美しき長回し、重層的な台詞、再現される1971年のソビエト
映画の内容、特に台詞は半分も理解できていないと思いますが面白かったです。
DVD化されればぜひもう一度見たい映画です。
まずセルゲイ・ドヴラートフという作家自体を知りません。その作家の1971年11月7日までの6日間を日を追って描いています。いろいろなことは起きます。しかしそれらのことをドラマとして追っているわけではなくドヴラートフの見た目の風景のように流れていくだけです。映画としてのメリハリはありません。
それに多少ソ連のその時代の状況を頭に入れておいてもあまり役に立ちません。ドヴラートフの台詞は比喩(嫌味?)やジョークに満ちて(いるようだ)おり理解しようとしても映画に追いつけません。
結局のところドヴラートフの内省的な映画なのかなあと思います。悪く言えば作家として袋小路に陥り単に斜に構えているだけの日々にもみえます。
一般的には面白く感じられる要素は見つかりません。それでもこの映画にはなにかそそられるものがあります。
カメラワークが印象的で美しいです。
群像劇にもみえる多くの人物がスクリーンに入ったり消えたりするシーンがかなりあります。ドヴラートフが訪れる文学サークルやジャズが流れるクラブのシーンだったと思いますがどのシーンもかなりの長回しです。
室内に多くの人物がいるところにカメラが入っていきます。ドヴラートフと誰かが話をしている2ショットがあるとします。背景にも何人かが写り込んでいます。そこに別の誰かがやってきて二人の間を通り声をかけていきます。ドヴラートフもやあといった感じでひとこと交わしたりします。物語的にその誰かが重要かと言えばそうでもありません。ドヴラートフが2人で交わす会話が重要かと言えばそうでもありません。カメラがドヴラートフから外れてもドヴラートフの会話が入ったりします。
室内は一般的な家屋ですから撮影サイズはせいぜい人物の膝上ショットですが、そこに数人が写り込むように人物が配置されている中をカメラは移動していくつかの部屋をぐるり一周して、やがて元の位置に戻るといった動きをします。その間誰彼なく喋っている会話が聞こえてきます。
人物の動きはかなり計算されています。ただ、それら写り込む人々が重要かと言えばそうでもなく、そこで示されるのはそうした空間にドヴラートフがいるというそのことを見せようとしているのだと思います。
途切れることなく重層的に送り出されてくる言葉のどれが重要なのか掴みどころがありません。音声が直接意味に結びつかない者にはまるで言葉が音楽のように使われているのではないかとさえ思えてきます。
撮影監督は「イーダ」「COLD WAR あの歌、2つの心」のウカシュ・ジャルさん、なるほどと思います。
屋外のシーンは屋内に比べて画そのものが叙情的です。11月のレニングラードですから外は雪です。下の画は夜のレニングラードですが、たとえ昼間の多くの人が行き交う街なかであってもドヴラートフはひとり浮いているようにみえます。
11月7日は革命記念日です。わざわざ記念すべき一日までの6日間としているからにはその日を肯定的に捉えているか否定的に捉えているかのどちらかです。
当然後者であり、時代は「”雪解け” と呼ばれ言論に自由の風が吹いた社会に再び抑圧的な “凍てつき” の空気が満ち始め(公式サイト)」ており、ドヴラートフは作家組合(みたいなもの?)に入れないがために本が出版できません。やむを得ずやっている新聞(御用?)の仕事も雇い主と対立し解雇されます。
という漠然としたことは映画全体の雰囲気からもわかるのですが、細かいところはかなり難しいです。たとえば、ドヴラートフが映画の撮影現場のようなところに取材に行き、そこにはトルストイやプーシキンやドストエフスキー役の俳優がいるわけですが、それらとの会話が小説からの引用なのか比喩なのか嫌味なのかよくわからないところがあります。
詩人であり地下トンネルで働く労働者、手首を切り自殺をはかる作家、官憲に逮捕され、これも前後がよくつかめませんでしたが、逃亡して車にはねられ(飛び込み?)る画家、そして友人のヨシフ・ブロツキーは革命記念日の前日(だったかな?)に亡命すると告げます。
ドヴラートフ自身も「1978年、政府からの追及を逃れるため、ドヴラートフはウィーンに亡命し、その後、家族とともにニューヨークに移り住ん(ウィキペディア)」でいます。
この家族というのはこの映画の中の妻と娘なんでしょうか。離婚しているのか別居中なのか、映画の中ではドヴラートフは母親と暮らしているのですが、妻と娘とのシーンはかなりあります。
思わせぶりに登場する女性たちのシーンも気になります。あるいは過去に関係があったのではと思わせたり、今現在気があるように近づいてくる女性を3、4人登場させていました。
この映画が気になるのはその洒落たつくりとともにドヴラートフを演じているミラン・マリッチさんの魅力もあります。知らないながらもドヴラートフとはこんな人だったかもと思わせます。大柄なのに飄々とした雰囲気を持っていますし、気だるい顔で遠くを見つめる目がとてもいいです。
監督はアレクセイ・ゲルマン・ジュニアさん、名前のとおり父親はアレクセイ・ゲルマン監督です。2011年に「宇宙飛行士の医者」という映画が企画上映されているようです。