ホーリー・カウ

まさしく Holy Cow を連発する若者たちの Holy Cow な青春映画…

青春映画で悪ガキなのにその少年少女たちをいとおしく思える映画がときどき生まれます。この「ホーリー・カウ」もそのひとつです。

タイトルの「Holy Cow」は直訳では「聖なる牛」ですが、「マジか!」といった驚きを表現するスラングだそうです。フランス映画ですので原題は「Vingt dieux」、こちらも直訳では「20人の神様」となり「ホーリー・カウ」と同じような意味合いの俗語とのことです。

まさしく「Vingt dieux(Holy Cow)」を連発する若者たちの「Vingt dieux(Holy Cow)」な青春映画です。

ホーリー・カウ / 監督:ルイーズ・クルヴォワジエ

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ネタバレあらすじ

フランスのジュラ地方という農村の物語で、え、いつの時代? 中世?(ちょっとオーバー(笑)…) と思うような展開もあります。

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TUBS, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons

フランスといえばパリとすぐに頭に浮かんでしまいますが、どの国にだって田舎があるのは当たり前ですし、フランスは食料自給率で言えばカロリーベースで121%、生産額ベースで72%(どちらも2021年)を誇る農業大国です。

日本はカロリーベースで38%、生産額ベースで64%(どちらも2024年)です。生産額でみればそう悪くないように見えますが、たとえばここ最近のように米の値段が上がれば生産額も上がってしまうわけですから、どちらかと言いますとカロリーベースのほうが実態に近いのではないかと思います。

そうした農業大国たるフランスの、スイスと国境を接するジュラ地方を舞台にした映画です。ジュラは牛を放牧して育てる山岳酪農が盛んな地域でコンテチーズで有名なところです。

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P. Charpiat, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

こんな風景が広がる地域で暮らす少年少女たちの物語です。

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父親の死、18歳トトンヌどうする…

18歳のトトンヌは仲間のジャン=イヴやフランシスと遊び回ったり飲みまくったりと気ままな毎日を送っています。村のお祭りのシーンでは酔っ払って大勢の村人たちの前で囃し立てられるままに服を脱ぎ素っ裸になって騒いでいます。家はチーズづくり農家で、父親と7歳の妹クレールと暮らしています。映画全体通して大人たちのことはほとんど描かれず、トトンヌの父親も子どもには無関心にみえます。トトンヌの方も父親の手伝いはしますが決して気が入っているわけではありません。

ある日、クラブ(のようなところ…)で女の子をナンパしてその家にもぐり込みます。その日は飲みすぎて出来なかったのですが、翌日、その女の子を待っていますと別の男二人と一緒にやってきます。男たちに挑発されたトトンヌはボトルで殴りかかりそのまま仲間3人で逃げていきます。

その帰り道、酔っ払って先に車で帰った父親が木にぶつかって死んでいるのを発見します。葬儀の日、ひとりの村人が何でも力になるぞと言ってきます。トトンヌが金を貸してくれと言いますとその男はそれはできないと答えます。なら言うなと吐き捨てるトトンヌです。

その日からひとりで妹クレールの面倒をみながら生きていかなくてはいけないトトンヌです。父親がいるからと勝手気ままにやってきた10代の少年がいきなり一人前の大人たれと社会に放り出されます。トトンヌはトラクターを売り、家財を売り、仕事を探すことになります。

力になってくれる親戚はいないとは言っていましたが、行政はどうなっているんだろうとか、児童相談所はないのだろうかなどと考えながら見ていました。

でも大丈夫です。トトンヌの生存能力は善悪の価値観や無知といった社会性を吹っ飛ばしてしまいます。

要は無鉄砲ということなんですけどね(笑)。

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コンテチーズづくりと不器用な恋愛…

仕事が見つかります。しかし、そこはボトルで殴りかかった男たち(兄弟…)の家(じゃなく男たちも働いている工場かも…)がやっているチーズ製造所です。結局、しばらく後にその兄弟と大喧嘩になりクビになります。

仕事を失ったからといってめげるようなトトンヌではありません。ある日、コンテチーズのコンテストを見て優勝すれば3万ユーロの賞金が出ることを知ります。仲間2人とクレールで準備に取り掛かります。父親が使っていた道具を持ち出し、コンテチーズの作り方講座(よくわからない…)のようなものを聞き、牛乳を運ぶためにトラクターが必要だと買い戻しに行きます。しかし、買い戻せるだけのお金はなく、代わりにバイクを売るといっても足りません。万事休すですが、そのとき仲間のジャン=イブが自分のレース用の改造自動車(ラストにレースシーンがある…)を売るといってくれるのです。

あとは肝心の牛乳です。

実は例の喧嘩相手の兄弟には妹がいて、トトンヌはその妹マリー=リーズと付き合うようになっているのです。

このふたりの関係の描き方もとても面白く、なかなか表現する言葉がみつかりません。トトンヌの一目惚れとも言えますし、女の子と見れば誰でもナンパするようにも見えます。ただ、ふたりきりになっても(納屋でです…)トトンヌからなにか言葉をかけたり行動に移したりすることもなく、マリー=リーズがしたいと言って始まるのです。このときもトトンヌは行為が出来ずに、その後はマリー=リーズがリードする展開になっています。言葉だけで描写はありません。

朴訥でもない、ピュアとも言えない、不器用と言いますか、セックスにおいても子どもから大人へ成長していく過渡期のアンバランスさがうまく描かれています。それに、このマリー=リーズがとてもいいんです。

話が流れからそれてしまいましたが、マリー=リーズはひとりで山岳酪農をやっており(親から譲られたと言っていた、相続だったか…)、その牛たちが食べている牧草がいいということで、コンテチーズのコンテストでは優勝チーズの原料として話題にされていたのです。

トトンヌはその牛乳を盗むことにします。何の迷いもなく即行動です(笑)。そして、ある日の夜、仲間たちとマリー=リーズの納屋に忍び込みます。しかし鍵が掛かっています。トトンヌは母屋のマリー=リーズのもとに行き、スキを見て鍵を盗み出します。その間、話をしたり、見つめ合ったり、キスをしたり、セックスをしたりとかなりの長時間仲間たちはずっと待っているのです(笑)。

こういう展開がまったく気にならないよううまくつくられています。

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チーズ、友情、恋愛のゆくえ…

準備は整い、コンテチーズ作りに取り掛かります。しかし、そう簡単にいくわけもなく失敗です。再びマリー=リーズの牛乳を盗みに行きます。こちらもそう簡単にいくわけもなくマリー=リーズの兄たちに見つかりひどい目にあいます。仲間のジャン=イヴとフランシスもさすがにキレて言い争いになり、車まで売ったのにと言うジャン=イヴに、頼んでいないと突っぱねてしまいます。仲間たちは去っていきます。

それでもトトンヌはへこたれません。マリー=リーズに牛乳を盗んでいたと告白します。なんとか牛乳を調達したトトンヌとクレールはコンテチーズを完成させます。

そしてコンテストに出品しようと意気揚々と会場に向かいます。しかし、担当者からは認定書がなければ出品できないと言われ、さらに試食した人からは熟成させなければ食べられたものじゃないと言われます。

これが現実ならば行き詰まりということですが、映画は粋な展開をみせます。

トトンヌはコンテチーズを背負ってバイクでマリー=リーズの家に行き、納屋にそっとコンテチーズを置いておくのです。

そしてラストシーン、映画はジャン=イヴの改造車レースにシーンを移します。

レースといってもちょっと変わったローカルレースで、上の画像のコースを数台の改造車で走り、速さだけではなくひっくり返ることやそのひっくり返り方でポイントがつくというレースです。ジャン=イヴも車を買い戻したのでしょう、出場しています。何度も転倒します。かなり危険なひっくり返り方をしたときに、とっさにトトンヌがコースに飛び出してジャン=イヴを助け出そうとします。

レースはジャン=イブが優勝します。表彰式、大喜びのジャン=イヴです。トトンヌはクレールにジャン=イヴところへ行って祝福してこいと言います。

何を思うのか、あるいは何も考えていないのか(笑)、その場を後にしようと歩き始めたトトンヌ、その時「トトンヌ!」と声が掛かります。振り返ればマリー=リーズが一瞬 Tシャツを捲り上げて胸を見せて微笑んでいます。

トトンヌもこうやって大人になっていくのでしょう。

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感想、考察:リアルなフィクション…

なんだか気持ちが和みます。

もちろんリアルな話ではなくフィクションですが、こんな少年少女が実際にいるかも知れないですし、いて欲しいものだと思わせられます。

ルイーズ・クルヴォワジエ監督はこの映画について「a real fictional story」にしたかったと語っています。この物語をリアルに描こうとすればトトンヌの苦難も描かなくてはいけなくなりますが、あえてそのリアルさを排除して、それが無知からくるのだとしても向こう見ずで無鉄砲に生きるトトンヌの姿を描くことで、青春というものの力強さと光を描こうとしたのだと思います。

俳優たちは地元の非俳優の少年少女たちだそうです。トトンヌのクレマン・ファヴォーさんは2005年生まれ、マリー=リーズのマイウェン・バルテレミさんは2002年生まれですので、撮影時はほぼ実年齢と思われます。

マリー=リーズは牧場経営をひとりでやっている設定になっており、その力強い感じがマイウェン・バルテレミさんにぴったりでとても魅力的に見えます。マリー=リーズという人物像には声高ではないフェミニズムを感じます。

クレマン・ファヴォーさん、いいですね。顔に現れるヤンチャさ程度が無茶苦茶リアルで、労働者階級の少年という感じがよくでています。

ルイーズ・クルヴォワジエ監督は15歳までジェラで育ち、その後リヨンに出て映画を学んでいます。インタビューでは「私は15歳で故郷を離れたけれども、故郷を離れなかった若者たち、少し傷ついた少し短気な若者たち(it’s a slightly damaged youth, a bit of a hothead.)を描きたかった」と語っています。また、ケン・ローチ監督の「天使の分け前」にインスピレーションを受けたとも言っています。

とてもいい映画でした。