ラストナイト・イン・ソーホー

1960年代のロンドンへの郷愁と悪夢の事実

映画を見る際には必ず監督をチェックします。エドガー・ライト監督ってなにか見たことあるかな? と過去の作品一覧を見ましたら、「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」があり、ああ、あれか、スルーだなと思ったのですが、なにか引っかかるものがあったのでしょう、見てみましたら結構おもしろかったです。

いや、おもしろいと言うよりもうまいなあと思ったという方が正しいのですが、音楽の使い方と映像との合わせ方が心地よく、最後まで飽きずに見られました。

ラストナイト・イン・ソーホー / 監督:エドガー・ライト

60年代のロンドンへの郷愁

1960年代後半のロンドンは「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれ、ファッションや音楽を中心に若者たちのストリートカルチャーが花開いた時代です。もちろん私もリアルにその時代を体験しているわけではありませんが、「ビートルズ、ミニスカート、ツィギー、マリー・クワント、ヴィダル・サスーン、カーナビー・ストリート(FASHION PRESS)」などなど、一度はファッション雑誌などで目にした人や言葉が世界を席巻した時代です。

そうしたエドガー・ライト監督の1960年代への郷愁が前面に出た映画です。オープニングシーンからしてエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)がポール・マッカートニー作詞作曲の「愛なき世界(A World Without Love)」でツィギーばりの衣装で踊ります。もう一方の女性、1960年代のソーホーに生きるサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)の登場は「ダンス天国(Land of 1000 Dances)」で圧倒的にみせています。

 

知らない曲も多いのですが、とにかく音楽と映像は楽しめます。

映像も流れるような編集で美しいです。エロイーズとサンディのふたりを鏡のように見せるシーンもかなり凝っていました。私は見落としましたが、クラブのスタッフには双子の俳優を使っているらしいです。

といった60年代ロンドンへのオマージュのような映画なんですが、ただし、物語自体はそうしたストリートカルチャーとはちょっと違った側面を持っており、当時は歓楽街であったソーホーという地域を舞台にしたあまり楽しくはない話です。

ソーホー(Soho)という地域はニューヨークにもありますのでちょっと調べてみましたら、ニューヨークのソーホーは South of Houston Street の略ではありますが、ロンドンのソーホーを意識しているとのことで、そのロンドンのソーホーは「”Soho”の名が最初に現れたのは17世紀のこと」らしく、「19世紀半ばまでに売春婦と音楽ホールと小規模の劇場が転入してきた。1930年代から1960年代初期にかけては、ソーホーのパブは毎晩、酔っ払いの作家や詩人、芸術家であふれて」いたとウィキペディアにはあります。

そうした1960年代のソーホーの暗部が、エロイーズとサンディの時代を超えた交感によってあからさまになっていくという映画です。公式サイトには「タイムリープ・サイコ・ホラー」とありますが、エロイーズ自身が60年代を体験するわけではありませんので幻覚を見るという方が正しいように思いますし、サイコホラー度もそれほど強くはありません。

ただ、オチには、え? そうだったの? とちょっとびっくりします(笑)。

映画の主役はサンディ

物語は、現代の女性エロイーズ(トーマシン・マッケンジー)がイギリス南西端の片田舎コンウォールからファッションデザイナーを目指してロンドンに向かうところから始まります。エロイーズは祖母との二人暮らしです。母親は若いころにロンドンに行き、都会に飲まれて精神を病み自殺したということです。父親のことも語られていたように思いますがまったく重要視されていません。

冒頭から、エロイーズは母親の幻覚を見る女性として登場します。そして、その母親はロンドンという都会の闇に飲まれて精神を病んで自殺したとなれば、エロイーズがソーホーで見る幻覚の女性は、普通で考えれば母親です。そう思って見ていましたら全然違っていました。母親のことなどどこかに吹っ飛んでしまっています。エロイーズが母親の幻覚をみるのは、サンディと交感することへの前フリというだけでした。

このことでもわかるように、この映画、エロイーズのあれこれ、母親のことやデザイナーを目指していることなどは本筋ではありません。せっかく「ロンドン芸術大学 ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(London College of Fashion – University of the Arts London)」に入学したのにねぇ、という感じがします(笑)。エロイーズをミュージシャンなど音楽系のアーティストを目指す人物にすれば、サンディがショービズ界を目指していることから考えれば、ややベタではありますが、物語の展開としてはその方がぴったりです。

エロイーズはサンディ、さらに言えば60年代のソーホーを語るための狂言回し的な存在ということです。ただ、これは批判というわけではありません。結局、この映画は現代の話ではなく60年代への郷愁の物語なんですから。

サンディ、ショービズ界を目指す

エロイーズのロンドンでの当初の住まいは女子寮です。しかし、ルームメイトや他の学生とも肌があわず、すぐに下宿屋さんに引っ越します。大家はミス・コリンズ(ダイアナ・リグ)、1階に住んでおり、エロイーズは4階(だったか?)を借ります。部屋はかなりクラシカルで、ミス・コリンズは下水が臭うから栓をするようにと言っていました。臭うというのがキーワードです。それに、ロンドンは怖い街、男を入れちゃダメともいっていたと思います。

引っ越したその日、眠ったエロイーズはサンディの幻を見ます。

サンディはショービズ界でのデビューを目指し「カフェ・ド・パリ」にやってきます。「ダンス天国」で華々しく登場しますので誰もが振り返ります。このあたりはミュージカル風にテンポよく進みます。

このエロイーズが見る幻覚でサンディのことが語られていきます。最初は華やかに見えたサンディの人生が次第に怪しげなものになっていき、それとともにエロイーズの精神状態も不安定になり、さてサンディの身に何が起きていたのかとクライマックスに向かっていきます。

サンディはクラブのマネージャー(かな?)ジャックと親しくなり、すぐに恋人関係になります。デビューのためのオーディションを紹介されます。この時サンディが歌うのは「恋のダウンタウン(Downtown)」、これはアニャ・テイラー=ジョイさん本人が歌っているとのことです。

即採用となります。がしかし、デビューの舞台はストリップまがいのステージです。客席では紳士然とした男たちがギラギラした目で囃し立てています(ちょっと言葉を装飾した)。次第にジャックの態度もヒモ的に変化していきます。そして、サンディは無理やり客を取らさせることになります。

エロイーズ、亡霊に悩まされる

サンディがひどい状態に追い込まれるにつれ、エロイーズの幻覚がひどくなります。学校でパニックになったり、同級生のジョンに誘われて行ったハロウィンのパーティーでは、サンディがのっぺらぼうの男たちに襲われる幻覚を見て会場を飛び出してしまいます。

心配して追いかけてきたジョンにすがるようにエローズはジョンを自室に誘います。キスをし、やさしく抱擁し合うふたりですが、その時エロイーズはサンディがジャックに刺し殺される幻影を見て大パニックに陥ります。騒ぎにミス・コリンズがやってきます。ジョンがいることに驚き、出て行け!となり、ん? この後エロイーズはどうなりましたっけ? 記憶にありません。多分、うまく編集されていたんでしょう。

で、その後エロイーズは警察に行き、60年代にサンディという女性が殺されていると訴えますが、当然ながらまともには取り合ってもらえません。ただ、このシーン、男性警官たちはトイレ(だったと思う)でバカにするように大笑いしていたのですが、ひとりの女性警官だけが親身にエロイーズを心配しているところを入れていました。特に次に繋がるシーンはなかったのですが、なにか意図があってのシーンだとは思います。

エロイーズは故郷に帰る決心をし、ミス・コリンズに部屋を出ると伝えます。お茶を飲んでいきなさいと言うミス・コリンズ、そして、映画はクライマックスへと入っていきます。

サンディの悲哀

ミス・コリンズは、エロイーズに警察が来たと冷たく言い放ち、事の真相を話し始めます。

殺されたのはサンディではなく、逆にサンディが自分を弄ぶ男たちを何人も殺していたのです。そして、自分こそがそのサンディだと語り、エロイーズを殺そうとします。逃げようとするエロイーズですが、お茶には薬が盛られており動けません。必死に逃げようともみ合います。その勢いでろうそく(だったかな?)が倒れ火がつきます。それがレコード(こういう細かい仕込みがいっぱいある映画です)に燃え移り火は大きくなっていきます。経緯は省きますが、心配したジョンが駆けつけてきます。ジョンはミス・コリンズに刺されます。エロイーズは必死に4階の自室に上ります。追うミス・コリンズ、エロイーズが借りていた部屋こそがサンディが男たちに弄ばれていた部屋なのです。男たちの死体は床下や壁に隠されていたのです(無理だと思うけど…)。

のっぺらぼうの男たちの亡霊が苦しみながら現れ、そしてミス・コリンズ=サンディとともに火に包まれていきます。

そして、おまけのように…

エロイーズの学校のファッションショーが行われています。おばあちゃんも田舎から駆けつけています。エロイーズのデザインが皆から拍手を浴びています。ランウェイに登場したエロイーズも満面の笑みを浮かべています。

という、多少驚かされるところはありますが、基本的には楽しい映画です。

アメリカ映画界から始まった#MeTooムーブメントの影響を思わせるところはありますが、意識はあるにしても、批判的立ち位置に立っているようには見えません。

なお、エンドロールに使われている無人の街並みは、COVID-19でロックダウンになった実際のロンドンらしいです。

ベイビー・ドライバー (字幕版)

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