親が縁側で三味線を弾くフラッシュバックが入ります。

憂鬱と言いますとちょっと言葉が重くなってしまいますが、思春期特有の憂鬱さと言いますか、そうしたいとの人物像が描かれます。ただ、たとえば訛りのためであるとか、そうしたこうだからこうといった因果関係でいとが描かれているわけではありません。

いと、メイドカフェで働く

何を思ったのか(笑)、ネットで見たメイドカフェのアルバイトに応募します。いとは自分の意志で行動する人物ということでしょう。

いとの家は青森県の板柳町、五能線で弘前から5つ目の駅です。メイドカフェは青森にあります。父親からはアルバイトなら弘前にもあるだろうと言われます。

板柳町の西にある岩木山、何シーンか、津軽富士と呼ばれるその美しい姿がいとの日常生活の背景に使われていました。この岩木山は、ラストにいとと耕一が登る山です。

メイドカフェの人物配置はややファンタジーっぽいつくりになっています。みなキャラが立っているということです。真面目さが笑える店長、面倒見のいい永遠の22歳のシングルマザー、キャピキャピを演じる将来の漫画家、そして、メイドカフェが東京のマネじゃないかと言われ、世界は模倣でできている(みたいな台詞)とうそぶく得体の知れないオーナーや常連たちと、コメディ要素も入れながら進みます。

「おかえりなさいませ、ごしゅじんさま」も訛ってしまういとですが、意外にもその素朴さ(ちょっと違う)がうけたのか人気はあるようです。不器用さからひっくり返ったり、痴漢騒ぎがあったりしながらも、カフェのメンバーや常連たちにささえられアルバイトは続きます。

メイドカフェのオーナー、逮捕される

メイドカフェのオーナーが出資法違反(だったかな)で逮捕されます。

いとと父親耕一の間にもひと騒動持ち上がります。これが先に書いた「差別主義のインチキ教授」事件です。耕一はメイドカフェをまるで犯罪者を生み出す場所であるかのように言い、もてない男たちが行くところだと差別的用語を連発し、興奮していとにやめろと言います。いとは家出をすると言い、耕一は山へ行く言ってふたりで家を出ていきます。

この時のハツヱの台詞、忘れてしまっているのになんですが、とても良かったです(笑)。

書いていませんが、映画の最初から何シーンか、口バクでいとに「けっぱれ」(だと思う)と声をかけてくる同級生がいます。ある日、いとが思い切って声をかけてふたりは友達になっています。いとはその友達の家に家出します。


いと
はちゃんと三味線を持って家出しています。その友達が聞かせてくれた曲を耳コピで演奏したりします。

そしてある日、メイドカフェに耕一がやってきます。いとは驚きながらも店長に自分でコーヒーを入れさせてと言い、そのコーヒーと店の人気商品アップルパイを耕一の前に出します。ここでご主人様なんてあざとい台詞を言わせないところがとてもよく、いとはコーヒーとアップルパイですと普通に言っていました。耕一はけっぱれと返していました。

いと、三味線ライブを提案する

メイドカフェは閉店の危機に瀕しています。店長は閉店しかないと言います。

いとは自分の三味線ライブを提案します。将来の漫画家がイラストを書き、常連たちがちんどん屋として宣伝をし、その日を迎えます。

祖母のハツヱも、同級生も、常連たちも顔を揃えています。いとは緊張しながらも「津軽あいや節」を弾ききります。

ここ結構注目すべきところだと思いますが、演奏後、スパッと次のシーンに切り替える潔さをみせています。

次のシーンは、いとと耕一が岩木山に登るシーンです。山頂から板柳の町を見下ろし、いとが幾度も「おーい!」と叫ぶシーンで終わります。

現在の「いと」が過去の「いと」に声をかけているのです。

横浜聡子監督

この先どういう映画を撮っていくことになるのかわかりませんが期待しています。

こうしたオーソドックスな青春映画だからこそこうしたつくりなんだという計算されたつくりに感動します。

目立ちませんがジェンダーなど現代的な意味合いのテーマもきちんと抑えられています。

とにかく、すべての面において過不足なく完璧です。

次はそうしたものをぶち破る横浜聡子監督ならではの映画を期待しています。