蜜蜂と遠雷

(DVD)世界は音楽で溢れている

映画紹介を読んだ限りでは少女漫画によくあるスポ根系の音楽ものかなと思っていましたら、意外にも、そうした人物間のぶつかり合いや葛藤を描く映画ではありませんでした。

そりゃそうですよね、原作が恩田陸さんの直木賞受賞作なんですから。

じゃあ、「ピアノの天才たちが集う芳ヶ江国際ピアノコンクールに参加する若き4人のピアニストたち(映画.com)」という設定でどんな映画になるんでしょう?

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷 / 監督:石川慶

登場人物の名前や設定はどちらかといいますと少女漫画系でした。

主要な人物は国際ピアノコンクールの出場者4人です。

栄伝亜夜(松岡茉優)。もう名前からしてそのものですが、将来を嘱望されていたにもかかわらず母親の死をきっかけにピアノが弾けなくなった元天才少女、7年後、20歳になっています。

マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)。こちらも名前がすごいのですが、亜夜と共に亜夜の母親にピアノを学び、今はジュリアード音楽院に在学しているアメリカ人です。日本で生まれ育ったのか日本語は完璧です。名前からの連想でガエル・ガルシア・ベルナルさんの顔が浮かんでしまいました(笑)。

風間塵(鈴鹿央士)。最近(なのかな?)亡くなった伝説のピアニスト ユウジ・フォン=ホフマンの推薦状を持って突如現れた天才ピアニストです。日本人なんでしょう。

そして、高島明石(松坂桃李)。一度はピアニストの夢を諦めて今は楽器店で働く28歳、年齢制限ギリギリでの再挑戦です。

別に国籍にこだわっているわけではありませんが、国際ピアノコンクールの本選に出場する主たるメンバーが全員日本人あるいは日系(かな?)で日本語で会話というのはどう考えても少女漫画の世界でしょう。

で、物語の基本的な軸は、亜夜が過去のトラウマを乗り越えて演奏しきれるかどうかということかとは思うのですが、それを前面に押し出して描こうとしているのかどうかははっきりしません。

想像でしか言えませんが、ピアニストの7年間のブランクというのは致命的なことと思われ、それを乗り越えてのコンクール参加という過去の重みが伝わってきません。ですので、結果として国際コンクールという設定自体が嘘っぽく感じられ、ましてや天才であるとか、伝説のピアニストだとか、最高峰のマエストロだとかの言葉が踊りますと、見ていてもこそばゆくなってきます。

亜夜のトラウマは、7年前母を亡くしたショックによりコンサートのステージ上でピアノが弾けなくなってしまったことです。その曲「プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番」を本選の演奏曲に選んでいます。ということだと思います。

それだけの覚悟があるのならとは思いますが、展開は予想通りで、リハーサルでは弾くことができず、本選から逃げようと会場を後にしようとします。

それを留めるのが塵のピアノです。塵の演奏を耳にした亜夜は逃げようとする足を止め再び挑戦する意欲を蘇らせます。そしてコンクールのステージに戻り最後まで弾き切ります。

世界は音楽で溢れている。

塵のピアノが、生前の母親の言葉を思い出させてくれたということです。そしてまた、伝説のピアニスト ユウジ・フォン=ホフマンが塵というピアニストをコンクールに送り込んできたわけは、亜夜を再び音楽の世界に呼び戻すためのギフトだったということです。

と、言葉にしてしまいますとかなりクサく感じますが、映画はそれほどでもありません。かなり説明的ではありますが、塵の演奏の映像に海辺での遠雷を重ね、塵に「世界が鳴っている」と言わせたり、亜夜に雨音を感じさせる映像を入れ、母親とのピアノレッスンの回想シーンから、亜夜に「世界はいつでも音楽で溢れている」「世界が鳴っている」と気づかせ、母親の言葉として「あなたが世界を鳴らすのよ」と呼びかけます。

その亜夜の心情を塵の演奏する「バルトーク ピアノ協奏曲第3番」で表現し、そして亜夜の「プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番」へとつないでいきます。

クサくならずにすんでいるのは音楽の力でしょう。その点ではドラマを抑えて音楽に頼っているのがよかったのではないかと思います。

後は演奏シーン、こういう映画は必ずそこへ目がいってしまいます。音楽そのものは吹き替えでいけますし、その点でもかなりレベルの高い演奏らしく(そこまで聴き取れません)、たしかにもっと音楽部分を多くしたほうがよかったのではないかと思うくらいですが、俳優の演奏シーンをまったく入れないわけにはいきませんのでそのあたりが監督はじめ、撮影、編集の腕の見せ所でしょう。

その点は全体的にもうひとつかな(ペコリ)と思います。劇場で見ればまた違うかも知れませんが、皆がみな天才と持ち上げられているわけですから、その音楽レベルとの落差が(私には)どうしてもダメですね。ああこれは別の演奏家の手だねと見てしまいます。

ただ、松岡茉優さんの「プロコフィエフピアノ協奏曲第3番」はよかったです。音楽が派手なせいもありますがそこそこ見ごたえもありました。このピアノ演奏シーンに力を使ってしまっているのか他のシーンはあまりよくありません。やはり7年間のブランクの重みが感じられないことが映画全体に影響しています。まあそれを見せるシーンが与えられていないということなんですが。

それにしても、なぜあそこに審査員の会話を入れるんでしょう? ギフトがどうこうと、そんなこと見ていればわかるでしょう、というか、それを語るのではなく見せていくのが映画です。

4人の周囲の人物、審査員やスタッフやインタビューのシーンの会話が説明的すぎてしらけます。そんなのやめて、亜夜にしても、マサルや塵や明石にしても、俳優たちが演じるシーンをもっと入れるべきです。 

監督の石川慶さん、「愚行録」の監督ですね。この映画が二作目のようですが、どちらも無難な映画、強く打ち出すいろいろな方向性があるのに無難にまとめられた感じです。

愚行録

愚行録

  • 発売日: 2017/08/01
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蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

  • 発売日: 2020/03/08
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