確かに、この自由さは息苦しく、自らを閉じ込め、傷つけることでしか存在を確認できないということか…
あるいは、若いころに1本や2本は見ているのかもしれませんが、監督、あるいは脚本 足立正生の名前で思い浮かぶものはありません。
やはり、浮かぶのは「日本赤軍」としての足立正生さんでしょうか。
「幽閉者 テロリスト」、見ていませんので、早速 DVD を借りてみようと思います。
ある日、ある街の片隅に一人の男がフラフラと現れ座り込んだ。じっと虚空を見つめている男。男の周りには次々と人が集まってきて、男はちょっとした有名人になっていく。人々はそれぞれの持論を繰り広げ、勝手に「断食芸人」に仕立てあげていくのであった。
カフカ×足立正生 〜混ぜるな危険〜 奇想天外にして遣る瀬無き世の写し絵となる、最強にとんちきで最高に奇天烈なムービーがここに誕生した。
何を語っていいかよく分からない映画なんですが、あえて言えば、随分日本は遠くまで来てしまったんだなあという印象です。
断食芸人に悟りは開けなかったようですが、作った監督が悟ってしまったということでしょう。
冒頭に東日本大震災の津波の映像が使われていましたが、その後の映画の展開からしますと、意図がよく分かりません。何だか違和感が強いですね。
というよりも、そもそも全体的に、全てのシーンが意図されていると思える作りにはなっていますが、多分、大して何も考えられていないと思います。
これ、非難の意味ではなく、ある時代のある風景が並べられているだけではないかと思います。まあ好きなように考えてくれということでしょう。
多分、60年代、70年代には、そうした作り、こうした映画が「怒り」に転化していたんでしょうが、もうそんな時代もはるか遠くに去ってしまい、今では、「悟り」に転化しまう時代になってしまいました。
それだけ時代が成熟したのか、あるいは行き詰まってしまったのか、それは見る人それぞれだとは思います。
考え方によっては、成熟も行き詰まりも同義語で、映画が言っているように、自由さが息苦しくなれば、自らを閉じ込めることでしか自分自身を確認できないということになります。