あえて厳しいことを言えば…
監督の清水友翔さんのプロフィール「17歳で高校を中退後ロサンゼルスに渡米。Santa Monica Collegeの映画学科を卒業し…(公式サイト)」をみて、ちょっと違った感覚が感じられるかなと思い見た映画です。

短編であれば映画になっていたかも…
確かにちょっと違った感覚は感じられますが、それがあまりいい意味じゃないんですね。
17歳でアメリカに渡って映画を学んだということですから、そう誰にでもできることではなく、チャレンジ精神も旺盛ということですので今後に期待はしますが、この映画を見る限りではまだ長編を撮るだけの力がついていないです。
短編であればそこそこまとまったものになっていたと思います。意味のないセックスシーンや奇妙なグルやドラッグなどというネタのようなエピソードなど入れなくても映画になっていたと思います。
一番の問題は、まずシナリオですが、こうしたシリアス系の物語は物語の設定や展開、人物像やその台詞に現実感がないとなかなか映画にはならないです。
描かれるのは家族の物語、というよりも 17、8歳の稔(安部伊織)の物語です。
稔は10年ほど前に母親を病気で亡くしており、今でもその喪失感にとらわれています。父親は仕事で不在が多く、妹は引きこもり気味との設定です。
この基本的設定をすでにあるものとして物語を進めていること、あるいはそれを言葉で説明することで済ましていることが問題です。
一般的に考えれば、母親を亡くして10年を経た17、8歳の人物がその喪失を今でも引きずっているとするならばそれ相応の映画的描写が必要です。もちろん稔の悩みはそれだけではなく、父親の不在や妹の引きこもりがあるわけですが、それも同じことで、その設定ならそのことをもっと映画的に表現しなければ映画に現実感は生まれません。
父親は家に寄りつきません、妹は引きこもっていますと説明的に語っても、稔の悩みの深さは表現できないということです。
この映画は約90分間、稔が悶々としていますと言っているだけで、その悶々がどういったものなのか、どの程度のものなのかが全く伝わってきません。ただ悶々としていると言っているだけです。
書いていることがちょっとくどすぎますね(ゴメン…)
あえて厳しいことを言えば…
映画の基本的なことがお座なりになっています。
季節は夏なのに夏らしさがなく、衣装にしても統一感が取れていません。
夏におでんですか、まあ、コンビニでは意外と売れるという話を聞いたこともありますが、飲み屋ではおでんをメインにはしないでしょう。
時代設定を今としているのかどうかもはっきりしませんが、今どきあんなゴミの捨て方は許されないでしょう。
グルのような人物に執着する理由も、ドラッグに手を出すことも唐突すぎて稔の人物造形に役立っていません。
妹を簡単に自殺させてしまうことも安易すぎます。
台詞も未熟すぎます。
書き過ぎているとは思いますが才能を活かそうと思うのなら基本的なことを学ぶべきです。