クーリエ:最高機密の運び屋

キューバ危機は「信頼」で回避された?というスパイ映画

ドミニク・クック監督の二作目です。一作目の映画「追想」は、原題が「チェジルビーチで」となっているように、チェジルビーチでの男女の別れのシーンのカメラワークの美しさが印象に残っている映画です。ただ、自分のレビューを読み返してみますと、映画自体にはあまりいい印象を持たなかったようです。

しかし、この二作目「クーリエ」はうまさが光る映画でした。

クーリエ:最高機密の運び屋

クーリエ:最高機密の運び屋 / 監督:ドミニク・クック

物語のベースはふたりの実在の人物

ドミニク・クック監督、映画は二作目ですが、舞台演出家としてのキャリアはかなりのもので Order of the British Empire という勲章までもらっている方です。芸術部門ですので日本で言えば文化勲章ということでしょうか。現在54、5歳の方です。

この「クーリエ:最高機密の運び屋」は、1962年にアメリカとソ連が核戦争の一歩手前までいったというキューバ危機の舞台裏を描いた映画です。ですので、一見スパイ映画の体裁ではありますが、映画の基本的なテーマは「信頼」ですので安心して見ていられます。

その信頼関係を築くふたりは、イギリス人のグレヴィル・ウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)とロシア人(多分)のオレグ・ペンコフスキー(メラーブ・ニニッゼ)、実在の人物です。

ウィンさんはエンジニアでありセールスマンという一般人ですが、ソ連との取引があり疑われにく人物としてイギリスの諜報機関 MI6に白羽の矢を立てられ、ソ連の機密情報を運んでいたという人物です。

もう一方のペンコフスキーさんはソ連軍参謀本部情報総局の職員で、後にスパイ容疑で逮捕され処刑されていますので本当のところはわかりませんが、映画の中では、当時のソ連の最高権力者である共産党第一書記のフルシチョフが国を滅ぼす危険人物だからというようなことを言っていました。もちろん創作だと思います。

というふたりが信頼関係で結ばれ、ともにスパイ容疑で逮捕されますが、ウィンさんはなにも知らずにただの運び屋だったと沈黙を守り、釈放されるまでが描かれます。

史実としても、ウィンさんはスパイ容疑で逮捕され、1年半ほど拘束された後にスパイ交換で釈放されています。そして、帰国後に 2冊の本を書いています。

当然この本も参考にはなっているんでしょうが、特別原作本という位置づけではなさそうです。いずれにしてもかなりの大事件だったと思われ、映像も結構残っているようでエンドロールにウィンさんの実写映像が一部使われていました。

脚本はトム・オコナーさん、そうした素材をもとにしたほぼ創作の物語です。

ドミニク・クック監督のインタビューによれば、監督はウィンさんのことを知らなかったそうです。

ヒヤヒヤドキドキはないけど面白い

プロット自体はスパイものですので一定程度の緊迫感はありますが、クック監督はそれで引っ張っていこうとは考えていないようです。思い返してみても、最後にスパイであることがバレるところまではヒヤヒヤするところもありませんし、これといって事件が起きたりもしていません。それでも面白く見られます。

何でしょう? テンポと流れるようなカメラワークと編集でしょうか。とにかく、うまいなあと思いながら見ていました。

グレヴィル・ウィンを演じているベネディクト・カンバーバッチさん、何作か見ている割にはさほど印象に残っていないのですが、うまいですし、味がある俳優さんですね。

この映画では、逮捕されてからの後半30分くらいでしょうか、それまでの軽快なテンポから一転して劣悪な環境での拘束状態がやや長めの間合いで描かれますので、そのためにかなりの減量をしたそうです。頬の肉も落ちてげっそりしていました。

ペンコフスキー、暗号名なのか、単にアメリカ名なのか、映画の中ではアレックスと呼ばれていましたが、もう一方のソ連側のペンコフスキーを演じたメラーブ・ニニッゼさんの方も、なにか秘密と不安を抱えている感じでよかったです。

女性の描き方が現代的

なにせ時代は1960年代ですので、こうした歴史が動くようなシチュエーションで女性が最前線場に立ち会っていたというケースはほとんどなかったのではないかと思います。この映画では、CIAがMI6に協力を求め、ソ連にスパイを送り込むその責任者を女性にしています。

暗号名(かな?)ヘレン(レイチェル・ブロズナハン)は CIAの責任者として、MI6とともに、いやそれ以上に主体的にウィンに指示をする人物として行動します。

さらに、まさにキューバ危機の只中でアレックスはスパイ容疑を掛けられソ連を出国できなくなるわけですが、それに対して危険を顧みずウィンがソ連に向かうと言い出し、それは信頼がテーマの映画ですから流れとして当然なんですが、それに対してヘレンも行動をともにしソ連に向かいます。

二人してアレックスを亡命させようとしますが、ともにKGBに拘束されてしまいます。ウィンの方はすでに書いたように拘束されたままになりますが、ヘレンは外交官として入国していますので、スパイ容疑を掛けられない限りは外交特権ということで強制送還されるという流れになっています。

映画的に創作された人物ですがかっこいいですね。時代ものですのでブロンドの髪でぴしっときめていました。

もうひとり、ウィンの妻のシーラ(ジェシー・バックリー)も、やはり時代ものですので専業主婦の立場ですが、自立した女性を感じさせます。

このあたりの女性の描き方についてはクック監督もインタビューで意識していたようなことを語っていたと思います。

あらためて考えてみれば、「追想」もそうした男女観は意識されていたように思います。シアーシャ・ローナンさん演じるフローレンスはバイオリニストとして自立していますし、とても行動的な女性でした。

ああ、偶然でしょうが、同じ1962年の話ですね。

ということで、きっちりつくられた見ごたえのある映画でした。

追想(字幕版)

追想(字幕版)

  • シアーシャ・ローナン

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