え? ミシェル・フランコ監督がラブストーリー? と驚きはするが、やはりうまい…
ミシェル・フランコ監督の2023年の映画、最新作じゃないんですね。最新作は今まさに開催中のベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品されている「Dreams」です。主演はこの映画と同じくジェシカ・チャンステインさんです。
- え、ラブストーリー?!でびっくり…
- フィックス多用は感情移入を拒むため…
- ありきたりのラブストーリーじゃなかった…
- やはりミシェル・フランコらしさを準備する…
- 人の醜さを垣間見る…
- ハッピーエンドはありえない…

え、ラブストーリー?!でびっくり…
ミシェル・フランコ監督は名前を見れば必ず見る監督のひとりです。メキシコ出身ですので多くの映画はスペイン語ですがこの映画は英語作品です。
それが影響しているのか、キャスティングのせいなのか、えらく優しいラブストーリーでちょっとびっくりです。ストーリーはアメリカ映画的、映画のトーンはヨーロッパ映画的(大雑把すぎ…)です。
ミシェル・フランコ監督は私なんかの価値観では到底考えられないような話をやってくれますのでいつも楽しみなんですが、この映画はいたって普通といいますか驚きはありません。メジャーになっていくことの必然なのかなとは思いますが、ときどきでいいですのでなんの前触れもなくズバッと人間の本性のようなものを見せてくれる映画も撮ってほしいとは思います。
というのがこの映画の率直な感想ですが、とにかく映画づくりはうまい監督ですので最後までしっかり見られます。
映画は、幼少期の性暴力被害によるPTSDに苦しむ女性と若年性認知症により日常生活もままならない男性との出会いと惹かれ合っていく姿を描いています。
書いてみましたら、以下かなり長くなりましたのでご注意を(笑)。
フィックス多用は感情移入を拒むため…
暗いシーンが多いですし、冒頭のワンシーンを除いて引いたフィックスの画で構成されていますので人物の表情を読むのは難しいです。
それにしても暗かったですね。上映館のせい、それとも私の問題?
冒頭のシーン、AA(アルコホーリクス・アノニマス)のメンバーが今日でAAを卒業(でいいのかな…)するシルヴィア(ジェシカ・チャンステイン)にメッセージを寄せています。数人のどアップの画とそれぞれのメッセージが続きます。
シルヴィアはアルコール依存症だったということですが、13年間断っていると言っていますし、その後お酒絡みの話もありませんので何を狙ったのでしょう。その場には13歳の娘アナ(ブルック・ティンバー)も一緒にいてシルヴィアにあなたを誇りに思うと言っていましたので母娘関係を見せるためか、アナの出産以前に原因があることを示すためかもしれません。
シルヴィアはブルックリンで暮らすシングルマザー、障害者施設の介護師として働いています。住まいは自動車修理の町工場のような感じの建物です(下に画像…)。隣はタイヤ屋さんです。シルヴィアは家に入りますとセキュリティシステムを稼働させ、ドアには二重三重に鍵を掛けます。かなり神経質な印象です。単に治安の問題だけではなくPTSDの症状としての描写でしょう。
シルヴィアには妹オリヴィア(メリット・ウェヴァー)がいて親しく行き来しています。ハイスクールの同窓会(というより学年関係なく親睦会のようなものみたい…)があり、オリヴィアに誘われてシルヴィアも参加します。ただあまり乗り気ではなく、その場でもひとり座ったままです。そこに男がやってきて隣りに座ります。ここも引きの画ですし特に会話もなく、この時点ではどういうことかはよくわかりません。
シルヴィアは会場からひとり抜けて地下鉄で家に帰ります。男が後をついてきます。このシークエンス、緊迫感があるようなないような不思議な感じです。一般的には通報ケースなのにと思いますが、男は特に間を詰めようとするわけでもなくなんとなくついてきている感じにもみえます。
シルヴィアは急いで家に入り、例によって厳重に鍵を掛けます。男は家の前の道路に佇んだままです。そして翌朝、雨の中、男はタイヤを椅子にしてゴミ袋を被ってうずくまっています。

シルヴィアは恐る恐る一定の距離を保って男に近づき、男の持っているスマートフォンから連絡先に電話を入れます。
ありきたりのラブストーリーじゃなかった…
男はソール(ピーター・サースガード)、シルヴィアが連絡を入れたのはその弟アイザック(ジョシュ・チャールズ)です。アイザックはソールが若年性認知症であり、昔のことは憶えているが最近のことは忘れてしまうと話します。
そして後日、シルヴィアとソールは二人で話をするタイミングとなり、シルヴィアはベンを知っているかと言い、同じクラスだったと言うソールに、私はベンにレイプされ、口でやれと言われ、仲間の数人にも同じようにされた、その中にあなたもいたと責めます。ソールはまさかと驚き、記憶がないと言います。
シルヴィアのPTSDの原因と思われることが突然明らかにされます。こういう手法を取る監督です。ただこの映画の場合、ソールがそのひとりだったというのはシルヴィアの誤解で、その後すぐにオリヴィアがシルヴィアはソールと入れ違いに転校していることを教えてくれます。
こうした経緯を経て、またアイザックから自分がいないときにソールを見ていてくれないかと頼まれることもあり、徐々に二人の距離が近くなっていきます。
これじゃあありきたりなラブストーリーですね(笑)。
でもミシェル・フランコ監督は違います。その軸となる物語の周辺にそれを補完するようにいろいろ人物やエピソードを置いて、それを無駄にせず、そして説明的でもなく、そのときはわからなくても結果として全体が絡み合うように絶妙に構成されているのです。
たとえば、アナが冷蔵庫がまた壊れたというシーンがあり、そんなことすっかり忘れた頃、修理業者がチャイムを鳴らします。男性の声です。シルヴィアはインターホンで女性をお願いしたのにと不満そうです。男性は出直しますかと尋ねます。シルヴィアは逡巡しつつもエントランスのオートロックを開け、自室の二重三重の鍵を開けます。
シルヴィアのアナへの対し方もそうです。学校への送り迎え、アナが入っていくまでしっかり確認します。日本食レストランでは、アナがその店のオーナーの息子(同じ学校の子かな…)とデートしたいと言いますとシルヴィアはダメ、それについてはもう話したでしょと言います。
アナがオリヴィアの家に行ったり泊まったりすることは頻繁にあるようです。アルコール依存症だったシルヴィアの過去が想像できます。オリヴィアには夫と子どもが3人います。裕福そうです。住まいの地区も明らかにシルヴィアの地区とは異なり小綺麗です。シルヴィアとアナがオリヴィアを訪ねたときのキッチンでのやり取り、アナと同じ年頃の息子が友だちのためにアナの写真を撮りたいということにかなり警戒心をみせます。
アイザックとその娘サラ(エルシー・フィッシャー)の存在も無駄にしていません。暗いせいもあって私は見逃していますが、同窓会のシーンにアイザックもいたらしいです。それに話は戻りますが、その場では早い段階からソールとシルヴィアはお互いに目があっており、シルヴィアは始終気にしていたということのようです。もちろんここではお互いの気持ちはまったく違うものです。
アイザックはソールのことを思うあまり(ということでしょう…)ソールに干渉し、後に事故があった後にはソールを外に出さないようにし、クレジットカードを停止し、シルヴィアを遠ざける役回りとなります。ソールと同居していますがソールは自分の家だと言っていますのでソールの面倒をみるためにきているということだと思います。ですのでサラはときどきやってきてちょっとした種を蒔いていくという役回りです。
シルヴィアとオリヴィアの関係もかなり微妙です。親しくはしていてもオリヴィアのほうがなんとなく距離を置いているようにみえます。
それもこれもハイスクール時代の性暴力被害からかなと思っていますと終盤になりとんでもないことが明らかになります。
やはりミシェル・フランコらしさを準備する…
シルヴィアの母親サマンサ(ジェシカ・ハーパー)が登場します。オリヴィアの家に来ることはありますがシルヴィアとは断絶状態であることがわかってきます。
たまたまオリヴィアの家でサマンサとアナが対面します。アナに物心ついてからだと思いますが初めて会うようです。アナは会ったことをシルヴィアには言わないと言っています。
そして後日、再会した際、サマンサはアナにシルヴィアのハイスクール時代のことを話します。あの子は手がつけられなかった、お酒を飲み、男の子たちと遊び回り、そして嘘をつくと言います。
こういうところもうまいんです。サマンサの話も嘘とは思えず、ん? どういうこと? と思います。ちょうどその頃シルヴィアとソールの距離も少し近くなり、あるとき、映画を見ながらソファで寄り添って眠っていたことがあります。そこにサラがやってきたことでシルヴィアは気まずい思いでその場を立ち去ってしまいます。シルヴィア本人も映画見て涙を流していたので慰めていただけと言っているように、どうということではないのにシルヴィアの精神的な不安定さをみせているわけです。
その後シルヴィアとソールの距離は急速に近づき、そして愛し合うようになります。あまり詳しく書こうとしますと長くなりますが、その初めてのセックスのシーンもシルヴィアに迷いや行為を避ける(というほどでもないが…)ようなしぐさの演出がされています。
その後、ソールがアイザックの外に出るなとの言いつけを無視して出てきたために言い合いとなり、シルヴィアの家に泊まることになります。アナはシルヴィアと一緒に寝ることになりソールはアナの部屋を使います。しばらくその状態が続くある夜、バスルームから戻ったソールは目の前の2つのドアのどちらが自分の行くべき部屋かわからず廊下で立ちすくんだままになります。
人の醜さを垣間見る…
そして映画は山場を迎えます。アナがオリヴィアの家に泊まることが多くなっており、シルヴィアとソールがアナを迎えに行きサマンサと鉢合わせます。
アナがサマンサからのプレゼントのドレスを着ています。シルヴィアは脱ぎなさいと興奮ぎみです。このときアナは日頃のシルヴィアからの束縛を感じていることやサマンサの話の影響で精神的にシルヴィアからやや離れている状態にあります。それをわかっているサマンサは冷静さを装い、アナにここにいたいとママに言いなさいと言います。そして、アナに近づかないで!と叫ぶシルヴィアに精神を病んでる人(ソールのこと…)と暮らさせるつもり?と返します。シルヴィアはサマンサに
「あなたはずっと小児性愛者を守ってきた」
と冷たく言い放ちます。そしてオリヴィアにあなた見ていたでしょ、私とあの人(父…)がいるところを、アナの前で答えてと懇願します。オリヴィアの沈黙は続きます。オリヴィアの夫がもう十分だ、やめてくれ!と何度も叫んでいます。
こういうところでもほとんど出番のないオリヴィアの夫に重要な役回りをさせています。
そしてオリヴィアが
「パパはシルヴィアを連れて部屋に入ってドアを閉めていた、映画を見ると言っていたけれど、私は絶対に中に入れてもらえなかった」
と絞り出すようにもらします。さらにサマンサにあなたはそのことを知っていたはずだ、一度そのことをあなたに話したらあなたは私を平手打ちにしたと言います。
ハッピーエンドはありえない…
映画はこれで終わるわけではありません。
後日のこと、ソールがシルヴィアの家のバルコニー(2階くらい…)に出ていくカットがあり、その後仕事中のシルヴィアに電話が入ります。ソールが落ちて病院に搬送されたのです。病院に駆けつけますとアイザックがもうソールに近づかないでくれと言い、会うこともできません。
その後シルヴィアは何度も電話を入れますがソールからはなんの返事もありません。アナがソールを訪ねます。退院したソールは介護士をつけられ監禁状態です。電話を取り上げられていると言います。
アナが行こうと言います。どこへ?というソールにアナは私を信じてと言い二人はシルヴィアのもとに向かいます。そして再会するシルヴィアとソール、これまで幾度も流れていた「A Whiter Shade of Pale(青い影)」が流れます。
もちろんいい曲なんですが、これ失恋の歌なんですよね。
ということで、むちゃくちゃ長くなってしまいました(笑)。無駄なシーンがなく、すべてを説明しなくっちゃいけなく思ってしまうということです。
ミシェル・フランコ監督を知りたいと思う人はまず「母という名の女」と「父の秘密」を見てください。