コレクティブ 国家の嘘

ドキュメンタリーは真実報道ではなく非俳優によるドラマです

前作の「トトとふたりの姉」は、これ、ほんとにドキュメンタリー?! というようなすごい映画でしたけれども、この「コレクティブ」も、ちょっと違う意味ですごい映画でした。

東欧ルーマニアの映画なんですが、あれこれちょっと入れ替えれば今の日本にも当てはまりそうでかなり怖い話ではあります。というよりもどの国にもという方が正しいかもしれません。

コレクティブ 国家の嘘

コレクティブ 国家の嘘 / 監督:アレクサンダー・ナナウ

ナイトクラブ「コレクティブ」の火災

ある程度ことの経緯を理解していないとよくわからない映画ですので、始まる前にスーパーで簡単な説明が流れます。それでも細かいところまでは掴みきれませんので、事前にいろいろ調べておくべきでした。

2015年10月30日にルーマニアの首都ブカレストのナイトクラブ「コレクティブ」で火災が発生し、64名が死亡し、146名が負傷するという大惨事があったということです。これだけの事件ですので日本でも報道されたと思いますが、記憶にありません。

ウィキペディアなどを読みますと、かなり早い段階で、それこそ翌日からといった感じで政府への抗議が沸き起こり、大規模な抗議集会も行われ、11月4日にはヴィクター・ポンタ首相が辞任するまでになっています。詳しくはわかりませんが、もともと汚職など権力の腐敗があり、そこにこの火災によって、クラブ創設そのものの不正やら、日本でいう消防法に関する不正などが明らか(かどうかは?)になり抗議運動になったものと思われます。11月2日にクラブの創設者などが逮捕されています。

火災の3日後にクラブの創設者が逮捕されるということにも驚きますし、またそれはそれで怖いことではありますが、多分ベースとして権力者の腐敗が日常的に問題となっていたのでしょう。

下は11月5日のブカレストでの12,000人規模の抗議集会の画像です。この前日、ポンタ首相が辞任することになった抗議集会は3万人規模だったようです。

Proteste Piața Universității București 5 noiembrie 2015
Gutza, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

映画のシーンの時系列

で、この映画が描いているのはそうした火災直後の話ではなく、負傷者が収容された病院と医薬品を納入する業者の不正に関することです。前半はその不正を告発するジャーナリストの姿を追い、後半は一転して、新しく保健省の大臣となった人物がその不正を正そうとする姿を追うという構成になっています。

映画では火災からどれくらいの時期の話かよくわかりませんでしたが、ナナウ監督のインタビューを読みますと、監督が何か撮らなければと動き出したのがひと月後の11月末ごろで、その取材対象としていた負傷者が死亡したことから何か変だと感じ始め、翌年の1月ごろにガゼタ・スポルトゥリロル紙のカタリン・トロンタン記者にコンタクトを取ったということのようです。最初は、ニュースソースや告発者の保護、そしてジャーナリストそのものの保護もありますので撮影は断られたそうですが、条件付きの撮影やコミュニケーションを続けることで信頼関係を築いたということです。

前作の「トトとふたりの姉」もそうですが、この監督の映画の登場人物はまるで俳優のように、皆、カメラを意識することなく、カメラがまるで空気のような画なんです。これがこの監督のすごさです。トロンタン記者やまわりのジャーナリストたち、内部告発者もそうですし、重度のやけどを負った建築家のテディ・ウルスレァヌさん、あの方はモデルかと思うくらい振る舞いが俳優的でした。スチル写真のモデルにもなって写真展も開かれていました。

後半の保健省の大臣を追うくだりもすごかったです。大臣のヴラド・ヴォイクレスクさんの方もある意味撮影を利用したかったんだと思いますが、それにしても大臣室でおこなわれているリアルなミーティングが映画になっているんですからね。

ということでトロンタン記者の取材とともに撮影も進み、翌年の4月頃ではないかと思いますが新聞紙上で記事となり、5月9日に保健省の大臣が辞任し、ヴラド・ヴォイクレスクさんが新大臣に就任します。そして、5月22日に Hexi Pharma社のDan Condreaが自動車事故で死亡します。映画のラストはヴォイクレスク大臣の敗北で終わりますが、社会民主党が圧勝した選挙はその年の12月のことです。

消毒液が薄められていた?

ウィキペディアにもこの医療スキャンダルの件は書かれています。

まず死亡者数の経緯としては、火災の翌日10月31日時点で27人の死亡が確認され、その後、11月1日に3人、2日に2人、7日(まで?)に9人、8日に3人となり、この時点で死亡は44人に及んでいます。そして11月22日の時点で60人を越え、翌年3月14日に死者数64人になっています。国外へは負傷者のうち36人が移送され、うち12人が移送中、あるいは移送先で死亡しています。

そして、その後に、

At least 13 of the victims that died in hospitals were killed by bacteria, probably because the disinfectant used was diluted by the manufacturer to save money.

病院で死亡した犠牲者のうち少なくとも13人が細菌による感染症で亡くなっており、その原因はメーカーにより薄められた消毒液が使われていたからと思われる。

とあります。この映画が描いているのはここですね。

ガゼタ・スポルトゥリロル紙のカタリン・トロンタン記者たちの取材によって明らかになることは、熱傷の専門病院に収容された負傷者が死亡にいたった中に、本来熱傷による死亡では考えられない〇〇(細菌の名前だったか?)による感染症で亡くなっている患者が複数いて、その原因が病院で使われている消毒薬が基準以下に希釈されているのではないかということです。

おそらくスクープなんだろうと思いますが、それにより保健省は調査を約束します。しかし、おこなわれた調査は病院の内部調査であり、結果は95%に問題はなく残りの5%も改善されたというものです。

当然さらなる追求は続き、保健省の大臣が辞任することになります。消毒薬の調査については、正式な調査の報告なのかははっきりしていませんが、かなりひどい数値のデータが語られていたと思います。

ガゼタ・スポルトゥリロル紙は、同時に病院への医薬品の納入業者 Hexi Pharma社を洗っており、その経営者である Dan Condrea が妻名義のトンネル会社(ということだと思う)を使って不当に利益を上げており、それが政界への賄賂に使われている可能性があることを突き止めます。

また、Hexi Pharma社の不正は過去何度も調査機関(よくわからなかった)から報告がなされているにもかかわらず放置されていた(ようだ)ことも明らかにされます。

これは、多分 Hexi Pharma社からの賄賂によるものという意味だ思います。いずれにしても、映画では、ガゼタ・スポルトゥリロル紙によって明らかにされた不正疑惑によって誰かが逮捕されるとかの具体的な形として何かが起きたかどうかは何も描かれていません。ただ、Hexi Pharma社の経営者 Dan Condrea が自動車事故で死亡しており、映画では、100kmのスピードで木に追突していながらブレーキ痕もなかったことから自殺ではないかとの噂や自殺するような人ではないとの妻の言葉からマフィア云々の噂が語られているとしていました。

そして、保健省の新しい大臣として「ウィーンにあるエルステ銀行の投資部門の副社長として長年勤務していた33歳の(公式サイト)」ヴラド・ヴォイクレスクが就任します。

カメラは保健省の大臣室に入る

後半は一転して新任のヴォイクレスク大臣の側にカメラは移動します。

ドキュメンタリーは第三者の立ち位置に立つものというわけではありません。ある事象に対してある特定の立場からその事象を見ていくものです。ですので、真実とは何かとの立場で撮られているにしても、それはあるひとつの立場から見た真実であり、また別の立場からみれば別の真実があると考えるべきものです。

この映画で言えば、前半は病院や業者に不正があるとの立場で取材するジャーナリストの視点で映画は撮られており、たしかにそれは事実であったようですが、あるいは病院や業者の立場からみれば、仮にそれが不正であったにしても何らかの理由があるかもしれません。もちろん、このケースではそれが公に認められることはないとは思いますが。

ということで、後半はヴォイクレスク大臣がブカレスト市の医療行政を正そうとする姿が描かれていきます。しかし、これは市長からの反キャンペーンで大臣の敗北に終わります。

と言いますか、よくわかりません。映画は大臣の側に立っていますので当然大臣が正しいようにみえますが、市長には市長の論理があるようにもみえます。

そのあたりのツッコミはかなり甘く感じます。実際、ヴォイクレスクさんが大臣に就任してから半年後に選挙があり、社会民主党が圧勝するわけですが、それとそれまで大臣がやってきたことや市長の主張との関係がはっきりしていません。ただ、なんとなく大臣が正しく、それに対して市長や社会民主党が正しくないように映画は終わります。

ドラマのようなドキュメンタリー

ドキュメンタリーは真実報道ではないということです。この映画はアレクサンダー・ナナウ監督の主張や考え方が表現されたものです。

その意味ではこの映画はつくられたドラマです。

その手法がすごいということであり、それにより、描かれていることに普遍性がもたらされるということです。まったく自分と違う世界のドラマを見て、ああ、自分にもあるなあとか、ありうる話だなあと思うことと同じです。

それにしても、ガゼタ・スポルトゥリロル紙がスポーツ紙であるというのは、日本で言えば、大手マスコミが政権の広報誌のようになり、不正を暴くのは文春ばかりということを思わせますし、政権と関係業者の癒着も、モリカケ疑惑、IR汚職、甘利氏のUR口利き疑惑などなど未解明な問題が山積みです。