そんなには褒めないよ。映画評

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娘は戦場で生まれた

日常が戦場という現実

2020/03/10

シリア内戦に関する正しい情報を知ることはかなり困難です。アサド政権と反体制派による政治闘争に始まり、民族闘争、宗教闘争、さらに大国による軍事介入が絡み合っていると言われています。

ただこの映画はそうした政治的、宗教的、民族的立ち位置から描かれた映画ではありません。監督のワアド・アルカティーブさん、下の画像の女性ですが、ワアドさんはたしかに反体制側に身を置いてはいますが、映画の中には政治的な主張は一切ありません。ただひたすら自らの周りに起きた事象をカメラで捉えていくだけです。

娘は戦場で生まれた

娘は戦場で生まれた / ワアド・アルカティーブ、エドワード・ワッツ

シリア内戦は、2011年に「アラブの春」がシリアに波及したことから始まったとされており、その時、ワアドさんはアレッポの大学の20歳の学生だったと言います。

当初、運動は市民の抗議運動として始まっていますので、ワアドさんもそのひとりとして運動に加わり、その様子をスマートフォンで撮影し始めたことがこの映画を撮る契機になり、また、その後ジャーナリストとして活動することになったんだろうと思います。

ですので、映画はジャーナリスティックな作りになっているわけではなく、ワアドさんの身の回りで起きることを撮っているだけです。ワアドさんが自ら戦場に出ていくわけではありません。

言い回しが逆説的になってしまいましたが、要は、身の回りの「日常」を撮っているだけなのに全て映像が「戦場」ということこそがこの映画の持つ意味だと思います。

映画のほとんどは2015年あたりから2016年にアレッポが政府軍に包囲され、そこから脱出するまでの映像で構成されています。途中、5年前(4年前だったかな?)とスーパーが入り2011年の、多分それがスマートフォンで撮られた映像だと思いますが、アサド政権に対する抗議運動の映像が少しだけ入ります。

それ以外の映像はほとんど病院内の映像です。というのは、2015年ごろだと思いますが、ワアドさんは医師のハムザさんと結婚し、その病院内が主な生活空間となっているからです。

病院内のシーンは凄まじいです。

爆撃で担ぎ込まれるけが人たち、もう亡くなっている人もいます。床に並べられた死体のシーンもあります。床に続く血の跡はけが人が引きずられて運ばれた跡です。

病院が爆撃されます。防犯カメラの映像だと思いますが、病院内の日常、そして、医師が歩いて来ます。爆発音とともに一瞬にして立ち込める煙で映像が途切れてしまいます。共に働く医師が亡くなったとナレーションが入ります。

窓から戦闘機(爆撃機)を捉えた映像もあります。これ、多分「2015年9月にロシア空軍による空爆が開始(アレッポの戦い (2012-2016))」された映像でしょう。

そうした「日常が戦場」の中、ワアドさんとハムザさんに娘サマ(Sama)が生まれます。空という意味だそうです。この映画は、そのサマへのメッセージというスタイルでワアドさん自身のナレーションで構成されています。

映画自体は、アレッポ脱出後、イギリスへ渡り、(多分)Channel4 のもとで制作されたものだと思いますので、そうしたこともあり、また演出意図もあるのでしょうが、かなり淡々とした語り口です。

それが効果的であったかどうかは、語られる相手が娘というかなり個的な対象ということもあり、(私には)ちょっとばかり微妙に感じられます。どうしてもセルフィー的な印象が拭えないということです。

もちろん、それゆえにこそ、いかに戦争というものが個人、つまりは人間存在そのものをないがしろにする行為だと感じることも可能ではあります。

思わず涙が溢れるシーンがあります。

病院に負傷した妊婦が運ばれ、帝王切開で子どもを取り出すも心臓が動いておらず、医師たちが心臓マッサージや刺激を与えて蘇生させようとします。正直、こんなに激しくやるものなんだと乱暴に感じるくらいでしたので、それでもまったく反応せず、ああだめなんだと思った矢先、おぎゃーと泣き始めたときにはさすがに涙がこぼれました。母親の方も無事だったとナレーションが入っていました。

ワアドさんはアレッポ脱出時点で二人目の子どもを妊娠しており、その後の経緯はわかりませんが、現在はハムザさんと二人の娘とともにイギリス在住ということです。

この映画を見て思うことは、こうした惨劇は当然反対側にも起きているわけですし、戦争のあるところかならず起きているわけですが、考えてみれば、こうした事実は決して歴史という文脈の中では語られず、たとえ何万人死にましたと記述されても、一人ひとりが流す血は記録されることはないのだと思い知らされます。

未来に残しておかなければいけない映像のひとつなんだと思います。

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