紳士服の世界をウェディングがエレガントに覆う
ギリシャで育ち、アテネとロンドンで映画製作を学んだというソニア・リザ・ケンターマン監督の初の長編映画です。1982年生まれですから現在39歳です。
ちょっと変わった、といいますか、ユニークな感性を感じます。
メンズスーツからウェディングドレスへ
父親の代から続くテーラーが立ち行かなくなっています。ギリシャですから経済危機のせいもあるとは思いますが、伝統や格式を重んじる頑なさから時代に取り残されているのだと思います。
ニコスと父親が型紙を整理するシーンが象徴的です。父親がこれは誰々(政治家や軍人かもしれない)のものだと言いますとニコスが「もう死んでいる」とつぶやきます。
ニコスは意外にも柔軟です。手作りの屋台に布地やミシンを積み、露天マーケットに出店します。さすがに露天の屋台で高級スーツを注文する者もおらず、結局成功するのは女物の服であり、ウェディングドレスです。
映画が主張しているわけではありませんが、映画に漂う空気としては、男社会の行き詰まりと女性社会の可能性を感じさせます。
ニコス自身にその柔軟さを与えている描き方がまさしくエレガントです。
サイレント映画を意識か?
サイレント映画のつくりが意識されているのではないかと思います。
台詞がかなり少ないですし、ニコスを演じているディミトリス・イメロスさんは目や顔の表情で演技しようとしています。
それに音楽の付け方がかなりクラシカルな印象です。冒頭のミシンを踏むリズムに合わせて音楽をつけて始めているところも印象的ですし、全般的に音楽で流れを作ろうとしています。
その分、俳優、とくにニコスの演技は感情表現を抑えたものになっています。オルガとの海辺のラブシーンでは見つめ合うことをさせず、交互に相手を見つめるといった、まるで高校生(昔の?)のデートのようでした(笑)。
アップの映像の多さはニコスのキャラ表現?
カメラワークが特徴的です。
よくわからない(笑)アップ映像がむちゃくちゃ多いのです。なぜここで靴を撮る? なぜここでアップのままなめていく? 何を見せたいのだ? と思いながら見ていました。
結局、ニコスの神経質な(ちょっと違う?)人物像の演出かなあとも思いますが、これはよくわかりません。実際、ニコスは神経質には見えませんし、冒頭のシーンで自分の服装にこだわるところなどもありますが、客とのコミュニケーションも自然で穏やかですし、隣の娘ヴィクトリアとも仲良しです。
子どもとは仲良くできるけれども、客でもない大人とは話が続かないという人物像なのかもしれません。なにせ父親のもとで仕立て屋として仕込まれ、店(の屋根裏部屋?)で寝泊まりする生活を続けているわけですから見ている世界は狭いでしょう。オルガに話しかけることもほとんどなかったですし、そういえば海辺のラブシーンの台詞の内容もなんだかちぐはぐでした。
あるいは、監督の意図とディミトリス・イメロスさんの持っている穏やかで落ち着いたキャラがあっていないのかもしれません。
ネタバレあらすじとちょいツッコミ
テーラーが倒産し父親が倒れる
ニコスはいつものように三つ揃えのスーツでぴしっと着こなし、店に立ちます。しかし、訪れる者は誰もいません。
夜は、仕事場兼用の屋根裏部屋でスープにパンの食事です。眠るのも仕事場です。ただ、隣に住むヴィクトリア(10歳くらい?)とは気が合うようで、その部屋とは紐で繋がれており、ヴィクトリアが舟型の手紙を上から滑らせてきます。
父親とともに銀行に呼ばれています。もう融資の返済を待てないと通告されます。父親が倒れて入院します。父親は、店を手放すんじゃないぞと言っています。
ニコス、露天マーケットに移動式テーラーを出す
ニコスは移動式の屋台を自作し露天マーケットに店を出します。しかし、紳士服を仕立てる者など誰もいません。立ち寄った女性に女性物はないの? と言われてしまいます。
いつものように隣のヴィクトリと手紙のやり取りをしていますと母親のオルガが干した女物の服がふわりと落ちてきます。ニコスは女物の仕立てを研究し試しに仕立ててみます。後日訪ねてきたオルガに女物の仕立てを学びたいと言います。オルガは裁縫が得意なようです。
ニコス、ウェディングドレスの注文を受ける
ある時、ウェディングドレスは作れないの? と声をかけられ、一旦は断ったものの思い直して受けることにします。
屋台に自転車をつけて出張テーラー(じゃなく洋品店)です。
オルガの協力もあり、これがことのほかうまくいき、注文主も大喜びです。結婚式にも招かれ、オルガとダンスをしたりします。
移動ウェディングショップは大繁盛です。次第にオルガとの距離も縮まりお互いに意識するところとなります。
ニコスが女物の服を仕立てていることについて、父親は、お前はテーラーだ、お針子じゃないと非難します。
ニコスとオルガ
オルガの夫はタクシーの運転手です。夫はニコスを食事に招きます。夫は妻との間の仲睦まじさを見せようとしているようでもあり、ニコスとオルガの間に何かを感じているようでもあります。
オルガの夫はタクシーのなにかの権利を買ったとかで夜も働くようになっているようです。街なかで出会ったニコスに、自分より妻のほうが稼ぎがいいなどとニコスの手伝いをしていることに嫌味を言ったりします。
ある日、移動ウェディングショップに出張注文が入り、オルガとともに出掛けます。自転車はオートバイに変わっています。仕事が終わり、ふたりは海辺のデートです。
そして、一夜をともにします。
ふたりが寄り添って寝ているワンカットだけです。そこに鏡の反射光がキラキラと光ります。
これ以降、オルガのシーンはありません。
移動ウェディングショップが破壊される
翌日か、後日か、ニコスの移動ウェディングショップが破壊されます。
鏡の反射光はヴィクトリアのものですし、ヴィクトリアが父親に夜の仕事はやめて! と叫んでいましたのでオルガの父親の仕業でしょう。
ニコスの父親がウェディングドレスを見て、いい出来だとつぶやいています。
「ニコスのウェディングショップ(こんな感じ)」と名前の入った移動販売車が走っていきます。
エレガントに変身したニコスということでしょう。
それにしてもオルガは大丈夫でしょうか。
ソニア・リザ・ケンターマン監督のメッセージ
ソニア・リザ・ケンターマン監督のメッセージがありました。
ソニア・リザ・ケンターマン監督は、子どもの頃テレビを見ちゃいけないと育てられたそうです。代わりにたくさんの映画を見せられたそうで、テオ・アンゲロプロス監督とかクシシュトフ・キェシロフスキ監督といったかなり渋い映画を見ていたと語っています。
なるほど、と思います。