事前情報を入れてから見たほうがいいかも。それではいい映画とは言えないと言わないで。モニカ・ベルッチさん出てました。
昨年のカンヌグランプリ受賞作です。
予告編を見た時にも不思議な印象を受けたのですが、本編を見てもとても不思議な映画でした。まあカンヌらしいと言えばその通りなんですが、良いかどうかはっきりしないけれども、どこか捨てきれないという感じですね。
光と緑あふれるイタリア中部・トスカーナ州周辺の人里離れた土地で、昔ながらの方法で養蜂を営む一家の物語。ジェルソミーナは4人姉妹の長女で、自然との共存をめざす父ヴォルフガングの独自の教育と寵愛を受け、今や父よりもミツバチに精通している。家族は自然のリズムのなかで生活を営んできたが、夏、村にテレビ番組「ふしぎの国」のクルーが訪れ、一家がひとりの少年を預かった頃から、日々にさざなみが立ち始める――。(公式サイト)
この映画、時代はいつごろなんでしょう?
もし現代だとすると、こうした生活環境の地域が今でもイタリアにはあるのだろうか?との考えが浮かんできますし、もし過去の話だとすると、特にいつと明示することなく、淡々とある家族の生活を描く意味はなんだろう?と考えてしまいます。
淡々ととは言っても、ドラマとなりそうなことはいろいろ起きているのです。テレビ番組に参加したいと考えている長女のジェルソミーナ(マリア・アレクサンドラ・ルング)に父親ヴォルフガングが強く反対していることとか、お金のために更生プログラムを受け入れドイツ人の子どもを預かるとか、その父親が全財産をはたいてラクダを買ってしまうとか、大切な蜂蜜を相当量無駄にしてしまうとか、結構ドラマとなりそうな要素はたくさんあるのです。
ところが、アリーチェ・ロルヴァケル監督は、そうしたものを意図的にドラマチックに描かないようにしているのではと思わせるところもあり、たとえば、結局テレビ番組には出演するのですが、どういうやり取りがあって出ることになったのかとか、預かった少年が失踪してしまうのですが、ラストどうなったのか(これは見逃しているかも)とか、ラクダ購入で夫婦喧嘩になったのだろうけれどもそれを全く見せないとか、原因と結果は見せるけれどもその過程を見せないといった感じでしょうか、それを意図的にやっているような感じがします。
結局、この映画が、良く言えば「不思議」、悪く言えば「はっきりしない」感じがするのは、そうした手法が、なるほどと思えるところまで昇華しきれていないからだと思います。
文明批判なのかな?とか、家族の絆なのかな?とか、監督の語りたいことはいろいろあるのでしょうが、そうした情報をネットや紙媒体で仕入れてから見れば、あるいは良い映画と思えたかもしれません。
どうやら、
司会:ロルヴァケル監督は、この映画には、ヨーロッパとか世界中で1960年代に生じた学生運動が背景にあって、1968年以降の話、と言っています。設定をはっきりさせてはいないけれど、それ以降のお話ということだけは明言しています。何らかの政治的挫折があって、自分の信念を持って家族を理想郷に連れてきている。ここにずっといる訳ではなくて、流れ着いてきて、また居なくなる、ということを監督は述べています。(公式サイト)
ということらしいです。