ハッチング―孵化―

母と娘のクリーチャーホラー

フィンランドのクリーチャー系ホラーです。

クリーチャーものを好んで見ることはありませんが、フィンランド映画ということで挑戦してみました。フィンランドということに特に意味があるわけではなく、このところ劇場公開される海外の映画の製作国が英米仏あたりに偏っている気がしますので、そうじゃない映画を見ようと思ったということです。中南米、アジア、東欧、少なくっていますね。買い付けても採算が取れないんでしょうか。

クリーチャーは人間の憎悪の発現

タイトルや画像から予想できるように卵から何かが孵る話です。

幸せそうに見える家族の団らん、その時窓からカラス(だと思う)が飛び込んできて部屋中を荒らしまわり、ガラスの置物を割り、シャンデリアまで落として壊してしまいます。10代前半のティンヤが布をかぶせて捕まえ母親に渡しますと、母親はティンヤを笑顔で見つめたままその包みをグッとひねり殺してしまいます。母親は生ごみに捨てなさいと言います。

後日、ティンヤは不吉な鳴き声が気になり家を抜け出して森に入りますと死んだはずの鳥が苦しそうに泣き続けています。ティンヤは近くの石を手に取り鳥に何度も打ち付けます。そして近くにあった卵を持ち帰り育てます。

その卵はどんどん大きくなり、ついには孵化して体は大きいのにまだ羽根もそろわないひなのままというかなりおぞましい姿のクリーチャーが誕生します。

このクリーチャーはティンヤの憎悪の分身です。

ティンヤの母親はしあわせな家族を自ら演出しネットに動画配信しています。優しい夫に素直な子どもたち(ティンヤと弟)、そして美しい自分自身です。ティンヤは体操クラブに入っており、そこで優秀な姿を見せることも母親の動画の素材にされています。

映画的にはさほどティンヤが母親のプレッシャーに押しつぶされるようにはみえませんが、物語としては、ティンヤにとってみれば母親は自分を保護してくれる存在であり、母親から嫌われることは自分の存在が否定されるということだと思います。その屈折された感情が、誕生したクリーチャーに乗り移り、ティンヤが憎悪する対象をクリーチャーが襲うという展開になっていく映画です。

ただ、最初は鳥であったクリーチャーがいつの間にやらティンヤの姿形(つまり二役)になったり、憎悪自体がそれほどでもないのに対象を襲ってしまったりと、ホラー的にはかなり雑なつくりではあります。

襲う対象は、隣の犬が噛みついたからとか、体操クラブのライバル的な存在が自分よりもうまいとか、弟がクリーチャーを見たとか、そんな感じですが、それでも最後は母親を襲うことでクライマックス(的)にはなっていました。

北欧的な作り込まれたビジュアル

北欧だっていろんな国があるのに北欧的でくくられても困るとは思いますが(ペコリ)、シンプルなファンタジーっぽさというような、たとえば、室内は一面大柄な花の壁紙の部屋であるとか、パステル調の室内であるとか、装飾物もかなり作り物っぽくなっています。そして屋外は人工的にも見える、まさしく北欧的な美しい風景が強調されています。

体操クラブの女の子が襲われる夜の森の一本道のシーンなんて、え?なんでそんなとこ歩いているの?というくらい不思議なまったく誰もいない森の中の一本道であれこれ照明を当てて撮っていました。

母と娘、ティンヤとクリーチャー

この映画には、ティンヤの父親や弟、そして母親の新しい恋人(愛人)といった男たちも登場しますが、物語的にはほとんど意味をなしません。

ティンヤと母親の関係だけの物語です。あまりうまく表現されているとは言えませんが、おそらく母親にとってはティンヤは自分の所有物、というより自分の一部といった感覚だと思います。

その関係がティンヤとクリーチャーの関係に反映されています。視覚的にはかなり気持ちが悪いクリーチャーですが、ティンヤにとってみれば自分が育てた、母親から見ればティンヤのような存在ということです。クリーチャーはティンヤがもどした物を食べて生きています。鳥が自分で咀嚼して子どもに与えて育てることからの発想だと思います。

後半のクリーチャーはティンヤと同じ姿形で表現されています。そして、ラストでは母親とクリーチャーの格闘になり、母親がナイフでクリーチャーを刺そうとした瞬間、その間にティンヤが入りナイフはティンヤの胸に刺さります。すると、死んだ(と思う)ティンヤの横で、それまで口が裂けておぞましい姿になっていたクリーチャーの顔が次第にもとに戻り、ティンヤと同じ姿形に戻っていきます。

それで映画は終わっていますので何を意図しているかはわかりませんが、母親もティンヤも生きているということです。クリーチャーはティンヤになったのか、憎悪のみのティンヤなのか、どちらなんでしょう? 初めて言葉を発するような声を出していましたので生まれ変わったのかもしれません。

ハンナ・べルイホルム監督

クリーチャーものとしてもホラーものとしても突っ込みは浅いです。整理されていないところも多いですし物語性も弱いです。

でも、何かちょっと違った感じがします。ハンナ・ベルイホルム監督、30代後半くらいかと思います。この映画が長編デビュー作です。

母と娘のこうしたヒューマンものじゃない映画というのもあまりないような気がしますので、もう少し深い関係性を描けていればよかったのにと思います。