ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ

当然ですが、ジョージ・ブッシュは出てきません。でも、メルケルは出てきます…

2022年のベルリン国際映画祭で主演俳優賞と脚本賞の銀熊賞を受賞している映画です。監督は「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」のアンドレアス・ドレーゼン監督です。

ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ / 監督:アンドレアス・ドレーゼン

タイトルに偽りあり(か?)…

邦題も他に訳しようのない「Rabiye Kurnaz gegen George W. Bush」の直訳ですのでよく言われる邦題に問題ありの話ではなく、そもそもの映画の内容が「ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ」ではないですね。

「肝っ玉母さん奮闘記」みたいな話です。

いや、それも違いますね。グアンタナモに収容された息子ムラートの釈放に奮闘しているのは弁護士であって、ミセス・クルナスが奮闘しているとすれば、それは演じているメルテム・カプタンさんが演技として奮闘している「メルテム・カプタン奮闘記」みたいな映画です。

メルテム・カプタンさんは1980年生の43歳、トルコ系ドイツ人ということですのでミセス・クルナスの役にぴったりです。この映画がドイツでの映画初出演にして初主演のようです。アメリカやトルコでの活動歴があり、2007年からドイツに拠点を移し、コメディアン(コメディエンヌとするべきかどうかがわからない…)として活躍されている方です。

グアンタナモ収容所…

アメリカ同時多発テロが起きたのは2001年9月11日ですのでもう23年になります。

その後当時のブッシュ大統領はテロとの戦いだとの大義を掲げてアフガニスタン紛争(戦争)、そしてイラク戦争へと突っ走っていくわけですが、それと並行して世界各地でテロに関わった、あるいはテロに関する情報を持っているとして800人近い人々をグアンタナモ収容所に強制的に連行し監禁しています。

このグアンタナモ収容所というのは、アメリカが1903年から永久租借しているキューバのグアンタナモ米軍基地内にあり、キューバでもなくアメリカでもないという、法律が及ばない場所(正確ではないがそんな状態…)になっており、収容所内では拷問が行われていると言われています。収容されていた人たちの証言があります。

その後国際的な非難もあって徐々に解放されているとのことですが、ウィキペディアによれば、2022年4月2日時点でまだ37人が収容されているとあります。

この映画はそのひとりとなってしまったドイツで暮らすトルコ移民ムラート・クルナスの母親ラビエ・クルナスが息子を助け出そうと奔走する姿を描いています。ただ、映画はそのミセス・クルナスと弁護士の行動を追っているだけですので、ムラートが拘束された経緯やグアンタナモの具体的な話などはまったくありません。

このグアンタナモ収容所を描いた映画では、

があり、収容所の実態についてはこれらを見たほうがいいと思います。

「モーリタニアン 黒塗りの記録」のモハメドゥ・スラヒさんは解放されるまで16年間拘束されています。

ベルリン国際映画祭脚本賞受賞?…

映画はムラートが拘束されてから(ドイツを発ってからかな…)何日目、何日目とスーパーが入り、最終的に解放されるまでの5年余り(何日目と入っていた…)のミセス・クルナスの日々が淡々と語られていくだけです。ですのでメリハリもなくほとんど記憶に残っていません(ゴメン…)

ミセス・クルナスは何事にも動じない人物として描かれています。悪く言えば相手のことを考えない強引さでもありますが、これは映画ですのでその強引さもまわりが快く受け入れてくれます。

弁護士ベルンハルト・ドッケへの依頼も電話帳で見ただけなのに知り合いだと言い、まずは予約を取ってくれというドッケに執拗に粘って依頼を受けさせます。そしてその後の展開は、もうドッケはこの件につきっきりのように描かれていきます。そして次第にミセス・クルナスに好意を抱くようなシーンまで入っていました。アンドレアス・ドレーゼン監督は、映画にはこういうシーンも必要だと思っているのか、ちょっと引くようなシーンでした。

とにかく、そんなこんなで具体的に何が起きているかわからないままに結果だけが並べられていきます。

ミセス・クルナスが直接大臣に嘆願したり、ムラートはトルコ国籍だからドイツは関与しないといっているとか、トルコはトルコでわが国には関係ないといっているとか、実は早くからアメリカ政府は解放するとドイツ政府に伝えていたもののドイツ政府が拒否した(ということだと思うけどよくわからない…)らしいとか、ムラートの在住許可が失効したために解放されてもドイツに入国できないとか、そうした決定をしているのが社会民主党と緑の党の政権であるとか、そんなこんながあれこれあって、そしてついにアメリカ政府を訴えるためにアメリカ上陸! ブッシュと対決か?! と思ったものの描かれるのは人権団体とのことだけで、映像も連邦最高裁判所の外景だけで終わっています。

実はドイツ政府が拒否していたなんてことは深く描くべきところじゃないかと思いますが、さらりと流され、なんと! その後首相がメルケルに代わる実写映像が入り、あたかもメルケルが尽力した(実際そうかどうかも知りませんが…)かのように描かれています。

そして5年余り経ち強制収容されていたムラートが帰ってきます。ミセス・クルナスは息子を熱く抱きしめて映画は終わります。

解放されたムラート・クルナスさんは手記を出版してます。

手記であれば拘束されていた状態や拷問があったかなかったかなどが書かれていると思います。なにか手記をベースにした映画にしなかったわけでもあるんでしょうか。

率直なところ、この映画を日本で劇場公開しようと考える理由が分かりません。実は前作の「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」でも同じようなことを感じてそう書いています。配給にアンドレアス・ドレーゼン監督に思い入れの強い方でもいるのでしょうか。