ロスト・キング 500年越しの運命

リチャード三世は駐車場の「R」の下に眠っていた…

悪人ほど魅力的というのは映画や演劇の中だけの話だと思いますが、イングランド王リチャード三世もそのひとりで、シェイクスピア『リチャード三世』をベースにした翻案ものが様々あります。

そのリチャード三世の遺骨を発見したのはアマチュア歴史家の女性だったという話、それもわずか10年ほど前2012年のことです。

ロスト・キング 500年越しの運命 / 監督:スティーヴン・フリアーズ

「推し」にはさしたる理由はいらない…

based on a true story ものですが、遺骨を発見したフィリッパ(サリー・ホーキンス)ひとりの映画になっていますのでかなり誇張されているんだろうと思います。

フィリッパの職場のシーンから始まります。選ばれるだろうと思っていたプロジェクトに選ばれなく、上司にクレームを入れにいきます。まさしくクレームであり、理由を聞きに行くというわけでもありません。

「リチャード三世」の舞台を見に行きます。息子の学校関連の催し物のようでした。幕間に同級生の父親とリチャード三世について口論になります。その男性が後半の舞台では居眠りしているのを見るや、帰り際追い打ちをかけるように男性に言い返します。見下すようなことを言う人が嫌いと言っています。

といったことが、それまで特に興味を持っていたわけではないリチャード三世に執着していくきっかけとして描かれています。

もうひとつ、フィリッパには筋痛性脳脊髄炎(Myalgic Encephalomyelitis: ME)という持病があることがちらちらと語られ、それもひとつの理由のように見せようとしています。はっきりとはしていませんが、シェイクスピアの描くリチャード三世が醜い容姿であったために報われなかったと、フィリッパが自分の病と重ね合わせるようになっていくということかも知れません。

ところで、映画の中でリチャード三世のことを語る際に「hunchback」という言葉が幾度も出てきます。いわゆる「せむし」と言われる背骨が湾曲している状態のことをいい、病でもありますので日本では放送禁止用語になっている(という考えもある…)わけですが、2023年上半期芥川賞受賞作の市川沙央著『ハンチバック』のタイトルでもあります。

映画とはまるで関係のないことですが、知っている言葉というのはクリアに飛び込んでくるものです。知らなければ意味のある言葉として捉えていなかったかも知れません。

とにかく、そんなこんなでフィリッパは仕事を捨ててまでリチャード三世に執着していく、言い方を変えれば心を支配されていくわけで、それにしては、映画的に言えばあまりはっきりしたきっかけではないのですが、考えてみれば、人がなにかの「推し」になったり、心をとらわれてしまう瞬間というのは案外こんなものかも知れません。

トントン拍子に見つかる「R」…

ということで、フィリッパは出版されている書籍を読み尽くし、リチャード三世協会の存在を知るや即そのもとを訪ねて参加し、そこでリチャード三世の墓がないこと、ましてやどこに埋葬されていることもわからないことを知り、ひとりでリサーチをし始めます。

フィリッパのリサーチはトントン拍子に進みます。本当はこういうところをもっとていねいに紆余曲折を加えながら描いていけば深みのある映画になったんだろうと思いますが、結局、こうした描き方をしますと筋を追っているだけで予告篇以上のものがない本編という結果になってしまいます。

フィリッパは、研究者の助言と自らの直感を頼りにレスター市の所有地である駐車場にたどり着きます。そこにはまさにリチャード三世の印であるかのように「R」と刻印されているのです。フィリッパはそこがリチャード三世が眠る教会跡地であると確信します。

ちなみにフィリッパ・ラングリーさん本人によれば、この「R」の件は事実のようで reserved の「R」だったそうです。「初めてあの駐車場に立った時、最も奇妙な感情が心に押し寄せた。『リチャードの墓の上に立っているんだ』と感じた」(ウィキペディア)そうです。

ここまで映画1/3くらいじゃないかと思います。おそらく実際には長い年月の地道なリサーチがあったんだろうと思いますが、映画的じゃないと判断したんでしょう、発見にはフィリッパの直感とリチャード三世の亡霊が導いたというつくりになっています。

悪役がいないとドラマは生まれない…

その後は発掘のための資金集めとレスター市への許可申請、そしてフィリッパの家族関係が描かれていきます。

こういう映画ですので悪役も必要です。大学です。会議の構成がよくわかりませんでしたが、市議会の女性議長、レスター大学関係者などが居並ぶ会議でフィリッパが発掘調査計画をプレゼンします。大学関係者はフィリッパを単なるファンクラブの一員と見下して出資はできないと言います。しかし、なぜか企画は通り、大学も資金援助をする結果となります。女性議長が後押ししているような描き方になっています。

もうひとり、リチャード・バックリー(マーク・アディ)という考古学者が登場します。フィリッパが協力を求めにいく人物で、あたりはいいのですが、自分の利益にならなさそうと考えれば切り捨て、後にレスター大学からの援助を切られることになるやフィリッパを利用しようと考える人物です。フィリッパが市当局へプレゼン出来たのはこのリチャードの後押しがあったからのようです。

もちろん、この考古学者も大学関係者も映画の創作でしょう。

フィリッパは離婚していますが、子ども二人のこともあるのでしょう、元夫ジョン(スティーヴ・クーガン)ともわだかまりない関係を保っています。子どもたちはフィリッパと暮しており、スティーブは毎日のように子どもを学校へ送ったり、夜には食事をつくりに来たりしているようです。ただ、現在は付き合っている女性がいるらしく、そこと行ったり来たりということのようです(よくわからない…)。

で、このジョンと子ども二人も後半になりますとフィリッパの調査を後押しする立場になり、後半にはジョンは付き合っている女性と別れフィリッパのもとに戻りリビングのソファで寝ていました。

その際のふたりの会話がなんだか嫌でしたね。ジョンが別れた女性のことを侮辱的な表現で語っていました。フィリッパへのリップサービス的な会話でしたが、それが映画の主題に関わることであれば映画的に意味はありますが、まったく登場しない人物の人格否定は映画の質を下げます。他のシーンでは現代的男女観に気を使っているわけですからこういうことをしますと見せかけだけになってしまいます。

ついに発見、「推し」は報われたか…

発掘調査は最初のレーザー探査でつまずきます。何も反応がありません。早々にレスター大学が撤退すると言い出します。フィリッパはリチャード三世協会の協力でクラウドファンディングで資金を集めることとし、これまたあっという間に集まります。ジョンが匿名で2,000ポンド(当時のレートで25万円くらい…)を出資し、後にフィリッパがそのことを知るというエピソードを入れています。

発掘開始、そして早々と人骨が発見されます。しかし、考古学者のリチャードは修道士の骨だと主張し、それ以上の発掘を認めません。フィリッパはここでも直感と亡霊の導きでリチャード三世の遺骨に違いないと譲りません。

The King In The Car Park - Page 15 - Figure 12
Richard Buckley, Mathew Morris, Jo Appleby, Turi King, Deirdre O'Sullivan, Lin Foxhall, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

リチャード三世の遺骨でした。上の画像は実際の写真ですが、映画でもこの状態が再現されていました。

ということでフィリッパが一躍脚光を浴びるかと思いきや、手柄はレスター大学と考古学者のリチャードに持っていかれ、リチャードは教授として招かれることになったというお話でした。

さほどフィリッパが考古学者のリチャードを恨むような終わり方になっていませんので、こうしたエピソード自体が創作なんだろうと思います。実際、ウィキペディアの「リチャード3世 (イングランド王)」や「フィリッパ・ラングリー」を読む限りではそうした確執的な気配は全くありません。現実のフィリッパ・ラングリーさんもかなり現実的な人物に思えます。

ということで、主演が「シェイプ・オブ・ウォーター」「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」のサリー・ホーキンスさんということで興味があったのですが、映画としてはこれといったところはなく、そもそも題材としてもドキュメンタリーでリサーチの過程やリチャード三世の人物像に迫る映画にすべきのように思います。調べていませんがありそうな題材です。