影裏

映画としての視点が定まらず、コトの成り行きしかみえず

最後まで何をやろうとしているのかわからない映画でした。

見終えた後、原作の書評などを読んでみましたら、え? そういう話だったの!? とびっくりしましたので、見られる方は原作を読んでからのほうがいいかもしれません。

影裏 (文春文庫)

影裏 (文春文庫)

  • 作者:沼田 真佑
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/09/03
  • メディア: 文庫
 

原作は、2017年上半期の芥川賞受賞作です。映画のせいで原作のイメージが悪いままではいけませんので読んでみましょう。

影裏

影裏 / 監督:大友啓史

映画について感じたことを書きますと、ひとつ目は人物に奥行きがないということです。

基本的には今野秋一(綾野剛)と日浅典博(松田龍平)ふたりの物語なんですが、どちらも、またどのシーンでも、ほぼ一本調子で心の揺れが感じられません。

原作の書評にはそうした人物造形が特徴とあるのもありますので原作を生かそうとした結果かもしれませんが、映像で見せられればイメージは固定化していきますので小説のようにはいかないでしょう。

今野はいつも憂鬱そうです。言い方を変えればいつも沈んでいるように見えます。日浅と出会い、約一年半にわたって次第に親しくなっていく過程の内面が見えません。

中ほどで、突然今野が日浅にキスをするシーンがありますので、今野には日浅に恋愛感情(かどうかはわからない)的なものが生まれていくんだろうとは思いますが、それが憂鬱のひとつの原因かも含めてその過程が何もみえません。

映画は基本、変化を見せるものですので変化がなければ何もわかりません。

一年半前のシーンの冒頭、朝まだ眠る今野の下半身をなめるように撮り、起きた後、下着のままで行動させ、ジャスミンの鉢植えをベランダに出す今野の股間を意図的に撮っています。

今野が同性愛者であることを見せようとの意図でしょうが、あざといです。今野が同性愛者であることを見せるのではなく、今野が日浅に惹かれていく(のだと思う)ことを見せていくのが映画です。

日浅の方で言えば、たしかに松田龍平さんはこうした得体のしれない人物には適役です。ただ、登場からいなくなるまで何も変わりません。禁煙だと言われても吸い続ける日浅も、ふと酒を持って現れて一緒に飲もうという日浅も、今野を川釣りに誘い一緒に釣りをする日浅も、そして今野にキスをされ、やめろ!と突き飛ばした後の日浅も、すべて同じ日浅です。

日浅は、後半、東日本大震災後は登場しません。生きているのか、死んでいるのか、それを今野が調べる過程で日浅の「影」の部分、「裏」の部分が明らかになっていくことが、おそらくこの映画の肝なんだろうと思います。

しかし、率直に言って、今野が知る日浅の実像なんて大したことじゃありません。大学卒の経歴詐称に、知り合いへの互助会の契約勧誘に、借金です。あの得体のしれなさからすれば影でも裏でもなくその程度のことはするでしょうし、そもそも、あの契約の勧誘も全くあくどくはありませんし、借金だってあの女性は最後には断ったと言っていたじゃないですか。その程度の裏など一年半も付き合えば、なにか感じるものはあるでしょう。

と考えれば、この程度の実像で驚かせることが映画の本意であるとは思えません。

じゃあ何なの?

ひとつ目の人物に奥行きがないということを書いているつもりがもうふたつ目に入っていました。物語が見えないということです。

盛岡に転勤になったあまり社交的ではない人物が、地元の風来坊的な人物と知り合い、家飲みをしたり、川釣りへ行ったりして親しくなったのですが、ある時、その人物がいなくなり、父親や兄を訪ねてみると、その人物は思ったほどいい人ではなかった、そんな物語にしか見えません。

ところがです! 2、3の書評を読んでみますと、原作はそういう話らしいのです(笑)。

とにかく原作を読んでみるしかありませんが、原作においては、こうした単純な物語と見せておきながら、実はそれだけではない、それ以上のものが立ち上がってくる作品であるとするならば、この映画は、小説と映画の違いを理解していない結果と考えるしかなく、手法としても工夫が足りないのだと思います。

冒頭のシーン、同僚の西山(筒井真理子)が今野の車の前に飛び出してきますが、まるでサスペンスものの導入です。で、その理由が日浅のマネをしたなんていうのも、何言っての、この人? としか言いようがありません。この西山のほうが裏がある人物に見えます。まさか原作にはないでしょうね(笑)。

川辺の釣りのシーン、幾度も出てきますので重要なシーンなんでしょうが魅力がないです。撮影監督は芦澤明子さんなんですが、なんだか印象が薄いですね。

綾野剛さんのキャスティングは他の映画とキャラクターがかぶりすぎてよくありません。こういう役に新人をあてて発掘するべきかと思いますし、それで映画も全く違ったものになる可能性があると思います。

今野の元カレの副島(中村倫也)との別れが憂鬱の大きな理由だとするなら、もっと副島をうまく使うべきですし、それにふたりが再会した時、おそらくゲイである今野がトランスセクシャルした副島をどう感じたかもちゃんと描くべきかと思います。

なんだか散漫な感想になりました。いずれにしても、小説は小説、映画は映画、映画は原作のある一点を抽出できればそれでいいのだと思います。

怒り DVD 豪華版

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  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2017/04/12
  • メディア: DVD