KNEECAP/ニーキャップ

北アイルランドのZ世代はアイルランド語を弾丸にして自由のために戦う…

映画では久しく耳にしなかった IRA という名称が登場します。過去の激しい武力闘争を少しでも知っていますと隔世の感があります。そうした時代の変遷を「Kneecap」という実在の北アイルランドのヒップホップグループの実体験を織り交ぜて描いている音楽映画です。主演の3人はその「Kneecap」の実際のメンバーです。

KNEECAP/ニーキャップ / 監督:リッチ・ペピアット

北アイルランドの歴史を知らないと難しい…

なかなか面白い映画です。

北アイルランドを語る場合、アイルランド統一を主張するナショナリストとイギリスへの帰属を主張するユニオニストの対立を抜きにして語ることは出来ません。過去にはそれが北アイルランド紛争という武力紛争となり、1960年代後半から1998年のベルファスト合意まで30年間も泥沼状態が続いていました。

現在でもテロの脅威がなくなったわけではありませんが、現在、自治政府の首相はナショナリスト政党であるシン・フェイン党の副党首のミシェル・オニール氏です。ただ、だからといってそう簡単にはいかないのが北アイルランド問題のようで、さらに Brexit(ブレグジット)後でも北アイルランドは EU圏に残ったままという複雑な状態になっています。

という背景の中でこの映画は北アイルランドにおけるアイルランド語のもつ意味といったものを軸に進みます。

映画の年代がはっきりしていませんが、2022年12月6日に英国議会で「アイデンティティと言語(北アイルランド)法」が制定されて、北アイルランドではアイルランド語が公用語となっていますので、それ以前の時代設定ということになります。

Kneecap のデビューは2017年ごろとなっていますのでその頃の設定だと思います。

映画は現在の北アイルランドの縮図…

この映画、そうした時代背景や過去の経緯がうまく人物配置に反映されています。

Kneecap のメンバーの二人、ニーシャ(MCネーム:モウグリ・バップ)とリーアム(MCネーム:モ・カラ)は今どきのこだわりなきZ世代のナショナリスト系の若者、もうひとりのメンバー JJ(MCネーム:DJプロヴィ)は生活と夫婦関係維持のために本心を偽っている隠れナショナリストのちょっと上の年代の人物、その妻またはパートナーのケイトリンは現実主義者でアイルランド語を公用語にするための活動家、ニーシャの父アーロは元 IRA暫定派の戦闘員で今はみずから死を偽装して地下に潜っている人物、その妻ドロレスもおそらく夫と同じくナショナリストであるものの夫の失踪と時代の変化に絶望した人物、リーアムが付き合う女性ジョージアは今どきのこだわりなきZ世代のユニオニスト系の若者、その叔母の刑事エリスは過去の対立を引きずるユニオニスト原理主義派の人物という人物配置です。

おそらくこれが現在の北アイルランドの社会を単純化した構図なんだろうと思います。ベルファスト合意後に育った Z世代のナショナリストの武器は銃ではなく音楽ということであり、一対一の関係であればそうしたものを媒介にしてリーアムとジョージアのような関係が成り立つにも関わらず、未だ IRA暫定派の亡霊や過去に握っていた権力にしがみつくユニオニスト原理主義者のこれまた亡霊も存在しているということです。

ところで北アイルランドでのアイルランド語の話者は「2021年の国勢調査では、アイルランド語を話すことができる人の割合は全人口の約10.7%(GoogleのAIの回答…)」で復興運動により徐々に増えつつあるそうです。

それが事実であるとすれば、少なからずヒップホップグループ「Kneecap」の音楽の影響のあるのではないかと想像します。

言語はアイデンティティの原点…

物語的には結構煩雑な編集がなされていますので、以下、間違っていることもあるかもしれません。

Kneecap のメンバー、ニーシャとリーアムは幼なじみであり、ニーシャの父アーロから「アイルランド語は自由のための弾丸だ」と教えられ、アイルランド語を日常語としています。

ある日、リーアムは逮捕されます(ドラッグかな? 容疑はよくわからなかった…)。リーアムは頑なに英語を話そうとしないために、尋問に通訳が呼ばれます。やってきたのは音楽教師の JJ で、隠れナショナリストである JJ はリーアムに味方してドラッグが隠されたリーアムの手帳を隠し持ち帰ります。

そのノートにはアイルランド語の詩が書かれており、JJ はその詩にトラックをつけてラップとして仕上げます。そしてリーアムとニーシャにヒップホップグループ結成を持ちかけます。話は即座にまとまりグループ名は「Keecap」と決まります。その由来は、

ベルファストではアイルランドナショナリズムをかかげるリパブリカンの民兵組織が、薬物の売人など好ましくないとされる人物に対して伝統的にこの種の私刑を行っており、グループ名はそこからとられている。モグリー・バップは、自分たちがドラッグなど「ニーキャップされそうなことを語っている」ので皮肉のつもりでグループ名を選んだと示唆している。
ウィキペディア

ということで、映画の中でもそのように語られています。

一方、表立った世の中ではアイルランド語を公用語にしようという健全な運動が活発になってきており、JJ の妻(パートナーかも…)ケイトリンはその中心人物です。ということもあり、JJ は Kneecap の活動を内緒にしています。

Kneecap はライブを決行しますが客はパブの常連のおっちゃん数人という散々な結果です。しかし、それを動画撮影してネットに流した者がいて(多分そういうこと…)、徐々に人気が高まっていきます。しかし、Kneecap の歌詞にはドラッグなど反社会的な歌詞を含んでいるために RRAD という薬物撲滅を目指すナショナリストの一派(かな…)に敵対視されて付け狙われることになります。

また、リーアムはプロテスタント(多くはユニオニスト…)のジョージアと愛し合っている(映画的には激しいセックスでつながっている…)のですが、その叔母が逮捕されたときに尋問されたエリス刑事です。

ある日、人気が出つつあった Kneecap にラジオで音源を流して紹介したいとの話が舞い込みます。しかし、JJ の秘密のスタジオが爆破されてしまい音源がありません。JJ は職場の音楽室に DJミキサーがあることに気づき3人で忍び込んで音源を作りラジオ局に送ります。この行為が学校に知れて JJ は解雇されます。そして JJ とケイトリンは別れることになります。

ラジオ放送を期待して待つ3人、しかしドラッグやセックスに関わる歌詞があるために放送されずに終わります。

ニーシャの母ドロレスの前に突然アーロが現れます。すでにわかり会えない二人です。決別ゆえでしょう、突如、絶望にくれていたドロレスが蘇ります(ということだと思う…)。ニーシャのため、自分のために昔の仲間たちに呼びかけて Kneecap の宣伝を買ってでます。

そして Kneecap のライブは大盛り上がりとなります。その途中、RRAD が会場に乱入して発砲し、その混乱でリーアムは警察に逮捕され、ニーシャは RRAD に捕まります。リーアムはエリス刑事の乱打されるもそれをジョージアによる愛のムチ(笑)と妄想して耐え抜きます。RRAD に捉えられたニーシャの前にアーロが現れ、自分が息子を処罰すると偽り RRAD の3人の膝を撃ち抜き、ニーシャに「アイルランド語は自由のための弾丸だ」と告げて称えます。

アーロは表舞台に姿を現して逮捕されることを受け入れ、ケイトリンはアイルランド語公用語化を求めて活動を続け、Kneecap は世に認められるヒップホップグループとなっています。

北アイルランドに関する映画をそれなりに見てきた者として、時代ってこういうものなんだなあと思う映画ではありました。