やはり映画監督はファインダーのこちら側にいないと…
たまたまですが、「ライク・サムワン・イン・ラブ」とイラン映画2本立てで見ることとなりました。(ライク・サムワン・イン・ラブは日本映画でした…ぺこ)
「反体制的な活動により、20年間の映画製作禁止、出国禁止、マスコミとの接触禁止、そして6年間の懲役刑」を言い渡されたジャファール・パナヒ監督ですが、これを公開して大丈夫なんだろうかと心配になってしまいます。現在はどうなっているんでしょう? 今年5月に保釈との記事はありますが…。
「これは映画ではない」って、そんなわけはなく、かなり計算して作られている風なんですが、さすがに監督自身が被写体となり、撮ろうとしていた構想を室内で監督自身が語る前半は大して面白くはなく、やっぱりカメラ(撮る側)に意志がないとつまらないなあ、これはジャファール・パナヒ監督が映画を撮れない状態、それも刑事罰を受けることになるということを考えながら見ないと意味のない観念映画かななどとぼんやり見ていました。
が、ラスト10分か15分、監督の部屋にアパートメントの管理の若者がゴミの回収に来たあたりから俄然雰囲気が変わります。監督が青年を追いかけるように手持ちカメラで撮り始めると一気に画に動きが生まれ、スクリーンを注視することになります。やはり映画監督はファインダーのこちら側じゃないと…、と思わされた瞬間でした。
ラストシーン、外に出られない監督が撮った屋外の火祭りの火をとらえたカットは美しいです。上のトレーラーの1分39秒です。