自主映画のような企画なのにこんなありきたりのクライムものではダメだよね…
北村匠海さんの名前が目に入れば見てみようかとなります。その北村匠海さんとともに林裕太さん、綾野剛さん3⼈が釜山国際映画祭で最優秀俳優賞を受賞しています。

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ネタバレあらすじ
クライムものでこのキャスティングですので大手映画会社の企画で、初めて目にする永田琴監督というのはいわゆる抜擢ってやつかなと思いましたら、そうではなく大手映画会社どころか、むしろ永田琴監督の思いから始まった企画のようです。
永田琴監督のコメントに「この数年、若者の深刻な貧困や犯罪を私自身も目の当たりにし、何か表現できないかと考えていたところ、西尾潤さんの原作と出会い、これだ!と企画しました」とあります。
半グレ(というよりもかなり組織っぽい…)の下っ端の3人が組織から抜けようとする話で、その抜けるための3日間(らしい…)の行動を3人それぞれの行動(視点というわけでない…)に分解して描き、最後にその3日間を含めた数年の物語がわかるという構成になっています。
その構成はうまくできています。違和感もなく、苛つくような展開もなく、すんなりと、ああ、そういうことねとわかります。ただし、それがよかったかどうかは別問題です。脚本は向井康介さんです。
その分解されたストーリーを時系列に並べ直すとこういう話です。
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描かれないタクヤの過去、マモルの過去…
3日間の話の中に挿入される過去の話です。
松本タクヤ(北村匠海)には不治の病(と思われる…)を抱える弟がいます。家族など他のバックグラウンドは描かれません。タクヤは弟の手術のために戸籍売買で稼ぐ闇組織の一員梶谷剣士(綾野剛)に戸籍を売ります。しかし、その甲斐なく弟は亡くなり、タクヤ自身も剣士が所属する組織の一員として裏社会に入っていきます。
タクヤは闇組織のタコ部屋(ベッドだけの住まい…)で暮らしています。そこに柿崎マモル(林裕太)が入ってきます。タクヤはマモルを弟のように気遣うようになり、金を稼いでここから出ていくんだと言っています。
この闇組織がやっているのは表立って売り買いできないものの売買であり、タクヤたちは戸籍売買をやらされています。手口は SNS を使い、女性を装って生活困窮男性に近づき、戸籍を売らないかと持ちかけます。
その戸籍売買がどういうものかはサンプル的にひとつのケースが描かれているだけです。タクヤの指示で希沙良(山下美月)が SNS で釣った谷口ゆうと(矢本悠馬)に会い、生活困窮度を聞き出し(ということだと思う…)、合格であればタクヤが戸籍を売らないかと話を持ちかけます。20万円渡していました。そして、その戸籍を性加害により再就職できなくなった教師に100万円(くらいだった思う…)で売ります。
ということがあり、少なくとも2、3年の時が流れ、タクヤもマモルもタコ部屋を抜け出してそれなりに羽振りもよくなっています。
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描かれない1億円強奪のあれこれ…
タクヤが組織を抜けようと考える、その前段です。
組織の幹部であるジョージがいます。ゴールドグリルズをした強面です。
そのジョージのもとに闇で角膜と腎臓を手に入れたいという外国人がやってきています。
また、映画の最初に戸籍を売る男のシーンがありますが、この男はラストシーンに登場し、ああそういうことねとオチになっているおとり捜査の刑事ですので、さすがに3日間に入れるのは無理ですので、これももう少し前の設定だと思います。
そして、映画が描くタクヤが組織を抜けようとする3日間が始まります。
タクヤは組織の指示役の佐藤から、幹部の一人であるジョージが組織の金をちょろまかして蓄えている裏金1億円を盗む話を持ちかけられます。
ただし、これらの話は次も含めて後にタクヤがそう語ったり、きっとこうだろうと思うだけでシーンとして描かれるわけではありません。
タクヤはやむを得ず同意したものの佐藤を信頼しておらず、その金を自分のものにして組織を抜ける策略を練ります。ジョージの裏金は佐藤が貸倉庫に隠しており、まあ普通はありえないとは思いますが、佐藤がその管理を任されているんだと思います。佐藤はタクヤにその鍵を預けます。タクヤに他の場所に移しておけということだと思います。タクヤは1億円を佐藤指定の倉庫ではない場所に移します。そして、剣士に逃亡用の免許証2枚の偽造を依頼します。1枚はマモルのものです。
一方、佐藤もそう単純ではなく、タクヤに話を持ちかけたのはこの裏切り行為はタクヤの仕業だと濡れ技を着せよう考えているからです。
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不可解さのすべてはラストのオチのため…
という、後にこうだったよとわかるあれこれがあり、実際に映画が描いていくのは、まずタクヤとマモルがじゃれ合うようなシーンで二人の関係を見せます。タクヤはわざとギャルソンのシャツを川に投げ込み、マモルに取りに行かせます。マモルがシャツを取り橋を見上げればそこにいるのは警官たちといった具合です。
翌日、マモルは佐藤から明日タクヤから電話があっても絶対に出るなと強く言われます。その後、マモルはタクヤが密かに剣士と会っているところを目撃します。マモル(と私たち…)にはわかりませんがタクヤが依頼した偽造免許証を受け取っている場面です。
その翌日、マモルのスマホにタクヤからメッセージが入ります。迷いながらも無視するマモルです。そこに佐藤とジョージが乗り込んできます。佐藤はマモルのスマホを見てジョージにこいつは白ですと言っています。
これもシーンはありませんが、佐藤はジョージにタクヤが1億円を盗んだと言い、マモルもつるんでいるに違いないとでも言ってやってきたのでしょう。私がジョージでしたら、まず佐藤を許しませんけどね(笑)。
とにかく、ジョージはその場を去り、ボコボコにやられて拘束されたマモルのもとにタクヤがやってきます。しかし佐藤に押さえつけられて声を出せません。
タクヤは本当なら逃げていなくっちゃいけないんじゃないかと思いますけどね。一緒に逃げるためにマモルを連れに来たんですかね。のんびりしすぎでしょ、マモルを連れて行くのならもっと早い段階で行動をともにしていなくっちゃダメでしょ(笑)。
なぜこう不自然なことをやっているかはすべてラストのオチのためです。
そしてこれもシーンはありませんが、この間にタクヤはジョージとその手下に襲われて暴行され、両目をくり抜かれます。両目は外国人に売られたということです。また、こちらは後に挿入されますが、希沙良が訪ねてきてタクヤの様子を見て慌てて去るシーンと剣士が車で来てタクヤを乗せて走り去るシーンがあります。
さらに翌日、そんなことなど知らないマモル(と私たち…)は佐藤からタクヤの部屋の掃除をして、テディベアのぬいぐるみを取ってこいと言われます。テディベアには1億円の倉庫のカギが入っています。
マモルがタクヤの部屋に行きますとタクヤはおらず、部屋は血まみれでグチャグチャです。遅れて佐藤がやってきます。自分はテディベアを取り、マモルにお前も好きなものを持っていけと言います。マモルは冷凍庫の中の凍ったアジとギャルソンのシャツを持っていきます。
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描かれなかった1億円倉庫の怪…
1億円を隠した倉庫の話がなんか変ですね。ジョージの立場からすれば、倉庫の鍵は自分のもとに持ってこいというのが自然です。佐藤はジョージ指定の倉庫の鍵をジョージに返して、自分の倉庫の鍵をテディベアに入れてタクヤに渡したことになりますので、なぜタクヤに鍵を預ける必要があるんでしょう。テディベアにジョージの倉庫の鍵が入っているのならジョージが見つけて持っていかなきゃ変ですし、いやいや、この時点でジョージはすでに金が盗まれたことを知っています。
わかりません(笑)。
それに、普通、ジョージはまず佐藤に1億円はどこへやったと問い詰めますわね、倉庫へ行きますね、1億円はありませんね、佐藤はタクヤがくすねたに違いないと言いますね、ジョージはタクヤを問い詰めますね、言わなきゃ目ん玉をくり抜くぞと脅しますね、そこには佐藤はいないですね、タクヤが喋るかもしれないのにあんなに落ち着いてマモルのもとにはいられないですね。タクヤは結局のところ1億円が自分のもとにあるわけですので諦めて目ん玉くり抜かれたということなんでしょうか。
この映画、うまく時系列を分解して描いていますのであまり気づきませんがかなりプロットが甘いですね。
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描かれないその後の3人…
タクヤを乗せた剣士はタクヤの腎臓を摘出するために長野(だったか…)の病院に向かっています。タクヤが目覚めます。
失神していたんですかね、それにタクヤを乗せる際にジョージの手下が紙でも突っ込んでおけとか言っていましたが、目の玉って取り出しても出血多量とかにならないんでしょうかね。エンドロールには眼科監修と眼科医の名が入っていました。
道中、剣士はタクヤと話すうちに次第に情がうつっていきます。タクヤが弟のために戸籍を売るシーンや弟の葬儀のシーンが挿入されています。剣士はタクヤとともに逃げる決心をします。剣士は付き合っている女性に連絡をし部屋の荷物をまとめて持ってきてほしいと頼みます。その女性は以前働いていた神戸のバーのままに連絡を入れておくと言ってくれます。
その道中、剣士の車に GPS が取り付けられていたらしく(なんで?…)ジョージとその手下に捕まり大乱闘になります。ああ、そう言えば剣士はキックボクシングをやっていましたので強いんです。手下をノックアウトし、ジョージと格闘です。劣勢の剣士、その時、盲目ながらハサミを手にしたタクヤがジョージの後ろから襲いかかり何度も背中を刺します。
同じ頃、東京のマモルはタクヤの部屋から持ち出した凍ったアジを解凍しています。中からビニールにくるまれた偽造免許証と鍵が出ていきます。
実は、タクヤは戸籍を買ったゆうやと偶然会い、その後の窮状を責められて同情したのか、お金を渡して、これから毎日連絡を入れるが、もし連絡が入らなかったらマモルにこの文面を送って欲しいと頼んでおり、その内容が、この連絡を受け取ったときは俺は消されている、部屋の冷凍庫からアジを持っていけというものがったのです。
ん? これも時系列的に3日間では無理ですね。
映画なのでまあいいかということで進めますと、マモルは1億円を手にし、タクヤの指示通りに裕也に2000万円を渡します。
その頃、なんとか逃げ切った二人は神戸のバーに身を寄せています。バーのテレビでは戸籍売買の闇組織が摘発されたとジョージたちが連行されていくニュース映像が流れています。二人はタクヤの得意の手調理のアジの煮付けをうまい、うまいと言って食べています。
路上に車が一台、その車にはタクヤが戸籍売買を持ちかけたおとり捜査の刑事が乗っています。この刑事、どちらを監視していたのかはっきりしませんでしたが、多分マモルの方ですね。
逃げおおせたのか、マモルはタクヤとじゃれ合っていた橋の上で川を見つめています。
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感想、考察:
西尾潤さんの原作は2019年の発刊になっています。
なぜオレオレ詐欺といった特殊詐欺ではなく戸籍売買なんでしょうね。組織自体は闇の臓器売買といったことをやっている設定ですが、タクヤやマモルは戸籍売買をやっているだけのようです。単価が低すぎてタクヤがタコ部屋の境遇からあの住まいに移るまでに一体何人から戸籍を買ったのかと考えてしまいます。そんなに戸籍を欲しがる人間もいないんじゃないかということです。
小説にそんなことまで突っ込んでも意味がありませんが、なんだか現実感がないことが気になります。
映画は時系列を3人の行動に分解してうまく構成していますので見ている分には特に違和感なく流れていきますが、思い返してみればプロット自体に穴を多いですし、物語を語るためにつじつまを合わせ(ようとしてい…)る物語になっています。
永田琴監督は「若者の深刻な貧困や犯罪」を表現したいと考えたようですがどうなんでしょう。タクヤのバックグラウンドも描かずにただ弟の病気のために戸籍を売ったと言っているだけですし、マモルにいたっては何も語られずただ両親も知らないと言って(いたよう…)いるだけですし、戸籍を売る男たちもただ生活に困窮しているようなことを語っているだけです。
それでは表現とは言えないですね。闇組織から抜けるところではなく入っていくところと抜け出せないことを描かなくっちゃその深刻さは表現出来ないです。
目ん玉をくり抜くというのはちょっとドキッとしますが、全体としてクライムものとして特に新鮮さはなく、おおむねパターン通りの展開で進みます。何度も言いますが、時間軸を分解しているから見られるだけです。
女性の存在もおまけですしね。剣士が付き合っている女性の台詞のコメディセンスがあるのなら、むしろそうした誰も思いつかない視点から現実に大きな問題となっている特殊詐欺に引きずり込まれた若者たちのそれこそ日常を描けばよかったのにと思います。