この夏の星を見る

スターキャッチコンテストのシーンがカッコいい…

さわやかな青春映画、そしてコロナ禍という非映画的状況の映像化に果敢に挑んだ映画です。心地よい感動があり、とてもいい映画でした。

この夏の星を見る / 監督:山元環

俳優たちがマスクしたままの映画なのに…

一番感心するのはほぼ映画の9割方、俳優たちが皆マスクをしたままなんです。俳優の表情って、映画の基本ですよ。それを放棄して、もちろん望んでやっているわけではないのでしょうが、映画にいちばん大切なものに頼らずに2時間のドラマを成立させているということです。

それでも見ごたえのある映画なんです。

これまでにもコロナ禍下の物語を描いた映画を何作か見ていますが、その多くは途中でマスクを外してコロナ禍などなかったことにしたり、室内劇といった限定したシチュエーションのドラマにしたりしています。

でもこの映画は、学校内の友情(だけではないがとりあえず…)という人と人のつながりを描かなくてはいけない物語なのに無謀にも(笑)、また茨城、長崎、東京の3か所の生徒たちの交流が重要な物語なのにそのマイナス条件から逃げずに果敢に挑戦しています。

これだけでも評価されて然るべき映画です。

でもまあ、顔が見えないというのはちょっとだけさみしいんですけどね(笑)。

物語の良さ、映画的構成の良さ、的確な演出…

なのに見られる映画になっているわけですから、物語、構成、演出がうまくそろったいうことでしょう。つまり、原作、脚本、監督の3つがうまく融合しているのだ思います。

原作は辻村深月さんの『この夏の星を見る』、読んでみようという気持ちになります。

脚本は森野マッシュさん、28歳の方で映画の脚本はこれが初ということのようです。監督は山元環さん、こちらも初の長編のようです。

きっとこの二人の初ということがいい方に出たんですね。

と、ベタ褒め状態ですが、実は始まってしばらくはあまり興味を持てずに見ていたんです。というのは、そもそも高校生や中学生を演じている俳優たちを誰一人として知らず(ゴメン…)、さらに茨城、長崎、東京の3つの話が同時に進んでいく、まあ言ってみれば紹介パートのような始まり方をし、その3つがどこの話かわかりにくいんです。

ですので間違っているかもしれません(笑)。

茨城の高校です。新入生亜紗(桜田ひより)と凛久(水沢林太郎)は天文部に入ります。二人がそれぞれ、宇宙飛行士花井うみかになる、ナスミス式望遠鏡を作るとの目標をノートに書き、固く握手をします。

この握手シーン、かなり印象的なカットになっていました。二人が少し離れた机に向かって座っているところを背後から押さえ、二人が両側から体を伸ばして握手をするところを撮っていました。机の距離がミソですね。それにこのシーンは映画の中心となる2020年の1年前ということですね。

長崎、五島列島の高校です。円華(中野有紗)と小春(早瀬憩)の二人は吹奏楽部で大の仲良しです。円華の家は民宿を営んでおり、後のコロナ禍下では島外から客を受け入れていることで周りから白い目で見られ、小春も家族からの圧力で円華を遠ざけるようになります。また、この高校には東京から離島留学の生徒、柊(和田庵)、友悟(蒼井旬)、凌士(萩原護)の3人がいます。

東京の中学では、サッカー部に入りたいと思っていた新入生の真宙(黒川想矢)が部員不足で廃部になってしまいかなりへこんでいます。同級生の天音(星乃あんな)は理科部に所属しているのですが、都会ゆえに生徒が少ないという設定なんでしょう、こちらも部員一人ですので真宙を勧誘します。それも執拗にです。その後偶然という設定で(笑)、サッカークラブの先輩で今は高校生の数生(秋谷郁甫)に出会い、数生が物理部に入っていることから理科部に入ります。

なお、今、公式サイトを見て名前を拾っていましたら、長崎へ離島留学中の3人はこの数生と同じ高校から留学しているという設定なんですね。そのひとり凌士は東京に戻っていたためにコロナ禍下で長崎に戻れなくなったいることになっています。

という紹介パートがあり、いよいよ本題です。

スターキャッチコンテスト…

映画序盤の漠たる空気を一気に吹き飛ばすのがスターキャッチコンテストです。

コンテストはともかく、このスターキャッチというものがとても面白いですし、それを描いたシーンがとてもよく出来ています。生徒たちの動きがカッコいいんです。

映画の中でも説明されていますが、望遠鏡というのは視野が狭いですので広い空から目的の星を捉えること自体が結構難しいとのことです。まず全員が望遠鏡を北極星を捉えた位置に置き、指示者がキャッチするべき星の名前を言います。生徒たちが一斉に目的の星を捉えようと望遠鏡を動かし暗い夜空をさまよいます。よし、捉えた! でもそれだけではダメです。ピントを合わせます。そして、ロックオン!(ロックだけだったかも…)。

ああ、コンテストはともかくではなく、コンテストだから面白いんですね。速さを競い合うわけですから動きがきびきびしますし、競い合って勝てば歓声が上がりドラマになります。この一連のシーンが心地よい高揚感を感じるようにつくられています。過剰さがなくじんわりくる感じです。センスがいいですね。

映画の流れとしては、2020年、新型コロナウイルス感染症蔓延による学校一斉休校、緊急事態宣言があり、三密、ソーシャルディスタンス、手洗い、うがい、マスク生活が始まります。茨城の亜紗の天文部も思うような活動ができません。そんな時、スターキャッチコンテストのチラシを見た東京の真宙から「中学生でも参加できますか」と電話が入ります。

スターキャッチコンテストは天文部恒例のイベントということのようで、それをコロナ禍の今、オンラインで出来ないか、そう考えた亜紗は顧問の教師(岡部たかし)に相談し開催が決まります。

長崎では、円華と小春のよそよそしさを気にかけた離島留学生の柊が円華を鬼岳天文台で行われる星を見るイベントに誘い、その天文台の館長(近藤芳正)がスターキャッチコンテストへの参加を勧めます。

今から思えばかなり強引な展開ですがテンポよく進みますので気にはなりません。それに天文台からの夜空の星の数すごいですね。あれ、鬼岳天文台からの実写なんですかね。

ということで3校揃いました。コンテストの望遠鏡は手作りだそうです。茨城から東京と長崎に制作キットを送り、それぞれ望遠鏡制作が進みます。この制作の過程も面白かったです。

そしていよいよオンラインでのスターキャッチコンテストです。

とてもいいシーンでした。これは見ていただくしかありませんね。

ナスミス望遠鏡、ISS キャッチコンテスト…

で、このスターキャッチコンテンストがクライマックスとなりエンディングかと言いますとそうではなくまだまだあります(笑)。この映画、多分原作がそうなんだと思いますが、あれこれドラマが多いんです。

凛久にはナスミス式望遠鏡を作るという目的があります。ある時期から凛久の様子がおかしくなります。亜紗を避けるようにしてひとりで黙々とナスミス望遠鏡を作っています。ある日、亜紗が理由を尋ねますと凛久は転校することなったと言います。両親が離婚することになり、車椅子生活の姉が母親と一緒に香川に行くので自分も行くことにした、だから早くナスミス望遠鏡を完成させて姉に星(宇宙?…)を見させてあげたいと言います。

この凛久の理屈(脚本ということなんだけど…)、姉の世話をするとか、なぜ今急ぐのかは正直よくわからない理屈でしたが、とにかくナスミス望遠鏡は完成します。ナスミス望遠鏡は反射式で目を添えるところの高さが一定なので車椅子ユーザーでも使える望遠鏡ということです。

同時進行で次なるイベントが計画されています。ISS キャッチコンテスト、国際宇宙ステーションをスターキャッチと同じようにキャッチしようというコンテストです。星と違ってかなりのスピードで動いているわけですから難しいですよね。ISS は地上から約400kmの上空を秒速約7.7km(時速約28,000km)で周回し、約90分で1周、1日で約16周しているそうです。

このコンテストにも3校が参加します。凛久の姉も参加しています。しかし茨城か東京だったかは曇り空です。このあたりになりますともうコンテストというよりも3校が一体となっているような描き方です。誰でしたか、多分亜紗だと思いますが「もうこれ以上私たちから奪わないで」と空に向かって叫びますと、奇跡の風が吹き、雲の合間から ISS が見えます。

奪わないで! というのは、コロナ禍によって失われた多くのものということです。

コロナ禍により失われたものと得られたもの…

新型コロナウイルス感染症蔓延による緊急事態宣言が出されたのは2020年4月7日、そしてその感染症が2類から5類に変更されて公的にパンデミック収束が宣言されたと言えるのが2023年5月8日です。

およそ3年間、わずか2年前のことですが、今ではあれは一体何だったのかという気さえしてきます。

高校生や中学生、大学生もそうですが、学校生活のまるまる3年間をマスクで顔半分を覆った状態で過ごしたことになります。さらに、この映画でも描かれていましたが、昼食時は黙食といってアクリルの囲いで覆われて話もできず、部活も制限されていたわけです。そもそもの学校教育自体が予定通り行われていないかもしれません。

当事者たちが実際にどう感じていたのかはわかりませんし、今現在どういう影響が出ているのかもわかりませんが、一番気になるのは友だちは出来たんだろうかとか、人と人との関係に影響はなかったんだろうかといったコミュニケーションの問題です。

いずれコロナ世代と呼ばれてなにか特徴的な傾向が語られることになるかもしれません。

この映画の生徒たちはみな行動的でフレンドリーに描かれていますのでコロナ禍下生活もマイナスに捉えずにプラス思考で乗り切っています。コロナ禍で失ったものも多いが、出会うこともなかったであろう人たちと出会うことが出来たと締めていました。

その意味では、おそらく原作もそうだと思いますが、この映画、コロナ禍下青春ファンタジーなんだろうと思います。実際、この映画がコロナ世代の人たちに見られているようには思えないのが現実です。

仕方ないですね、青春というもの自体が大人になってから語られるノスタルジーなんですから。

ところで辻村深月さん原作の映画、なにか見たことあるなあと思いサイト内を検索しましたら2作見ていました。