時代を超えて女性の中に生き続ける抑圧と死の身体記憶
映画.com の、それも一覧に表示された「北ドイツの農場を舞台に、それぞれ異なる時代を生きる4人の少女が体験する…」程度の紹介文をみただけでポチッとしたもんですから、内容はほとんどわからず、ああ、こういうことをやっているのかな程度で終わってしまいました。

死と性の妄想と女性への抑圧
「死と性の妄想と女性への抑圧」なんとなくこういうことかなと感じたことです。
と、書いたまますでに数日経ってしまいました(涙)。また、率直なところ4人の少女が誰だったかもさほど印象に残っていないという有り様ですのでこれ以上のことは何も書けそうもありません。
とは言うもののずっと気にはなっていましたので、マーシャ・シリンスキ監督のインタビュー記事をいくつか読んでみました。どうやら私が感じたことで当たらずといえども遠からずのようです。
ただ、「妄想」ではなく「身体記憶」というべきでした。
ドイツ アルトマルク地方の同じ農場で生きた、1910年代(ドイツ帝国時代)のアルマ、1940年代(第二次世界大戦前後)のエリカ、1980年代(東ドイツ時代)のアンゲリカ、そして現代2020年代のレンカ、この4人の少女を軸にしたおよそ100年の物語がシャッフル編集されたような映画です。
うまくつくればガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』みたいなものになっていたかも知れませんね(ゴメン…)。
アルトマルク(Altmark)は、ドイツのザクセン=アンハルト州北部に位置する、歴史ある農村地帯です。ベルリンの西約100km、エルベ川西岸に広がり、中世の「プロイセンのゆりかご」と称される、のどかな自然と歴史的建造物が特徴の地域です。
(Gemini)
マーシャ・シリンスキ監督のインタビュー記事から
以下、インタビュー記事のまとめみたいなものです。マーシャ・シリンスキ監督の実際の言葉ではなく、私がドイツ語の記事のGoogle翻訳からこう読み取ったという内容です。
この映画の企画は、マーシャ・シリンスキ監督と共同脚本家のルイーズ・ピーターさんの二人がアルトマルク地方の農村で夏を過ごしているときに30年以上空き家になっている家があることを知り、そこで1920年ごろに撮影された3人の女性の写った写真を見つけたことから始まったそうです。
100年前、その女性たちが立っていたその場所にいま自分が立っているという思いが突如沸き起こり、そしてまた、その女性たちは死という運命を受け入れて消えていったという事実に深く心を揺さぶられたそうです。
そして、その後アルトマルク地方について調査する過程で女性作家による本の中に「メイドは男たちに危害を加えないようにしなければならなかった」という意味の記述を見つけ、それが強制不妊手術を意味しているらしい(本にその記述があるわけではない…)ことを知り大きな衝撃を受けたと言います。
4つの時代の関係や個々の時代の家族関係がはっきりしていないことについて、時代を超えて伝達されていく身体記憶は直線的に受け継がれるものではなく、たとえば血縁関係がなくても間接的に伝わるものだと答えています。
私にはシャッフル編集に見える4時代を交錯させた編集の意図はこういうことなんですね。
死とフランチェスカ・ウッドマン
川のシーンが何シーンかあったのですがそれについては、川が時代によって異なる意味を持つようになったと気づいたと言います。泳ぐための川、釣りをするための川、渡れない国境の川、第二次大戦後にはレイプから逃れるために命を断つための川にもなったということです。
その話の流れから、男性の性的な視線にさらされていない女性の人生はひとつもないと語り、話は今の映画界の話になり、「強い女性キャラクターが登場する映画」とか「女性の視点」とかを映画のセールスポイントにすることに違和感を感じると語り、カンヌ映画祭でも「母親の立場とどう両立させているか」と何度も質問されたが、その時心の中では「同じ質問をつい最近子どもが生まれた男性監督に聞いてみたらどうですか」と思っていたそうです。
「死」について語っているインタビュー記事もあります。インタビュアーの「映画では死というテーマも強く意識しているか」の質問に、今は身の回りから「死」が消えつつあるが100年前は人生の一部として認識され、もっと身近だったはずだと言います。
また、4つの時代を結びつけているテーマは女性であることの重荷なのかの問いに、厳密にはそうでないけれども、女性たちはそれぞれの時代の価値観に縛られており、そこから逃れようと試みるが多くの場合想像するしかなく、最終的には「死」において達成される(ちょっと難しいので違っているかも…)とも言っています。
映像的にはフランチェスカ・ウッドマンという写真家の作品からインスピレーションを受けて参考にしたと語っています。ウッドマンの写真は写されたものだけではなくその奥にある見えないものを表現しており、自分が思い描いていたイメージに最も合致していたのでスタッフと協力してその美学を映画に反映させることができたそうです。
感想:女性の中に残る抑圧と死の身体記憶
時代を超えて女性の中に生き続ける抑圧と死の身体記憶、これがテーマということだと思います。
ただ、それを映画から直感的に感じるには難しすぎます。最初に書きましたようになんとなくそういうことかなとはわかりますが、文化的背景も違いますし、特に字幕では無理です。少なくとも私には無理でした。
もちろん日本にも同じような過去はありますし現在も同じだと思いますのでそこから想像すればいいとも言えますが、映画は第一義的には直感的に感じられることが重要ですのでやはり難しいと言うしかありません。
ドイツ語のインタビュー記事では評価の高さも伝わってきますのでそういうことじゃないでしょうか。日本でこの映画が評価されることは難しいということです。