愛を耕すひと

マッツ・ミケルセンは寡黙な男がよく似合う、それによくモテる…

マッツ・ミケルセンさん主演ですから当然といえば当然ですが、宣伝でも前面に押し出されており「見てね」なんて予告編を何度見たことやら(笑)。でもまあこういう寡黙なのに筋を通そうとする役柄はよく合いますね。

愛を耕すひと / 監督:ニコライ・アーセル

モデルは実在のルートヴィヒ・カーレン…

1750年代のデンマーク、ユトランド半島の不毛の地を開拓しようとしたルートヴィヒ・カーレンという実在の人物をモデルにした話です。デンマーク語のウィキペディアがあります。

出生ははっきりせず1700年頃となっていますが没年は1774年と記録が残っているようです。

ウィキペディアから概要をまとめますと、まず1753年に「Rentekammeret」(王国の行政機関、国交省と財務省をあわせたようなもの?…)に入植者の計画も含んだ開拓の提案書を出して国王から承認されています。そして1755年に現在のヴィボー市辺りに入って、まず家を建てています。

その家はもう残っておらず正確な場所も不明ですが、現在、その辺りは「Kongenshus Mindepark」という記念公園になっており、ルートヴィヒ・カーレンの名や多くの入植者たちの名を記した碑が建てられているそうです。下の動画です。

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そして1759年にはドイツ人の入植者9人の男と1頭のラバがやってきたのですが、結局皆すぐにドイツへ帰りたがり、逃亡する者もいたらしく、ルートヴィヒ・カーレンは逃げられないよう警備の者を置いたとあります。逃げられないよう監禁したとか、各家族に6シリングの旅費を払って帰したといった記述もあります。なにか記録が残っているということなんでしょう。

その後、地元民を雇ったりして8年間耕作を続けたものの収穫はほとんど得られず開拓を諦めたそうです。

こうした事実をもとにしたイダ・ジェッセン著『The Captain and Ann Barbara』という小説があり、この「愛を耕すひと(Bastarden, The Promised Land)」はそれを原作としているということです。

自然との戦いではなく権力者の横暴との戦い…

おそらく史実といっても多くは残っていないでしょうから、小説にしても映画にしてもほとんど創作だと思います(想像です…)。

小説がどうだかはわかりませんが、映画では開拓の苦労を自然との戦いではなくその辺りを支配する貴族の妨害との戦いとして描いています。実際、人の手が入ることを拒む荒野の開拓地という視点では描かれておらず、せいぜいがじゃがいもの難敵である霜がおりて慌てるというシーンがあるだけです。

でも大まかな経緯は史実が守られているようです。

ルドヴィ・ケーレン(マッツ・ミケルセン)大尉がヒースの開拓を申し出ます。貴族たちが無理無理とか言いながらもやらせてみるかと国王に進言し許可されます。ルドヴィが成功の見返りとして求めるものは貴族の称号です。これは創作でしょう。

次のシーンではあっという間にわりとちゃんとした2棟の家が建っており(2年経過ということでしょう…)、ルドヴィが穴掘り器で土の状態を調べています。

ルドヴィにはアントン(グスタフ・リン)という聖職者の協力者がいます。このグスタフ・リンさんは2019年の映画「罪と女王」の青年役の俳優さんでした。

そのアントンが働き手としてアン・バーバラ(アマンダ・コリン)とヨハネス(モルテン・ヒー・アンデルセン)の夫婦を連れてきます。二人はその辺りの貴族フレデリック・デ・シンケル(シモン・ベンネビヤーグ)の小作人ですがその横暴さから逃げてきています。

そしてもうひとり、タタール人と言われていた10歳くらいのアンマイ・ムス(メリナ・ハグバーグ)がいます。そのあたりの森で暮らしている(かな?…)、多分ジプシー(ロマ?…)のイメージかと思いますが、そのひとりとして登場し後に一緒に暮らすようになります。

という人物配置で物語は進み、とにかくシンケルの横槍と横暴さと残虐さとの戦いで映画はつくられていきます。

ルドヴィはモテ男のひとつのパターン…

シンケルは、当初ルドヴィにその土地は俺のものだ、収穫の半分をよこせと要求してきます。しかしルドヴィが拒否したためにあらゆる手を使って妨害しようとします。

言葉の綾であらゆる手なんて書きましたが、これといってなかったかもしれません(笑)。記憶していることでは領地から逃亡したヨハネスを捕らえて拷問して殺したり、それがために雇っていた労働者(ロマの人たちだったか…)が去っていったりします。

そんな妨害にも負けずルドヴィはアン・バーバラとアンマイ・ムスの協力のもとじゃがいもの収穫に成功します。そして、ルドヴィは男爵の称号を得て(もっと後だったか…)、正式にドイツからの入植者を迎えることになります。

もうその頃にはルドヴィとアン・バーバラは性的関係を持つようになっており、アンマイ・ムスとともに疑似家族を形成するようになっています。

それにしてもこのルドヴィ、なぜか女性の方から近づいてきます(笑)。ルドヴィは寡黙な上に行動力はあるのですがこと女性に対しては自分から行動を起こすことはありません。アン・バーバラとのセックスにしてもアン・バーバラがルドヴィのベッドに入ってきて暖まりたいと言い、上になりすべてアン・バーバラの主導で進みます。

それに重要ではありませんので書いていませんがシンケルの婚約者としてノルウェーのお姫様エレル(クリスティン・クヤトゥ・ソープ)という女性がいて、このエレルも会った早々ルドヴィに近づきすぐにキスをしています。まあ親がお金のために決めたシンケルとの結婚が嫌という設定ではあるんですけどね。

それにしてもマッツ・ミケルセンさんはこういう設定でも違和感ないですね。逆に言えば、いわゆるラブシーンっぽいラブシーンが似合わない俳優さんということではあります。

ルドヴィは自己保身男か…

後半になりますとちょっと様子が変わり、このルドヴィ、わりと自己保身で動いているんじゃないのと思うシーンが増えてきます。

その視点で前半を振り返ってみますと意外にもその多くの場面で他人に優しくない姿がみえてきます。アン・バーバラ夫婦を雇う際にも賃金なしとか言っていますし、食材もないのにもっとうまいものを作れなんて言いますし、アンマイ・ムスに対しても、黒人系だからといって差別はしないにしても優しくはないです。ヨハネスの拷問シーンでもじっと見ているだけでなんの行動も起こしません。いい人視点で見ればじっと耐えてきっと後に反撃するんだろうと見えるようにつくられていますし、実際どうしようもない状況に置かれてはいます。

物語を進めます。ルドヴィは収穫に成功し、男爵の称号も得て、開拓地にはドイツ人の入植者たちがやってきます。入植者たちはアンマイ・ムスを見て黒人は災いをもたらすから追い出せと言います。ルドヴィは怒るのかと思いましたらなんとアンマイ・ムスを外には出さないからと入植者たちを懐柔していました。

シンケルのさらなる妨害が始まります。ドイツ人の入植者たちを追い出すために囚人を牢獄から出して襲わせて入植者を殺害します。この前後の経緯はあまりはっきりとは記憶していません。聖職者のアントンも殺されていますし、入植者たちの抗議がありアンマイ・ムスを修道院の施設に送り、そのことからアン・バーバラも去ってしまいます。そして、ルドヴィ自身もシンケルの部下を殺害したことからシンケルに拘束され拷問されます。

そして、かなり唐突ではありますがこれは映画ですのでということでしょう、アン・バーバラがシンケルの屋敷に忍び込みワインに毒薬を混ぜ、それをノルウェーのお姫様エレルがシンケルに飲ませ、アン・バーバラがシンケルを殺害します。アン・バーバラは拘禁されます。

解放されたルドヴィは修道院にアンマイ・ムスを迎えに行き、開拓を続けます。そして数年後、アンマイ・ムスも成長し、やってきた旅人(ロマかな…)と去っていきます。ひとりになったルドヴィはアン・バーバラが移送されることを知り、その移送中を襲ってアン・バーバラを救い出し、開拓地を捨て、かねてアン・バーバラが海が見たいと言っていたとおり、二人で海の見える土地へ向かいます。ルドヴィの男爵の称号は取り消されたということです。

ということで、この映画、ルドヴィをいい人視点でみれば、自らの目的に妥協することなく邁進し、災いをもたらすと迫害されるアンマイ・ムスを差別することなく育て、また、望みであった貴族の称号という名誉を捨ててまでアン・バーバラとの愛を選んだということになりますが、一方、悪い人とは言わないまでも普通の人視点でみれば、自分の望みである名誉のためにはリスクを冒すことなくただ目的達成を目指し、その目的を達成したものの唯一人残された孤独に耐えきれなくなれば女のもとに走る男ということになります。

ゴメン、まったくそんなふうには思っていません(笑)。