東ドイツからの脱出劇、緊迫感のつくりがやや単調か
冷戦時代の東ドイツから脱出する映画というのは結構あるのではという印象でしたが、思い返したりググったりしてみても意外にもこの映画のようにズバリ脱出の行為自体を主題にしたものはあまりないようです。
最近の映画で思い出すのは「僕たちは希望という名の列車に乗った」ですが、確かに最後は高校生たちが集団で西ドイツに亡命はしますがまだ時代はベルリンの壁ができる前ですし、内容も脱出劇ではなくそこに至る高校生たちの葛藤を描いたものでした。
この「バルーン 奇蹟の脱出飛行」はそのものズバリの脱出劇で、その緊迫感がテーマの映画です。1978年に東ドイツのふた家族8人が気球を使って西ドイツに亡命した実話にもとづいているとのことです。
その同じ実話はすでに一度、1982年に「気球の8人」というタイトルで映画化されており日本でも公開されたようです。映画.com のストーリーを読む限りではほぼ同じストーリーです。まず最初はペーターひと家族が気球で脱出を試みるも失敗、その後シュタージ(秘密警察)に追われるなか再度ペーターとギュンターふた家族で挑戦するという物語です。
ですので最初から最後まで一貫してハラハラドキドキを見せるサスペンス映画ということです。もちろん最後は成功することはわかっていますのでハラハラドキドキといっても息ができない(笑)ほどではありませんがそれでもやっぱり疲れます。それに正直展開がワンパターンなので飽きてきます(ペコリ)。
飽きてくる理由のひとつが同じような脱出劇が2回繰り返されることで、これはエンタテイメントとしてはどうなんだろう? 実話なのかな? と調べてみましたら、当事者のインタビュー記事がありました。ギュンター・ヴィッツェルさん、映画では必死にミシンを踏んでいた人です。
2度挑戦というのは実話らしく、実際には気球は3回作っているそうです。
まあしかしエンタテイメントとしてはもう少し考えるべきかと思います。実際、気球が飛び立つ(舞い上がる?)シーンもほぼ同じパターンですし、当然映画ですから気球が燃えたり、バーナーが消えたりというトラブルが発生しますし、そしてどこだかわからないところへ墜落するのも同じです。
1回目は東ドイツ内ですので失敗、2回目は不安ながらも出会った車のヘッドライトの前に出て、ここは西ドイツか? と尋ねますと、相手は、ここは東部だがと答えるという言葉ネタで終えていました。
オイオイ、まだ国境を越えていなかったらどうするの!?(笑)
ということで、この映画のサスペンスさというのは、1回目の失敗の後、迫りくるシュタージの捜査の手を逃れて脱出計画を成功させるというところにあります。
ペーター家族は1回目の失敗で痕跡をいっぱい残しています。墜落した気球はそのまま放りっぱなしですし、ペーターの妻ドリスが甲状腺治療の薬を置き忘れますし、離陸予定の場所に向かう途中には車を目撃されています。
シュタージではザイデル中佐が国家の威信をかけた捜査を繰り広げます、と言いたいところですが、シナリオの問題なんでしょうが、なかなかそういうわけにはいきません。
と言いますのは、ペーターたちの2度めの脱出計画には6週間というタイムリミットが設定されます。一緒に脱出するギュンターに兵役義務が迫っているのです。
あれだけの痕跡を残しているわけですからどう考えても6週間あれば普通は突き止められます。映画ですのでそこはツッコミどころじゃないとも言えますが、やはりサスペンスですので、2度の繰り返しとともにもう少しシナリオを練るべきだったんだろうと思います。
とにかく、再挑戦を決意したペーターとギュンター家族は気球制作に取り掛かります。一度に大量の布を買えば怪しまれるということで少量ずつ買い、ペーター家の地下で徹夜で縫う日々が続きます。
生地屋さんで怪しまれたり、ギュンターの子どもが保育園(所?)の先生にお父さんは毎日布を縫っていると喋ってしまい、あるいは先生が密告してしまうのではと危機感を煽ったり、ペーターの息子(中学生くらい?)が向かいの娘と親しくなり一緒に西ドイツへ行こうと告白してしまったり、ああこれを書いておかないといけませんね、向かいの家の主はシュタージの職員です。さすがにあの告白はそれまでの息子の行動からすれば、いくらキスしたからといってあそこまで舞い上がるのはかなり違和感があります。
とにかく最後の緊迫感は甲状腺治療の薬です。薬に記された番号から薬屋を一軒、また一軒としらみつぶしにあたって、いよいよ最後のひとりドリスの名前が上がり、なんとたまたまそこにいた向かいの家の主が、私の家の向かいの住人ですと、なにー! と全員が現場に直行ということですが、オイオイ、6週間もあればとっくにわかっているだろう! というのは決してツッコミどころではありません(笑)。
ということでシュタージのヘリコプターを使った追跡も及ばずペーターとギュンター家族8人は無事西ドイツに亡命できたという映画です。
東ドイツの監視社会という意味では、誰彼なく目があう人物みなから監視されているようなカットを頻繁に入れたりしていましたが、やはりこれもワンパターンでメリハリがなくかえって緊迫感を解いてしまうようなところがあります。
映画とはまったく関係ありませんが、2020年の今、香港を見ていますと監視密告社会というものを過去の物語と片付けてしまうわけにはいかない時代がやってきていますので、もう少し映画に深みを持たせて欲しかったなあと思います。もちろんこの映画の製作年は2018年ではあります。
エンドロールのバックに実際の写真と思わしき数枚が使われていました。