日本の公式サイトに「“モンゴル映画”と言えば、草原を舞台にした作品を想起する人が多いはず」とあり、確かにそうだなあと思いながらも、さてどんな映画があるのだろう?と考えて思い出されるのは「モンゴル映画っぽい映画」であって、そもそも「真モンゴル映画」を見たことがないことに気づきます。
でも、この「セールス・ガールの考現学」は正真正銘のモンゴル映画です。
少女の成長物語かな…
ウランバートルに暮らす大学生のサロール(バヤルツェツェグ・バヤルジャルガル)がアダルトグッズショップでアルバイトをすることになり、その店のオーナー、カティア(エンフトール・オィドブジャムツ)との出会いと交流を経てちょっとだけ大人になるという話です。
とにかくモンゴルの20代の日常がどんなものかを知りませんのでしばらくはへぇーなんて思いながら見ていられます。ただそれもしばらくであって、やがて日本の日常感覚とほとんど変わらない価値観の映画だとわかってきますと、また、映画自体にほとんど変化がないこともありますので、次第にこの映画一体どこに向かっているのだ?との気も起きてきます。
結局、終盤になり、アルバイト期間も終わり、あらためてサロールがアダルトグッズ店を訪れてみれば、店はなくなりカティアもいなくなっており、なぜかサロールはカティアから残されたアダルトグッズを使ってみようとしたり、男友達とセックスしてみようとするものの不首尾(笑)に終わるという映画です。
笑えるわけではありませんが、コメディタッチの少女の成長物語だったんだとわかる映画です。
サロールはクールビューティーだね…
サロールを演じているバヤルツェツェグ・バヤルジャルガルさんはこの映画がデビュー作だそうです。日本の公式サイトには2020年から活動し始め、現在(いつかは不明…)も Mongolian University of Culture and Arts に在籍中とありますのでサロールと同年代と思われます。ほとんど表情を変えませんし、演技臭い演技はしていません。演出方針じゃないかと思います。この内容でベタな演技をすれば見ていられないでしょう。
その意味ではサロールは幼くはあってもクールビューティー系できりっとしています。それに実に自由ですし、自らの意思で行動します。門限もなさそうですし(笑)、ひとりでホテルの部屋をとったりします。ラストでは大胆にも素っ裸になり男友だちを誘ったりします。いや、誘うという言葉もふさわしくないほどに描き方はクールです。
まあ、これは映画ですのでなかなか現実はああはいきませんが、考えてみれば若い頃のセックスは恋愛と切り離されていたほうがいいのかもしれません。恋愛は独占欲と紙一重ですので時に犯罪に結びついたりします(特に日本では…)。その点では日本の同世代が見るべき映画かも知れません。そう書いて思い出しました。しばらく前に見たフィンランドの「ガール・ピクチャー」はさらに若いティーンのセクシュアリティをテーマにした映画でしたが、「日本の同世代はこの映画を見るのだろうか?」なんて書いています。
という自由なサロールなんですが、なぜか自分の進路は親の言いなりです。
カティアのセックス教育は大人への道…
サロールは大学で原子力工学を学んでいます。カティアになぜ?と聞かれ、親が望むからと答えています。ただ、本当は絵を描くことが好きで、講義を聞く間も教師をモデルにデッサンしたり、家に帰ればすぐにキャンバスに向かいます。
そんなサロールをカティアが変えていきます。いや、ラストで突然変わります(笑)。とにかくサロールが思い悩んだり、不平不満を表したりする描き方がされていませんので、ラストに至って、ああそういうことねという映画です。
アダルトグッズショップはサロールがひとりで切り盛りし、毎日その日の売上をカティアのアパートメントに届けます。その度ごとにカティアは「赤ちゃんはマネして言葉を覚えるの。SEXも同じ。マネして覚えるの」なんて(笑)名言(公式サイト)を吐いてサロールを教育していきます。
サロールの仕事にはアダルトグッズの配達もあります。一度届けた先の男にしつこくいくらだ?と迫られることがあり、サロールがカティアに騙したのね!と怒りをぶちまけるシーンがあります。感情を表に出すシーンはそこくらいでした。結構長い台詞を頑張ってはいましたが、さすがにうまくはありません(ペコリ)。
カティアは最後には何も言わずに姿を消しますので素性がどうこうもあまり意味はないのですが、ロシアで踊っていた有名なバレエダンサーだったいうことです。
センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督
センゲドルジ・ジャンチブドルジ監督は1976年生まれの現在47歳の方です。IMDbをみてみますと2010年から年一作ペースで撮っている監督です。この映画をみても映画づくりのコツを心得ている感じがします。
冒頭、かなりベタなんですが、バナナの皮が落ちた街頭をフィックスでおさえ、何人かが行き過ぎた後、サロールの友人が滑って転び、その友人からアルバイトを引く継ぐということで始めています。
正直、やばい!という感じではありますが、こういう映画なんだとわかってよかったかも知れません(笑)。
サロールがラスト近くでコトに及ぼうとする男友だち、それまでに2、3シーン、サロールとツーショットで会話するシーンがあり、俳優になるだとか、芸名は韓国風のジョンスだとか、監督に会ったがダメだったのでなんとかを目指す(忘れた…)とか、どこかオフビート感覚のシーンがあったりします。この男友だちは前ふりとしてはなかなか良かったです。
今ふっと気づきましたが、あの男友達のヘアスタイルは K-POPアイドルを真似ているんですね。モンゴルでも K-POPは人気があるということなんでしょうか。
映画の中で使われる音楽はモンゴル出身の Magnolian(マグノリアン)というシンガーソングライターの曲で、サロールがバスの中でヘッドフォンで聞いていますとその後ろでマグノリアン本人が乗客として座って歌っていたり、草原でサロールとカティアが戯れるシーンではカメラがパンしますとマグノリアンが歌っていたりします。
マグノリアの曲はSpotify で聴けます。
という、映画としては新鮮さは感じませんが、モンゴルの今(かどうかはわからないが…)を知る映画ではあります。