ベルイマン島にて

なんでもなさを映画にするミア・ハンセン=ラブ監督

ミア・ハンセン=ラブ監督の映画は一般公開されたものはすべて見ていますが、イングマール・ベルイマン好きだとは知りませんでした。随分映画の傾向が違いますのでなにがあるんだろうとインタビュー記事を読んでみましたら10年くらい前からだそうです。ハンセン=ラブ監督の映画が変わっていく兆しかもしれません。

ベルイマン島にて / 監督:ミア・ハンセン=ラブ

ベルイマン島

ところで、この映画の公開が宣伝され始めたころには、一瞬、ベルイマン島? そんな島でもあるのかなあと思ったのですが、案の定、イングマール・ベルイマン監督が暮らしていたことがあるフォーレ島が映画の舞台になっていることからのタイトルでした。原題も「Bergman Island」です。

フォーレ島、どこにあるのか知りませんでしたので GoogleMap を見、ストリートビューでも見てみました。美しいところです。下の GoogleMap が指し示しているように見える割と大きい島はゴットランド島で、拡大していきますとその北にくっついている小さな島がフォーレ島です。映画はゴットランド島からフォーレ島にフェリーで渡るシーンから始まります。ゴットランド島? ゴッドではありませんので、ゴート族の島という意味らしいです。

ベルイマン監督は、1960年ごろからこのフォーレ島で多くの映画を撮っているらしいです。ただ、1976年に脱税の罪で逮捕され、その後無罪とはなるもののそのショックからスウェーデンを去りミュンヘンに移っています。1984年にはスウェーデンに戻っていますので、おそらくその後はこのフォーレ島が活動の拠点だったのでしょう。そして、2007年にフォーレ島で亡くなっています。89歳でした。

現実と虚構の二重構造

最初にハンセン=ラブ監督の変化の兆しかと書きましたが、映画の後半が現実と虚構の二重構造になっています。おそらくこういう手法は初めてでしょう。ああ、正確に言いますと映画自体が虚構ですので、虚構と虚構の中の虚構の二重構造です。どうでもいいか(笑)。

ベルイマン・エステート

前半が映画の中の現実です。まさしく現実であるかのように、ともに映画監督のクリス(ヴィッキー・クリープス)とトニー(ティム・ロス)が、実際にある「ベルイマン・エステート」という滞在システムを利用してフォーレ島にやってきます。これですね。

「ベルイマン・エステート」は、世界中のアーティスト、学者、ジャーナリストのための滞在施設で、イングマール・ベルイマンに関するプロジェクトでなくても申請すれば2週間から2ヶ月の範囲で滞在が認められるようです。2018年の滞在記録にミア・ハンセン=ラブ監督の名前があります。

映画の中の現実

クリスとトニーは映画の脚本を書くためにこのフォーレ島にやってきます。クリスは風車の塔で執筆すると言い、少し離れた滞在施設で仕事をするトニーに窓から手を振りあいましょうと言います。また、寝室は「ある結婚の風景」の撮影場所なのよとも言っています(そう言ったのは管理人だったか?)。この映画を見て離婚する夫婦が急増したという映画だそうです。

ふたりの間に微妙な空気が流れているのは、クリスとトニーにはハンセン=ラブ監督の実生活のパートナーであったオリヴィエ・アサイヤス監督との関係が反映されているということです。2017年に関係を解消しているようですのでマジそのままかもしれません。

それはともかく、トニーはすでに多くのファンもいる著名な映画監督で60歳くらい、クリスは評価され始めた新人監督で40歳くらい、ふたりには10歳くらいの子どもがいますが連れてきてはいません。脚本の執筆シーンも、トニーの方はペンが止まることなくスラスラと書いていきますが、クリスの方はなかなか筆が進みません。遠くを見つめてぼんやりするシーンが続きます。クリスにはなにか迷いがあるようです。トニーとの関係、そして映画のこと、その迷いが描かれるという映画です。

トニーの留守中にクリスがトニーの脚本を見るシーンがあります。そのノートには男性から女性へのサディスティックなセックスを思わせるイラストが何カットが書き添えられています。

トニーの映画(ホラー?)の上映会とトークが開かれます。クリスはトークの途中で抜け出し、散策するうちに映画制作を学んでいるという学生と出会い、ベルイマンの何か(忘れた)を案内してもらううちに意気投合して、上映会の後にトニーと一緒にベルイマン・サファリに参加する予定であったのをすっぽかしてその学生と海辺ではしゃいだりします。

どこへ行っていたの?と相変わらず余裕で尋ねるトニーに、クリスはありのままを話し楽しかったと答えます。クリスがしきりにこっちを向いてと言っているのに、トニーはそれをわかっているのにあえて横を向いてしまうという感じです。クリスの映画ですのでトニーの内面はほとんど描かれませんが、おそらくそういうことでしょう。トニーがベルイマン・サファリをすっぽかしたことに話を向ければ、クリスはトークが長いと返しています。

こういう人間関係の描き方がとてもうまい監督です。ありがちな人間関係ですが、ハンセン=ラブ監督が描くと映画になります。ベタな話がベタになりません。

虚構の中の虚構は虚構

さらに後半ではこうしたふたりの関係の中のクリスの心情を見事に映像として表現しています。

クリスは散歩しながら互いの脚本のことに話を向けます。しかしトニーは多くを語りたがりません。やや微妙な空気の中、クリスは自分の脚本のラストをどうするか迷っているとトニーにアドバイスを求めます。クリスがストーリーを語り始めます。

一度目の出会いは早すぎて、二度目は遅すぎた。そう表現されるファーストラブの行方が描かれる内容で、それがエイミー(ミア・ワシコウスカ)とヨセフ(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)による劇中劇「The White Dress」として演じられていきます。

エイミーは30歳前後と思われます。友人の結婚式に出るためにフォーレ島にやってきます。その結婚式には10代のころに熱烈に愛し合ったヨセフも出席します。いまだヨセフへの思いを断ち切れていないエイミーの気持ちは穏やかではありません。恐る恐る、そして大胆にヨセフに自分の気持を伝えようとします。しかし現在のヨセフには恋人がいるようでその態度はよそよそしいものです。

そうしたエイミーのいらだちが結婚式に着るドレスの色で具象化されます。エイミーは白のドレスしか持ってきていません。花嫁からは白のドレスは着ないでほしいと言われます。執拗に、白なの?ベージュなの? と微妙な色合いの話が繰り返されています。

結局、エイミーはドレスを借りることになるのですが、このドレスに関して、クリスはトニーに、この映画の結末はエイミーがドレスで首をつることにしようかしらなどとかなり意味深な問いかけをし、それに対し、トニーは一言、陳腐だと返しています。

エイミーとヨセフです。下世話な言い方をすれば、エイミーの勢いに押されてヨセフは関係を持ってしまいます。ヨセフは後悔します。エイミーはそのことに気づいているのかいないのか、ヨセフとの関係に期待を持っています。しかしヨセフはエイミーの前から姿を消してしまいます。

虚構と現実の交錯は現実

そして、この後は、言葉としてはうまく説明できませんが、虚構の中の虚構であり、いうなればクリスの妄想である映画の中のヨセフがクリス本人の前に現れます。クリスが現実に出会った学生のカットもあったように思います。

この件はポンポンポンとカットが切り替えされていましたので正確には見とれていませんが、クリスの映画の撮影シーンだったのかも知れません。そうだとすれば、その間随分時間が経過していることになり、あえてカットして曖昧にしているわけですから、映画的処理としてはクリスの思いが垣間見えるようにも見えるうまい処理だと思います。

そしてラストシーンは、トニーが娘を連れてフォーレ島に降り立ちます。母親に駆け寄る娘、名前を呼びながら風車塔を駆け下りるクリス、そして熱い抱擁。

時間が経過しているとすれば、クリスが撮影に入り、トニーが娘を連れてフォーレ島にやってきたということになります。うがった見方をすれば、ハンセン=ラブ監督と同様にクリスとトニーもすでにパートナーとしての関係は解消しているということでしょう。

ベルイマン監督はどこに?

あまりベルイマン監督からの影響を感じさせるものはありませんでしたが、ハンセン=ラブ監督の中の見えない部分ではいろいろ変化があるんだろうと思います。

ベルイマン監督の人格的な面が話題になるシーンでは、好きな監督にはいい人でいてほしいなんてほぼ観客目線の言葉をクリスに言わせていました。また、直接的なシーンとしては、ベルイマン・エステートの中の試写室でクリスとトニーがベルイマン監督の「叫びとささやき」を見るシーンがありました。

クリスを演じているヴィッキー・クリープスさんは「ファントム・スレッド」のアルマでした。あの映画はダニエル・デイ=ルイスさんが立ちすぎていてクリープスさんの印象はほとんどありませんが、この映画はとてもよかったです。

音楽は、エイミーのパートでは懐かしさが感じられる曲がたくさん使われていました。ABBAの「The Winner Takes It All」なんて、歌詞がもろエイミーでした。

I don’t wanna talk
About things we’ve gone through
Though it’s hurting me
Now it’s history

https://www.youtube.com/watch?v=92cwKCU8Z5c