ぜんぶ、ボクのせい

日本映画界の失われた30年

松本優作監督、この「ぜんぶ、ボクのせい」が商業デビュー作とのこと、ちょうど30歳くらいの方です。「秋葉原無差別殺傷事件をモチーフにした『Noise ノイズ』(19年)が国内外の映画祭で話題を呼んだ」と紹介されています。

んー、これではかなり厳しいと思いますが…。

ぜんぶ、ボクのせい / 監督:松本優作

社会問題を並べ立てても…

あくまでも印象ですが、このところの日本の社会派と呼ばれる映画はこの映画のような傾向が強くなっているように感じます。

社会問題を並べ立てればそれが社会へのメッセージとなると勘違いしている映画のことです。

もともと映画は娯楽のひとつとして楽しまれてきているものですが、それが明確に社会へのメッセージ表現として質的な変化をしたのは1960年代のことだと思います。それが今では社会問題もドラマのネタのような扱いになっています。

優太(白鳥春都)は児童養護施設で暮らしています。理由は母親(松本まりか)のネグレクトです。優太が施設を抜け出して母親に会いに行きますと、母親は男と暮らしています。男性依存パターンのステレオタイプです。母親は施設に電話をして優太を追い払います。

優太は軽トラで暮らすホームレスおっちゃん(オダギリジョー)と出会います。おっちゃんは名古屋の母親の元へ向かおうとしていたが車の故障でここ(千葉)に1年いると言っています。後半にはいきなり咳き込んで血を吐いていました。

高校生の詩織(川島鈴遥)は、援交、今はパパ活などと言うらしい売春行為をしています。父子家庭で、父親から母は病死と聞いていますが自殺ではないかと疑っています。父親は社会的地位もある家父長的人物です。

その3人の交流が語られていき、ラスト近くでおっちゃんがワルの3人組に車ごと火をつけられ焼け死にます。自暴自棄になった優太が自死、自殺しようとしているのを詩織がとめ、ふたりで名古屋へ行こうと約束します。

しかし、優太はおっちゃんの車への放火容疑で逮捕されます。警察の尋問に優太は「ぜんぶ、ボクのせい」と叫びます。

なぜ、誰も言わない?

なぜこのシナリオで制作にゴーが出るのかわかりません。ツッコミを入れ始めたらきりがありませんのですべてに通して言えることだけにしますと、それぞれ個々人が抱える問題の背景やそこから生まれる現実感がまったく検討されていません。

ドラマづくりのために地震を起こし、パターン通りの男(若葉竜也)や商売として成り立つとも思えない廃品回収屋(仲野太賀)を登場させ、これまたパターン通りのワルにワルをさせ、ドラマのオチのために簡単に人を殺してしまいます。都合よく詩織の母親には自殺させ、おっちゃんの母親にも優太の母親を重ね合わせています。ああ、おっちゃんが見る幻の母親の死にもおっちゃんの焼死を重ね合わせることまでやっていました。

一体どういう製作陣なのかと見てみましたら、プロデューサーの甲斐真樹さんは「スタイルジャム」の代表者で、ウィキペディアには「青山真治監督の『サッド ヴァケイション』や『共喰い』などを製作した」とあります。藤本款さんは「クロックワークス」の社長…。ということは、全員で6名の製作は製作委員会方式の会社の代表者名ということかも知れません。

それでもプロデューサーとしては「甲斐真樹」、アソシエイトプロデューサーとして「永井拓郎」となっています。

製作委員会方式の悪い面がでた結果でしょうか。「ぜんぶ、ボクのせい」なんてタイトルは、監督を含め製作陣の懺悔の言葉のようにも聞こえてきます。

日本映画界の失われた30年

という映画の出来の問題もありますが、この映画を見て一番感じたのは、これ、30年前の映画じゃないの? ということです。

是枝裕和監督の「誰も知らない」が公開されたのは2004年ですが、児童虐待やネグレクトが広く社会で認知されるようになったのは1990年代です。援助交際という言葉が社会に登場したのも1990年代、宮台真司さんの『制服少女たちの選択』の出版が1994年です。

この映画が見ている社会はその時代、それも上っ面だけです。個々の問題に深くコミットしようとの意志はないのでしょう。

冒頭にこうした映画が多くなっている気がすると書きましたが、もしそれがあたっているとするならば、それは「日本映画界の失われた30年」と言えるのかも知れません。