Black Box Diaries

ブラック・ボックス・ダイアリーズ。海外ターゲットのようだ…

伊藤詩織さんに対する性的暴行事件についての経緯を伊藤詩織さん自身が監督した映画です。事件そのものもそうですが映画公開に当たっても問題発生ですんなりといっていないようです。

Black Box Diaries / 監督:伊藤詩織

スポンサーリンク

事件のこと

事件が起きたのは2015年でしたか、もう10年、4月3日のこととありますのでかれこれ11年になろうかという事件です。

あらためてウィキペディアなどでどういう経緯をたどったのか確認してみたところではほとんど知っていることでした。それだけ様々な意味合いで情報が拡散されていたということでしょう。

次の「映画のこと」にも関連しますので経緯だけリストアップにしてみます。

  • 2015.04.03 山口敬之氏による伊藤詩織氏性的暴行事件発生
  • 2015.04.30 警視庁が準強姦罪で被害届受理
  • 2015.06.08 山口敬之氏逮捕の目的で刑事が羽田空港待機
    警視庁捜査一課長代理中村格が逮捕中止を指示
  • 2015.08.__ 東京地検に書類送検
  • 2016.07.22 東京地検は嫌疑不十分で不起訴処分決定
  • 2017.05.__ 伊藤詩織氏が不起訴について検察審査会に不服申立て
  • 2017.05.29 伊藤詩織氏が司法記者クラブで会見し検察審査会への不服申立てを公表
  • 2017.09.__ 検察審査会は不起訴相当の判断を議決

これにより刑事手続は終結しています。続いて民事手続きです。

  • 2017.09.28 伊藤詩織氏は山口敬之氏に1100万円の損害賠償請求の民事訴訟を提起
    その後、山口敬之氏は「社会的信用を奪われた」として慰謝料1億3000万円の損害賠償を求めて反訴
  • 2019.12.18 東京地裁は「同意のない性行為」を認めて山口敬之氏に330万円の支払いを命じる
    山口敬之氏の反訴は棄却
  • 2020.01.06 山口敬之氏は東京高裁に控訴
  • 2022.01.25 東京高裁は地裁判決を認めて山口敬之氏に332万円の支払いを命じる
    山口敬之氏の反訴についても一部を認めて伊藤詩織氏に55万円の支払いを命じる
  • 2022.02.__ 伊藤詩織氏、山口敬之氏ともに最高裁に上告
  • 2022.07.08 最高裁は伊藤詩織氏、山口敬之氏の上告を退けて二審判決が確定

これがこの事件のあらましです。

スポンサーリンク

映画のこと

で、映画です。

伊藤詩織さんの悔しさが伝わってくるという点ではまさしく「ダイアリーズ」です。おそらく映画化を考え始めたのは刑事手続が不起訴となり、事件を公表しようとした頃からだと思います。ですので映像は民事訴訟中の弁護士とのやり取りであったり、同時に進行していたと思われる手記『Black Box』の編集者との打ち合わせであったり、その当時の伊藤詩織さんの自撮りを含めた日常などの映像が9割方をしめています。

事件そのものに関わる映像としては、シェラトン都ホテルの車寄せに設置された防犯カメラの映像と当日山口敬之氏と伊藤詩織さんをホテルまで乗せたタクシーの運転手の証言、そして被害届を出した際の刑事との通話内容の録音があります。

運転手の証言については当初は承諾を得ていなかったようですので隠し撮りかもしれません(未確認です…)。映画公開に当たって指摘を受けた後に承諾を得たようです。

刑事との通話内容には、山口敬之氏逮捕のために羽田空港に待機していた時に中止命令が出たことについて述べているものもあります。これも無断での録音だと思います。

といった映像がランダムに編集された映画です。

スポンサーリンク

感想:映画というにはちょっと苦しい

映画というにはちょっと苦しいですね。

ドキュメンタリーの面白さというのは、見る人それぞれではあるにしても、基本的には、知らないことを知ったときの驚きか、知っていることだとしても深く切り込んでいることへの感銘があるかだと思います。

その点ではこの映画には知らないことが描かれているわけではありませんし、視点にしても伊藤詩織さん本人の怒りや悔しさ以上のものは感じられません。本人のコメントとして性犯罪に対する日本の司法の問題点や #MeToo に触れているところはありますが、その問題点にどう切り込んでいくかが映画には求められます。

もちろんこれは映画としての評価の話であり、伊藤詩織さんの怒りや悔しさは当然の上での話です。

おそらく伊藤詩織さんの気持ちとしては、ホテルの防犯カメラ映像やタクシー運転手の証言があるのになぜ不起訴処分になるのだという怒りだと思います。自分の怒りを映画にするのは難しいもので、その点では自らは被写体になって他の制作者視点で映画にする方法もあったのではないかと思います。

あるいは、他の多くの被害事件の証言を集めるなどして、映画の視点を性犯罪に関する日本の司法の問題点に絞れば、伊藤詩織さんの事件についてももっと深く考えさせられる映画になったかもしれません。