ラサへの歩き方 祈りの2400km/チャン・ヤン監督

ただひたすら無心で五体投地、地にひれ伏し他者のために祈る人々が美しいです。

五体投地

五体、すなわち全身を地に投げ伏して礼拝する、仏教における最も丁寧な礼拝方法だそうです。

日本仏教では馴染みがない礼拝方法ですが、僧侶が膝をつき、額を床につけて両手を頭の上まで上げる姿を目にすることがありますが、あれも五体投地の変形のようです。

で、この映画、その五体投地の礼拝をしながら 2,400kmを巡礼するチベットの人たちの物語です。2,400kmって、ほぼ北海道から九州縦断です。

チベット。ニマの家では、父親が亡くなり、父の弟のヤンペルが、兄のように思い残すことなく死ぬ前に聖地ラサ行きたいと願っていた。ニマは、叔父を連れて巡礼に行く決意をする。それを知ると、次々と同行を願う村人が集まり、一行は総勢11人になった。1200km離れた聖地ラサへ、さらにそこから1200kmカイラス山への巡礼の旅がはじまる。(公式サイト

まずは、予告編を見られたほうがいいかと思います。

正直、この予告を劇場で見た時には、その巡礼方法は新鮮に映ったのですが、これだけで果たして映画として持つのだろうかとやや不安を感じたのですが、とんでもなかったです。

感動しました。

何の変化もない、ただただ五体投地で進んでいくだけのシーンに涙が出てきます。

一部悪路もありますが、ラサまではほとんどきれいに舗装された道路です。大型トラックや四輪駆動らしき車が猛スピードで追い越したりすれ違っていきます。

これが不思議な感覚を呼び覚まします。

当然、この舗装道路もチベットの中国化政策の結果でしょうし、走り抜ける車もその象徴でしょう。ラサの床屋(美容院)や宿屋の主人として中国人(と思われる)が出てくるだけで、あえて映画として何か語っているわけではありませんが、時速2kmで五体投地しつつ、ただただ他者のために祈る人々、かたや轟音を轟かせて走り去る顔の見えない大型車、チベットの現実なのでしょう。

巡礼のロードムービーと言えども、いくつか映画的な事件は起きます。 ただ、彼らの反応や対応はまるで「事件」ではありません。すべてをあるがまま静かに受け入れるのです。

一行11人は3家族か4家族の団体なんですが、その中に妊婦さんがいます。そもそも、我々の感覚で言えば、巡礼の期間を考えれば妊婦さんを連れていかないですよね。

そうそう、先に期間の話をしますと、普通人が歩く速度が時速5,6kmですから、あの速度であればよくて時速2km程度、映画の中でも出てきましたが、一日10kmとして240日です。復路はどうするのか分かりませんが、片道一年です。

これはもう、巡礼という行為自体は特別なことであっても、日々の感覚としては日常の延長線上なのでしょう。

ですから、家財道具一式、食料や水はもちろんのこと、テント、寝具、それにストーブ(相当寒そうでした)まで荷車に積みトラクターで引いていきます。

誰かが運転しなくてはなりませんので仕方ないことなのか、リーダー的なニマは五体投地をせず、ずっと運転していました。それに、最も巡礼を望んでいた叔父ヤンペルは、年齢からなのか、集団の先頭でマニ車(くるくる回す仏具)を回して終始お経を唱えていました。

で、妊婦さんの話に戻りますと、一年の旅となれば当然途中で産気づくわけですが、誰も慌てることなく、近くの産院(なぜ近くにあったのかは謎)に連れて行き、無事男の子が生まれます。巡礼の旅は何事もなかったかのように生まれたばかりの子どもとともに続きます。

車がトラクターに猛スピードで追突します。相手の運転手が言います。「ぶつけてすまない。急病人をのせていて急いでいたのだ。」トラクターは大破しています。ニマは言います、「気にせず、行っていい」と。

車軸が折れたトラクターはもう動きません。彼らはトラクターから荷車を外し人力で引いていきます。ラサまで100kmの上り坂です。

もちろん、礼拝は忘れません。あるところまで荷車を引き、自分たちは元の位置に戻り、そして五体投地で荷車のところまで進むといったことを延々と繰り返すのです。

ある朝、しばらく咳き込んでいたヤンペルが息を引き取ります。ニマは静かに言います。「叔父が亡くなった。急いで僧侶を呼んでくれ。」

そして、僧侶の読経の中、ヤンペルは白布に包まれたまま山の上に残されます。「鳥葬」ですね。

ラサに到着、ポタラ宮へ礼拝も済ませますが、カイラス山へ行く資金がなくなり、ラサで働いて資金を稼ぐことにします。

ひとつはガソリンスタンドでしょう、二人が洗車後の車を拭きとっています。ピカピカのホンダ車です。残りの何人かは工事現場で資材を運んでいます。多分中国企業のインフラ整備か何かでしょう。

彼らは二ヶ月ラサで過ごします。その宿の主を中国人だと思ったのですが、今思い出してみれば、その主は足の状態がよくなく、ニマたちに自分の代わりに一万回だかの礼拝をやってくれないかと頼み、その代わりに宿賃はいらないと言っていましたので、中国人(中華民族)ではなかったかもしれません。

とにかく、資金もたまり、カイラス山に向けて出発します。

一体どこから撮っているのだというくらいの引きの画で映画は終わります。

映像は一貫して美しいです。

風景もそうですが、多分俳優ではないと思われる出演者たちをとらえた画も美しいです。五体投地の姿は一貫して美しいのですが、特に、水浸しの道路を五体投地で進む彼らの笑顔、その後衣服を乾かしながら川辺で踊る彼ら、タルチョはためく下の彼ら、何がいいかと語る言葉もないくらい美しいです。

とにかく、中国よ、同化政策だけはやめてくれ。それは戦前の日本と同じ行為です。

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