あらすじのない絶望的な33シーンのエンドレス映画
ロイ・アンダーソン監督、「さよなら、人類」を見たと思っていましたが、何度も見せられた予告編のせいでそう思い込んだだけのようです。今も予告編を見て、ああ、見た、見たと思いましたが、他のシーンがまったく浮かんできません(笑)。
ということで初めてのロイ・アンダーソン監督です。
なんだか絶望的になる映画ですね。
「ホモサピエンスの涙」なんて情緒的な邦題になっていますが、原題はスウェーデン語で「Om det oändliga」、Google翻訳では「無限について」と出ますし、英題は「About Endlessness」でほぼ同じような意味でしょう。要は終わりのない話ということだと思います。
各シーン、最初に女性の声で「ひとりの男を見た」といったナレーションが入っています。ナレーションとも言えないワンフレーズがほとんどで、公式サイトには「千夜一夜物語」のシェヘラザードを彷彿とさせるなどと書かれています。監督本人の言葉なのかどうかはわかりませんが、終わりのない話という意味では「千夜一夜物語」が発想の源なのかも知れません。
映画全体としての物語的なつながりはなく、固定カメラで撮られたワンシーンワンカットの33シーン(らしいが…)が黒味でつながれ脈絡なく続きます。さらに、各シーン、ほとんど台詞はありませんし、登場人物もリアルな演技をするわけではありません。
ですので33シーンのうちで記憶に残っているものはよろしくない話ばかりです。
信仰を失ったと動揺する聖職者の話が飛び飛びに3シーン(だったと思う)、死を覚悟したような地下室のヒトラーと側近たち、シベリヤへ死の行軍をする捕虜たち、十字架を背負って鞭や暴力で追い立てられるキリストを模した男、地雷を踏んで両足を失った男、柱に括り付けられ銃殺にあう男、魚屋の前で妻を罵り暴力を振るう男、抱き合いながら空をさまよう男女(画像の男女)は戦禍に見舞われた街を見ているらしいです。
そんな世界が終わることなく続くと言っているわけです。
公式サイトの Director’s Message でロイ・アンダーソン監督がこんなことを言っています。
私の映画のメインテーマは、人間の脆(もろ)さです。脆さを見せる何かを創作することは、希望のある行為だと思っています。なぜなら、存在の脆さに自覚的でいれば、自分の持つものに対して丁寧でいられるからです。
自分の人間としての弱さに自覚的であれば善き人でいられるはずだということなんでしょう。
ただまあ、この映画を見て楽観的にはなれませんし、どんよりしない人はいないでしょう。
人間、気持ちがどんよりしていれば他人にも優しくなれるということかも知れません。
それにしてもこの映画の中の男たちは皆ろくでもないやつばかりです(笑)。女の方はカフェの前で楽しそうに踊る3人娘とか…
Youtube に映像がありました。
【本編映像】『ホモ・サピエンスの涙』ザ・デルタ・リズム・ボーイズ、ビリー・ホリデイなどの必聴ナンバーが続々登場!
ザ・デルタ・リズム・ボーイズの「Tre trallande jantor」という曲らしいです。このグループ、江利チエミさんとコンサートをやっているんですね。
シャンパンを飲む女のシーンにはビリー・ホリデイの「All of me」が使われていました。
ロイ・アンダーソン監督、現在77歳です。寡作といいますか実質2000年以降の監督です。「散歩する惑星(2000年)」「愛おしき隣人(2007年)」「さよなら、人類(2014年)」、そしてこの「ホモ・サピエンスの涙(2019年)」、やっぱり寡作な監督です。
カンヌライオンズ(広告祭)で8度の受賞とありますのでCM業界でのキャリアが長いということなんでしょう。確かにワンシーンで決めるという点や構図や人物の配置などビジュアルへのこだわりの強さには広告的なセンスが感じられます。
ということで、映画にはいろいろな可能性があるという意味では新鮮ではありました。