ある一生

原作を読みたくなるが、映画はダイジェストを見ているよう…

オーストリアの作家ローベルト・ゼーターラーさんの「ある一生 A Whole Life」の映画化です。2016年にブッカー賞の候補になっている小説です。

ある一生 / 監督:ハンス・シュタインビッヒラー

原作を読みたくなるが…

1900年代初頭から1980年くらいまでの80年間、アルプスの山間に生きたひとりの男の物語です。

率直なところ、映画はダイジェスト版のようなもので、80年間のあれこれエンピソードが断片的に語られていくだけですので、文化的、あるいは生活環境的に同一の価値観を持ち、映画では語られていないことを想像しながら見ていかないと心に響いてくるものはないと思います(ゴメン…)。

ただ、時々挿入される死生観ともいうべき抽象的な台詞には興味をそそられるものがあり、原作を読みたくはなります。

神よお許しください…

1900年代初頭、原作には1902年とあるようですが映画では明確にされていなかったと思います。とにかくこの映画、人物の背景をまったく語りませんし、何か事が起きてもその理由も前後のことも何も語りません。

主人公のエッガーが叔父の家に引き取られるところから始まります。始まるやいなや、叔父のエッガーへの虐待シーンになります。叔父の子どもたちに並んで食卓に座ろうものなら、お前の席はそこじゃないと部屋の隅に追いやられ、その子どもたちからはベッドから追い出され、なにゆえかもわからないままにおしりを棒で殴られるという折檻を受けます。

なぜいきなりそんな酷いことをするの? と思っても映画は何も答えてくれません。そういう映画ですので感情に訴えてくることはなくトントントンと先へ進みます。

ひとつ印象に残ったことは、叔父が必ず「神よお許しください」と言いながらエッガーのおしりを殴りつけるのです。映画のラスト近くではエッガーが自分は神を信じないと言っていますし、なにかそこらあたりに映画、あるいは原作の意識があるのでしょう。

アルプスの美しい自然の中で、多くの苦難に耐えながらも、それを運命と受け入れて生き抜く人生、うまく描かれれば無茶苦茶感動できる物語になりそうです。

ダイジェスト版映画…

と思う物語なんですが、実際にはそうはならずにダイジェスト版映画で終わっています。

叔父からの折檻シーン、それがために足を骨折するシーン、ひとりやさしくしてくれた女性(祖母? どういう立場かはっきりしない…)の死、そしてエッガーは成人し、叔父のもとを離れます。

俳優が成人のエッガーに変わります。シュテファン・ゴルスキーさんが18歳から47歳までを演じています。

移動の距離感はわかりませんが、叔父の家をでたエッガーは山間の村で仕事を得て働き、山の家を借ります。そして運命の人マリーと出会います。また、村ではロープウェイ建設が始まり、エッガーはそこで働くことになります。

マリーと結婚します。プロポーズのシーンでは仕事仲間がサポートしてくれます。遠くの山に火をつけて文字を浮かび上がらせていました。M を見せていましたので多分 Marie でしょう。それはそれとして、山火事になりませんか? ツッコミどころではありませんでしたね(笑)。

山の家でのマリーとの暮らしはつつましくとも満ち足りているようです。マリーが妊娠します。しかし、幸せは長くは続きません。ある日、マリーは雪崩に遭い亡くなります。

映画後半にエッガーが他の女性とのシーンで、自分は一人の女性しか知らないと語るようにマリーは本当に運命の人なんですが、ここでも描写はあっさりしたものです。ただ、その後エッガーはマリーに手紙を書き続け、マリーの棺桶(ということだと思う…)に投函し続けるというなかなか渋い展開にはなっています。

この手紙は、ラストシーン、エッガーが亡くなり、マリーの隣の墓穴にエッガーを埋葬しようとしたその時、エッガーが送った何百通という手紙が土の中からエッガーの墓穴に舞い落ちるのです。

過剰に盛り上げる必要はないにしてももう少し味のある演出がほしいところです。

40年後氷河から発見される男…

マリーの死後、エッガーは第二次世界大戦に徴兵されてコーカサスに配属され、ソ連軍の捕虜となります。映画ではワンシーン程度で説明されていますが、原作では捕虜生活は8年に及んでいます。

このあたりからはさらにシーンが断片的になり、ことの背景がよくわからずに話が進みます。

原作によりますと、エッガーは村に戻りますが、ロープウェイによって観光地化されて随分様変わりしています。映画からはこれもはっきりしませんが、エッガーは行き場のない感じを持っているということだと思います。

ここらあたりで俳優がアウグスト・ツィルナーさんに変わり、見た目が一気に老年に入ります。60歳から80歳の設定とのことです。

2階が学校になっている1階を借りて住むことになり、その学校の先生とのよくわからない関係などあり、そしてある日、氷河の中から凍りついた男が見つかります。

え? だれ? とよくわからなかったんですが、ウィキペディアを読みましたら、叔父の家を出たすぐあたりだったかに出会った山の小屋の中で死にそうになっていた羊飼いの男のようです。確かに助けようとして運んでいる途中で滑り落ちたような記憶が…。この人物も死生観を語っていましたので、もう少し印象づく描き方をしてくれれば記憶に残っていたと思うんですけどね。

エッガーは、その男は40年間雪の中にいたと言い、自分も同じように年老いたと語りかけます。この映画のテーマはきっとこの死生観ですね。

そして、エッガーはバスに乗り終点まで行き、アルプスの山々を見て自らの人生を振り返るのです(多分…)。そして息を引き取り(このあたりは記憶にありません…)マリーの隣に埋葬されます。

やはり原作を読むことにしましょう。