燃ゆる女の肖像

オルフェウスとヴィヴァルディの夏とつかの間の愛

日本語タイトルの「肖」が反転してありますね。

ちょっとばかりあざといのではと思いますが、まあ「振り返る」がキーワードでもありますし、鏡に姿を写すシーンもかなり多いですのでそこからなんでしょう。

燃える女の肖像

燃ゆる女の肖像 / 監督:セリーヌ・シアマ

アデル・エネルにエロイーズって合ってる? 

最初に否定的なことを言うのもなんですが、アデル・エネルさん、この役に合っているんですかね?

私はどうしてもこの俳優さんからは「強さ」「タフさ」といったものを感じてしまいますので、修道院にいて結婚のために家に戻され、一度も会ったことのない相手と結婚させられるという従順な役どころには違和感を感じてしまいます。

エロイーズ(アデル・エネル)とマリアンヌ(ノエミ・メルラン)、キャスティングが逆ですよね。画家という職業を持ち、一生結婚しないかも知れない、堕胎を経験したこともあると話すマリアンヌこそがアデル・エネルさんのキャラクターです。

私はアデル・エネルさんには抑え切れないものが身体全体からにじみ出ているという印象を持っていますのでそう感じますが、プライベートでもパートナーだったセリーヌ・シアマ監督には違うアデル・エネルさんが見えているのかもしれません。

違和感から書き始めてしまいましたが、基本的には好きな映画です。好きであるがゆえにもうひとつ、これどうよということを先に書いておきます(笑)。

タイトルバックがあって最初のシーン、マリアンヌが数人の女性たちに絵を教えています。生徒の一人が後ろに掛けてある絵、女性のドレスに火がつき燃え上がっている絵を見てあの絵は先生のものですかと尋ねます。マリアンヌが悲しげな表情を浮かべ、そうよと答えます。カメラはその絵をとらえズームインしていきます。生徒がタイトルは?と尋ねますとマリアンヌが「Portrait de la jeune fille en feu」(燃ゆる女の肖像)と答え、回想に入っていきます。

オイ、オイ、ちょっとベタすぎないか(ペコリ)。

ネタバレあらすじとちょいツッコミ

映画としては、各シーン各シーン、相当神経を使って撮られている感じがします。台詞の少なさもとても効いていますし、それに音楽も物語の中の音楽だけで劇伴は一切使われていません。

冒頭、マリアンヌが島に渡るためにボートで揺られています。このシーンは台詞はなく波音だけです。ただ、大変なことが起きます。木枠で梱包されたキャンバスが海に落ちてしまいます。人はなんともないのになぜ?と思いましたが(笑)とにかく、いきなりマリアンヌが服を着たまま海に飛び込みます。

男たち、数人の漕ぎ手がいるのですが、何もしないんですね。それにあのドレスですと溺れます。

マリアンヌの人物像をワンシーンで示そうとしたこともあるのでしょうが、この映画、意図的に男を出していませんのでその宣言みたいなものかも知れません。いずれにしても意表を突かれた感じで逆に映画に集中できました。おー! てな感じで。

島についたマリアンヌは濡れたドレスのまま梱包されたキャンバスと荷物を担いで丘を登り屋敷にたどりつきます。

またキャスティングの話になりますが、この導入シーンのマリアンヌがアデル・エネルさんなら無茶苦茶ぴったりするんですよね。エネルさんのマリアンヌなら真っ先に海に飛び込むでしょうし、荷物など物ともせず坂道を登っていく姿が目に浮かびます。もし、これらのシーンでマリアンヌをそのような人物として見せようとしたのであれば、残念ながら、この映画のマリアンヌはそのようには印象づいてはいません。

マリアンヌが屋敷のドアをノックしますとメイドのソフィが迎え入れてくれます。暖炉に火を入れドレスを乾かしてと言ったきりどこかへ行ってしまいます。屋敷の主である伯爵夫人も出てきません。夜、お腹のすいたマリアンヌがキッチンへ行き勝手にパンとチーズを食べていますとソフィがやってきます。

ここで、エロイーズの姉が結婚する予定であったのに崖から飛び降りて自殺したこと、代わりにエロイーズが修道院から呼び戻されたこと、そしてマリアンヌの前にも画家がやってきたがエロイーズは一度も顔を見せずに書き上がらなかったことが語られます。

エロイーズは結婚を拒絶しているということです。肖像画は今で言えば見合い写真ということらしく、後に伯爵夫人が自分の肖像画を前に、私よりも先にこの絵がここにやってきたとマリアンヌに語っていました。

伯爵夫人は、前任者が描けなかったから首にしたというようなことを言っていましたが、前任者が悪いのではなく、エロイーズを説得できない自分の責任じゃないの? と、ここはツッコミどころではありませんでした(笑)。

とにかく、画家の素性を隠して散歩相手ということにしてエロイーズと対面することになります。

海岸に出ますとエロイーズが突然走り出します。走りたかったの!と、つまり修道院生活では走ることも出来なかったし、本も音楽もなく、つまらなかったということを言っているわけです。この「本」と「音楽」は伏線になっています。

この海岸のシーン、二人が海をじっと見ています。マリアンヌにしてみれば肖像画を(隠れて)描くためには顔を見たいわけですから緊張するわけで、ゆっくり顔を振ってみますとエロイーズが突然振り向きます。マリアンヌはすっと顔を正面に戻します。そうしたやり取りが2、3回繰り返されます。

こうした繊細なつくり方がされている映画です。

ふたりは何度か散歩に出て少しずつ話をするようになります。マリアンヌは隠れて肖像画を描いていきます。座った姿は自分がドレスを着て鏡に写したり、ソフィに着させたり、散歩中に一瞬見た手首を記憶しながら描いたりします。

マリアンヌが自室で描いている時、不意にエロイーズがやってきます。マリアンヌは慌てて対応するわけですが、そのシーンの中でマリアンヌがヴィヴァルディの四季(もともとはそんなタイトルはついていないらしい)の「夏」をチェンバロ(じゃないような気がするが…)で好きな曲だと言ってたどたどしいながらも弾きます。嵐であるとか雷であるとかの解説を加えながら弾きます。この「夏」がエンディングへの伏線になっています。

エロイーズには隠したまま肖像画が完成します。マリアンヌは伯爵夫人に先にエロイーズに見せて自分は画家であることを告げたいと言います。

絵を見たエロイーズは、これが私? と不満を顕にします。ショックを受けたマリアンヌは絵の顔の部分に絵の具をこすりつけて消してしまいます。絵を見た伯爵夫人はマリアンヌに出ていってと告げますが、今度はエロイーズがポーズをとると言います。

と、ここまでの前半では、エロイーズの心境の変化やマリアンヌの画家としての苦悩が描かれていなければならないのですが、実際のところかなり淡白です。後半はふたりがお互いに求め合うことになるわけですから、そうしたものの予兆が表現されていないとなぜエロイーズがポーズをとるようになったのか説得力がありません。頑なに結婚を拒んでいたエロイーズが肖像画を認めるということは、その強い気持ちに打ち勝つほどマリアンヌと一緒にいたいと思ったということですのでそう感じられるシーンが必要です。マリアンヌにしても画家としての自負は強いものがある人物ですから、絵を見て自分じゃないと言われ、さらに解雇された屈辱は相当強くなくてはいけないと思います。

とにもかくにもマリアンヌにはチャンスが与えられます。伯爵夫人は5日間(だったと思う)留守にする間に描きあげてと告げて出掛けてしまいます。

後半です。ここからがこの映画のいいところです。と言いますか、本当は、映画的にはマリアンヌがポーズするエロイーズを描くシーン、たとえば、当然じっと見つめなければ描けないわけですからそうしたカットの積み重ねで気持ちの高揚を見せたり、それを抑え込む理性が見えたりというようなことでドラマを作っていくべきなんでしょうが、おそらくセリーヌ・シアマ監督はそうしたことが得意じゃないのか、嫌いなのか、ちょっとばかり変わった雰囲気になっています。

ソフィを含めた3人の共同生活を描いているような映画になります。絵を描くシーンで印象的なシーンはありません(記憶に残っていません)。

食事も3人そろってキッチンで食べます。ソフィがマリアンヌに生理が来ないのと相談します。産むの?と尋ねますと、伯爵夫人が帰ってくるまでに堕ろすと答えます。野原にマリアンヌとエロイーズが立ちその間のソフィが何度も走るシーンがあります。野原で薬草を探し飲むシーンがあります。3人がベッドでゴロゴロしながらエロイーズが本を読むシーンがあります。前半にエロイーズがマリアンヌから借りた本です。その時に修道院には本も音楽もないと言っていました。

ギリシャ神話のオルフェウスの物語です。終盤、この物語がふたりに比喩的に重ねられています。

オルフェウスとエウリュディケは愛し合っていましたがエウリュディケが毒蛇に噛まれ死んでしまいます。エウリュディケを忘れられないオルフェウスは冥界へ行き冥王にエウリュディケを人間界へ返して欲しいと願い出ます。(いろいろあって)願いを聞き入れた冥王はオルフェウスに冥界を出るまで絶対に振り返ってはいけないと条件をつけて後にエウリュディケを従わせるようにして帰します。人間界を目前にしたオルフェウスは不安にかられ振り返ってしまい、愛するエウリュディケとは永遠の別れとなってしまいます。

島の村へ行きソフィが堕胎をします。顔を背けるマリアンヌにエロイーズが見るべきだと言います。

島に村があったんですね。伯爵の屋敷があるんですから領民がいるのは当たり前ですが、冒頭のボートでやってくるシーンなどから伯爵の屋敷だけがある島なのかと不思議な感覚で見ていました。

夜、村の女たちが焚き火のまわりに集まっています。カメラがパンして女たちをとらえていきますと、ひとりの女が声をあげ始め、それが伝搬するように女性たちが手拍子をし歌い始め合唱となり高揚していきます。予告編に使われている曲です。

マリアンヌとエロイーズが焚き火を間にして見つめ合います。エロイーズのドレスに火がつき燃え上がります。エロイーズが倒れ、女たちが火を消そうとします。

一転してシーンは浜辺、岩陰のふたりがお互いに求め合いキスします。

燃えているエロイーズにはオルフェウスの冥界がイメージされているのかも知れませんし、ふたりの燃え上がる(ちょっとベタだけど)気持ちなんでしょうか。正直、突然村の女たち、そして燃えて、いきなり浜辺のキスシーンというのは意表をついています。

この後、ふたりのラブシーンが何シーンかあります。濃厚なシーンはなくわりと淡白です。この間にマリアンヌが真っ白なドレス(ウェディング?)のエロイーズの幻を見るシーンが2シーン(1シーンだったか?)あります。あまりよくわかりませんが、結婚することは冥界へ行ってしまうということなんでしょうか。

伯爵夫人が帰ってくることになります。それは別れを意味する日です。最後の日、ふたりはベッドの上にいます。マリアンヌが自分のペンダント用にエロイーズの肖像を描いています。エロイーズがあなたの肖像をこの本に描いてと例の本の空白の28ページを差し出します。マリアンヌは鏡を見て自分が裸で横たわる絵を描きます。

伯爵夫人が帰ってきます。肖像画を見て満足します。そしてマリアンヌが屋敷を去る日、ふたりは熱く抱擁し、マリアンヌが扉を開けて出ようとしたその時、エロイーズが振り返って!と声に出します。振り返ったマリアンヌは一瞬白いドレスのエロイーズを見、そして扉は閉ざされます。

冒頭の絵画教室です。マリアンヌが生徒のひとりに、その後二度エロイーズに会ったと語ります。ってことは、これまでのシーンはずっと生徒に語っていたのね、というのはツッコミどころではありません(ぺこり)。

一度目は絵画展に展示されたエロイーズの肖像画との出会い、その絵にはエロイーズの傍らに幼い子どもが、そしてエロイーズの膝にはわずかに開かれた例の本が描かれ、そこには28と記されています。

そして二度めは演奏会の時、エロイーズが向かいのバルコニーを自分の席に向かって歩いていきます。席についたエロイーズはマリアンヌを見ることなくじっと舞台を見つめています。演奏が始まります。ヴィヴァルディ協奏曲第2番ト短調RV315「夏」です。カメラはじっとエロイーズを捉えたままです。エロイーズの目からはとめどなく涙が流れています。

現代のジェンダー意識で撮られた18世紀の映画

この映画は18世紀の物語ですが、現代のジェンダーを意識してつくられています。もう少し言い方を変えれば、セリーヌ・シアマ監督は何ら意識していない(かも知れない)にもかかわらず、ずっと男性目線で撮られてきた映画に慣れた目にはそのように映るということです。

あらすじの中でも書いていますが、この映画には男が出てきません。ボートの漕ぎ手とおそらくソフィの相手だと思われますが伯爵夫人が帰ってきた時にソフィーが食事を振る舞っていた男(漕ぎ手の男かも知れない)だけです。

エロイーズのドレスが燃える場面でも、何をやっていたのかわかりませんがそこにいたのは女たちだけです。

ああ女性だけだ、と見えてしまいます。最近では男たちの物語を見ますと、ああ男社会が全てのような映画だなあなどと感じるようになりましたが、それもごく最近のことです。

ふたりのラブシーンが淡白に感じられるのも男目線で撮られたラブシーンを見続けているからかも知れません。

伯爵夫人が自分よりも肖像画のほうが先にやってきたと語る言葉もモノ化された女性を感じさせ切ないのですが、その伯爵夫人という権威が消えた後半の3人の女性の階級を取り払った対等な関係の描き方はかなり意識されているでしょう。

別れの時、確か、マリアンヌは伯爵夫人を抱擁していたと思います。ソフィともしていたようにも思います。

ラストの絵画展のシーンでは、マリアンヌが、話しかけてきた老齢の画家に対して父親名の絵も自分が描いたものだと語っていました。

といった描き方がされた映画です。この映画は昨年2019年のカンヌで脚本賞とクィア・パルムを受賞しています。この年のパルムドールは「パラサイト」でしたので、この映画がパルムドールでもよかったかもとは思います。

セリーヌ・シアマ監督の映画は「水の中のつぼみ」と「トムボーイ」を見ていますが、どちらも、そしてこの「燃ゆる女の肖像」もそうですが、あまり濃密な人間関係を描く監督ではなく、シンプルだけれども丁寧で繊細という印象の強い監督です。

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