あなたはまだ帰ってこない

マルグリットのメラニー・ティエリーがいい

「あなたはまだ帰ってこない」って、こんな情感も何もあったものじゃないタイトルによくもOKが出たものだと思います。原作はマルグリット・デュラスの自伝的な小説『苦悩』、普通原作の日本語訳があればそれを使うんじゃないかと思いますが、今は散文系タイトルが受けるんでしょうか。

あなたはまだ帰ってこない

あなたはまだ帰ってこない / 監督:エマニュエル・フィンケル

エマニュエル・フィンケル監督、初めて見る監督ですが、何とも難しい題材を選んだものだと思います。よほど自信があったんでしょう。

実際、さほど裏切られてはいません。

読んではいませんが、原作の『苦悩』、公式サイトからの引用しますと、

1985年に刊行された『苦悩』は、デュラス自身が「私の生涯でもっとも重要なものの一つである」と語っているほど、作者自身が深い愛着を抱いていた作品である。特にデュラス自身が1940年代半ばに書いた日記や手記をそのまま、ほぼ削除せずに載せていたことも大きなスキャンダルとなり、話題となった。

とあり、おそらく独白っぽい語り口の小説ではないかと思います。

さらに内容が、夫ロベールがゲシュタポに拘束連行され、その安否を気遣い、帰りを待ちわびる苦悩を語りながら、その間実際にはどういう関係であったかはわかりませんが、夫が拘束される前から、レジスタンスの同志であるディオニスと愛人関係にあり、戦後、衰弱し生死をさまようような状態で戻ったロベールを看病しつつも、ある時、ディオニスの子どもが欲しいの、離婚して、と告げるという、これ以上ないくらい難しい人物を描こうとしているわけです。

これをドラマチックに描けば当然ながらかなりベタになるところを、映像処理とマルグリットをやっているメラニー・ティエリーさんの演技とほぼ全編に入る本人の語りでとてもうまく原作のイメージを表現しているように思います。(読んではいませんけど…)

映像処理はなかなか言葉では説明できませんので見ていただくしかありませんが、マルグリットのアップに対して背景をぼかしたり、その背景の人物のフォーカスを変化させて想像力を刺激したり、もうひとりのマルグリットを同じカットの中に登場させたり、画と台詞と語りをうまく重ね合わせたり、とにかくいろいろなことをやっていました。あざとさはまったくなく物語にぴったりはまっていました。

メラニー・ティエリーさん、つい先日見た「天国でまた会おう」にも出ていましたが、このマルグリットはとてもよかったです。

語りはフランス語の翻訳字幕を読むことしかできませんので残念ですが、言葉の多さにもまったく苦痛を感じることなく、難しい内容にしてはスムーズに流れていました。

映画全体としてはロベールの帰りを待つマルグリットの揺れる心情を追っているのですが、ドラマ的な山としては、ゲシュタポの手先、おそらくヴィシー政権のフランス人だと思いますが、ラビエ(ブノワ・マジメル) との駆け引きとなっています。

ラビエが自分に接近してくることに対して、レジスタンスの仲間たちとの会話の中で、マルグリット自身が私を好きみたいよと言っていたことが妙に印象に残っています(笑)。フランス語でどういうニュアンスだったかはわかりませんが、へー、夫の安否に不安をもっている自分がいて、その夫を逮捕したという男に対して、愛人関係(どうもこのこの言葉よくないね…)にあるディオニスを前にして、そういう表現をする人なんだ、そういう表現ができる人間関係なんだと感じたということです。

映画の中では、そのラビエとの関係はそれほど深まるわけではありません。ラビエにはマルグリットと個人的関係を持ちたいとの欲望があったのでしょうし、マルグリットにしても何らかの気持ちが動いていたのかも知れませんが、そうした個人的な感情だけではなく、ラビエはレジスタンスについての情報を得ようとする気持ちを隠してはいませんし、一方のマルグリットにしても、仲間、特にディオニスは反対しますが、ロベールに関する情報を得ようと自ら接近していくわけです。

とにかく、ドラマ的な進展はあまりありません。ただ、ワンシーン、終わってみればあれが映画の山だったなあと思うシーンなんですが、ドイツ軍が劣勢になり、まもなくパリも解放されるだろうという頃、マルグリットの方からラビエに声を掛けレストランで会うシーンがあります。

そのレストランは親ドイツ派御用達のようなレストランなんでしょう。ラビエに誕生日おめでとうと言っていたようにも思いますので、ヴィシー政権派のパーティー的なものだったかも知れません。マルグリットはこれまでにない赤い口紅を塗るなど化粧もしています。

二人の会話、マルグリットが(台詞は記憶していないので適当ですが)まもなく自由の時代がやってくる、あなた達はドイツに逃げるしかないみたいなことを言います。まわりの、特に女性を撮っていましたが、マルグリットを白い眼でにらみつけます。ラビエが、この人の夫を逮捕したと皆に言います。

その時点では何かが起きるわけではありませんし、場の空気としてはざわついていましたので緊張感というわけでもないのですが、この先への恐れが逆に高揚感を生むような空気の中で、ひとり異質な存在のマルグリットが浮かび上がる何とも言えないいいシーンでした。

その後、空襲警報が鳴り響き、ギャルソンが防空壕はどこどこ、ワインも用意してありますと落ち着いた態度でアナウンスしていたのには、さすがフランスやねぇ…とちょっと驚きました(笑)。

そのシーンを最後にラビエは登場しなくなります。映画的にはどうかなと思いますが原作がそうなんでしょう。

ここからは長く感じました。もう少し整理されていればよかったんですけどね…。

パリも解放され、ヒトラーが自殺したとの情報も流れ、収容所から生還者も戻ってきますが、ロベールの姿はなく情報もありません。

そんなシーンが続きます。

そしてある時、ディオニスから、ロベールがかなり衰弱した状態で見つかった、数日しか持たないだろうといった情報をもたらされ、自分たちが奪還にいく、マルグリットにはここで待つようにと言い、実際、ロベールは相当衰弱した状態で戻ってきます。

このシーン、違和感があったといいますか、逆に何かを表現していたのかもしれませんが、ディオニスが、わざわざ先にマルグリットのもとを訪れて、ロベールは向かいのカフェにいると伝えに来ます。それを聞きマルグリットが窓から下を見下ろしますと、数人に抱えられたロベールが、それもロベールは横に寝ているような格好で道路を渡ってくるのです。

あまりの衰弱ぶりにマルグリットを驚かせたくないとディオニスが考えたのか、三人の人間関係の何かを表現しているのか、よくわからないシーンでした。

そして、ラスト、やや回復したロベール、そしてディオニスと浜辺に出掛けたのでしょうか、遠くにフォーカスアウトした二人の姿をとらえたカットに、ディオニスの子どもが欲しいの、別れてほしいと伝えた、との語りがかぶるのです。

すごい人ですね、マルグリット・デュラスさん。映画もたくさん撮っています。

苦悩

苦悩

 
愛人ラマン (字幕版)

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