淵に立つ

ひとこと、筒井真理子さんを絶賛の映画です。

今年のカンヌ「ある視点」審査員賞を受賞しています。

面白いですね。ですが…(は、後で)。

深田晃司監督の映画は、「ほとりの朔子」「東京人間喜劇」に続いて三作目です。えらそうな言い方ですが、だんだん映画らしく洗練されてきています。

一貫しているのは、人間を撮りたい、描きたいということのようで、この映画ではその意識が相当明確になっているように感じます。

鈴岡家は、利雄(古舘寛治)、章江(筒井真理子)、10歳の蛍(篠川桃音)の三人家族。ある日、利雄の旧い知人で最近まで服役していた八坂(浅野忠信)が現れる。利雄は章江に断りなく八坂を雇い入れ、空き部屋を提供する。章江は戸惑うが、礼儀正しく、蛍のオルガンの練習にも喜んで付き合う八坂に好意を抱くようになる。だが、ある時、八坂は一家に残酷な爪痕を残して姿を消す。
そして、8年後...。(公式サイト

以下、当然ながらネタに関わる部分があります。

ネタバレと書かず、関すると書いているのは、この映画、ネタはあっても、そのネタは一切明かされないからです。ですので、ネタバレなどありえません。

どういうことかと言いますと、コトの発端はすでに起きていたり、映画の中で起きたりしますが、あえてそのコトに注目しようとはせず、そのコトによって人が何を考え、どうなっていくかを描こうとしています。

ですので、コトのネタは分かったようで分からなかったり、あえてカットしたりして、意図的に隠されています。

何が起きたんだろう? どうしてなんだろう? と考えながら見ていますと、欲求不満で気持ち悪くなるかもしれません(笑)。

映画は、前半後半に大きく分かれています。前半は、八坂が殺人罪での服役を終え、利雄を頼ってやってきたことがコトの発端となっており、事件に関して八坂と利雄の間に何かあったらしいことや八坂の存在が利雄家族の間に波風、具体的には、八坂と章江の間の男女関係や蛍が八坂を慕い始めていることが軸となって物語は進んでいきます。

基本的に軽快なテンポなどといったものとは真逆の映画ですので、始まってしばらくは正直つらいです。それに何が起きるかは分からなくても、ごく一般的な家庭に突然異物(八坂)が侵入してくるわけですから、その不穏さが何かを引き起こすのだろうくらいは誰でも分かります。

予想通り、八坂(浅野忠信)と章江(筒井真理子)の間に何やら妖しい空気が流れ始め、最後の最後に拒絶しますが章江にもその気がなかったわけではなく、その二人のちょっとした行き違いが、蛍に波及し、頭から血を流して倒れる蛍の脇に八坂が立っているというシーンで前半は終わります。

この前半で感じることは、あるいは深田監督は、この前半、思うように作れていないのではないかということです。

浅野忠信の演技です。私は、浅野忠信は大根だと思っています。だからといって俳優として否定しているわけではありません。こういう八坂のような役回りははまり役です。何か起きそうなあの不穏な空気は浅野忠信だからこそ出るものだと思います。

ただ、あの作られた不穏さを深田監督は望んだのでしょうか? 他の俳優、古舘寛治や筒井真理子にみられるように、深田監督は台詞回しのうまい俳優で撮ってきています。浅野忠信はその対極にいる俳優です。

浅野忠信の八坂は、登場時点から明らかに何かを起こしそうです。深田監督が意図していた八坂は、つかみ所のない、表には出ない不穏さを持った人物だったのではないでしょうか。

その意味では、筒井真理子は監督のイメージ通りの俳優だったのではないかと思います。

筒井真理子の章江は、シーンごとに微妙に変化していくのです。極めて日常な中の主婦的「女」、八坂の突然の登場に不満と好奇心を併せ持つ「女」、徐々に八坂に「男」を感じ始める「女」、川沿いの木陰で八坂に誘われた時にすぅーと身を委ねる「女」、ここむちゃくちゃ色っぽいのです(笑)、そして、エスカレートしていく八坂に対して、何を考えているのかわからない「女」(笑)、このあたりはかなり深い演技です。

何だか、話が思わぬ方へ行っていますが、話を戻しますと、後半はいきなり8年後になっています。前半最後のシーンでは蛍は死んでいるのかと思いましたが、全身不随で寝たきり状態になっています。

この8年後への転換、一瞬、ん? どうなった? とは思いますが、見ていますと、自然に、何年かは分からないにしても随分時間が経っていることが分かるようにできています。

これも、筒井真理子の存在です。見た目にもショートカットに変わっているのですが、それだけではなく存在自体が8年の経過を感じさせるのです。髪型や衣装の変化は時間経過を感じさせるひとつの要素ではあるのですが、それが要素に留まらず俳優の存在に密着といいますか、完全に俳優と一体化しているのです。

これはすごいことです。と、書きながら、何だか、筒井真理子さん絶賛のレビューになっていることに、自分でもどうしたんだろう?とやや不思議ですが、かなり魅力的に感じたということでしょう(笑)。

で、以下、簡潔に。

蛍が全身不随になり、八坂はどこかへ消えてしまっているにも関わらず、警察沙汰にもなっていないという不思議さはありますが、さほどツッコミ気分も生まれないようにできており、このあたり、深田監督のうまさでしょう。

蛍の今に対して、共にある種後ろめたさを持つ利雄と章江は、興信所に依頼して八坂の居場所を探しています。そこに、新しい従業員として、山上(太賀)が現れ、何と、自分は八坂の子供であるといいます。ただ、山上は様々な事情を全く知らず、父親からの手紙にあった住所を訪ねてきただけです。

何だかどろどろを感じさせる展開ですが、全くそんな感じではありません。このあたりは、過去の作品でもそうですが、深田監督にかかりますと、異常なことが異常じゃなくなるのです。

こうしたことにツッコミ気分が生まれず見られるのであれば、いい映画に思えますし、違和感を感じるのであれば、きっとイライラするでしょう。

で、私はと言えば、イライラはしませんが、結局、映画監督としてメジャーになっていけばいくほど映画に物語性を求められ、確かに、それとともに映画として洗練されていくのでしょうが、自分のやりたいこととどうバランスを取っていくかが難しくなるのではないかと思います。余計なことですね。

まとまりのないレビューになりました。映画そのもの影響です(笑)。

結局、意図してか意図せずかは分かりませんが、物語を描いてしまう結果になってしまい、ネタを意図的にカットすることでそれを免れようとした結果、どっちつかずの中途半端なものになってしまったのではないかということです。

ただ、見て損はない映画です。いろいろ考えながら見ると面白い映画です。

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