658km、陽子の旅

菊地凛子さんの苦労の跡が見える…(涙)

菊池凛子さん主演の映画を初めて見ます(多分…)。過去の出演作を見てみますと何作かは見ていますが、ほとんど記憶がありません。話題になったということもあり、どうしても記憶は「バベル」までさかのぼってしまいます。

監督は熊切和嘉さん、こちらもしばらく見ていないようで「武曲 MUKOKU」以来です。

658km、陽子の旅 / 監督:熊切和嘉

ラスト10分の映画…

内容は紹介されているとおりの映画です。24年前に父親の反対を押し切って弘前から東京へ出たものの何もかもうまくいかず、挙句の果てに引きこもってあらゆる交流を絶ってしまった女性が、父親の死を知って弘前へ帰る話です。それだけです。

出発は従兄の車ですが、途中からヒッチハイクになります。当然映画ですから、予想できるとおり、そのヒッチハイクの間にその女性、陽子(菊地凛子)の何かが変わるということになります。

映画は、陽子が24年前に何をしようとして東京へ出たのかも語りません。現在どうやって生活しているのかも語りません。いきなり従兄の茂(竹原ピストル)がやってきて、父親が死んだ、明日の12時が出棺だから今から行くと言われて引っ張り出されます。その上、陽子にはほとんど台詞がありません。車の後ろに座っているか、ヒッチハイクすることになって車を待っているかくらいのシーンしかありません。

いくらなんでもこれで一人の俳優によっかかって映画をつくろうなんて無茶です。結局、いくら菊地凛子さんとは言え、序盤中盤にかけてはさすがに持たず、やっとラスト10分(もう少しあったと思う…)でらしさを見せることができたという映画です。

このシナリオが受賞作…?

これ、TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM というシナリオコンテストの受賞作みたいです。

ちょっとばかり首をひねります。ツッコミどころが多いことは置いておいても、この映画から想像できるシナリオで陽子の人物像は浮かんでくるんでしょうか。陽子の台詞もない、会話もない、となればよほどト書きに書き込まれていなければ陽子がどういう人物なのかわからないでしょう。

菊地凛子さんの苦労している様子から想像しますとあまり書き込まれているようには感じられませんでしたがどうなんでしょう?

少なくとも、24年前、陽子が何を目指して東京へ出たのか、そしてその24年間に何があり、なぜ引きこもることになってしまったのか、それらが分からなければ演じようがないわけですから、きっと書き込まれているのでしょう。

亡霊は何も語らず…

父親の亡霊、と言いますか、陽子が見る幻の父親が登場します。オダギリジョーさんという無茶苦茶リアルな幻でした(笑)。

数ヶ所登場していましたが台詞はありません。もうちょっとなんとかすればいいのと思います。あれじゃ、関係を断つほどの何があったのか全くわかりません。少なくとも陽子が見ていることになっているわけですから、フラッシュバックとか入れればいいんじゃないですかね。ありきたりだからやめたとか? ありきたりを問題にしたら、ヒッチハイクでの出会いなんてかなりありきたりだと思います(ペコリ)。

いきなり乗せてと言われて、それもボソボソ声で言われて、疑いもせず乗せてペラペラと自分語りをして、ああスッキリしたっていう女性、ああ、あまりありきたりじゃないですね(笑)。

陽子が眠っている間にホテルに連れ込もうとする男、そうした男をありきたりとは思いませんが、そういう人物を出してくることがありきたりです。それに男は半強制的ではあっても暴力的ではなく、目的地まで送っていくかわりにやらせろと選択を迫り、陽子はそれを受け入れたように描いていましたが、陽子はそういう人物なんですか? 恐怖で固まってしまっていたという設定だったのなら、菊地凛子さんの演技が間違っています。いや、監督の演出が間違っています。

とにかく、こんな人物と出会っても変わりようがありません。逆に引きこもりがひどくなるばかりです。

震災への感傷に頼らないで…

終盤には心優しき老夫婦(吉澤健、風吹ジュン)の車に乗ることになります。どの台詞も聞き取りにくいですのであまりよくわかりませんでしたが、老夫婦は作っている野菜を無人販売所に置いたり、被災者(よくわからない…)に配ったりしているんだと思います。

その心優しさに打たれたのか、別れ際に陽子の方から握手を求めます。陽子が変わり始めたということでしょう。本当はもっと早くから陽子の心の揺れ(一方向ではなく…)を見せておけば序盤中盤も見られる映画になったんだと思います。菊地凛子さんがそれをやろうとしても映画自体がそれを受け止めていません。

とにかく、その老夫婦の紹介で次の車に乗ります。その女性はボランティアでこちらへ来ているうちに地元になってしまったと言っています。震災の被災地であることを見せるカットが何ヶ所か挿入されます。

そして最後です。これまで自分から声を上げて申し出ることもできなかった陽子ですが、何かが変わったのでしょう、ドライブインで必死に青森まで乗せてください!と声を上げます。中学生の男の子が「はい!」と手を上げます。いい子です。

陽子はその車の中で、乗せてくれた人たちへの感謝の言葉を語り、迷惑だと思うが聞いてほしいと自分語りを始めます。数分だったと思いますがもちろんワンカットです。ただ、内容には具体的なことはなく、要はいろんな人に出会って自分も変わろうと思うというようなことでした。

あの内容ですと、シナリオには陽子の具体的な過去は書き込まれていないかもしれないですね。

ということで、雪が降り始め、雪の中陽子が実家へ向かって歩いていく姿にタイトルが入って終わります。