ドンバス

映画は最強のプロパガンダ手段

2022年の今ではドンバスやドネツクの地名も毎日のように耳にしますが、その地名をタイトルにしたこの映画の製作年は2018年です。2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻(侵略)の4年前の映画です。皮肉なことですが、この戦争がなければこの映画が日本で劇場公開されていたかどうかわかりません。

2018年のカンヌ映画祭のある視点部門監督賞を受賞しています。

ドンバス / 監督:セルゲイ・ロズニツァ

戦争は2014年から続いている

映画はウクライナ東部の親ロシア勢力が支配するドンバス地域での13のエピソードで構成されています。セルゲイ・ロズニツァ監督はドキュメンタリーも撮る監督ですがこの映画はフィクションです。主要な人物はすべて俳優が演じています。

ロズニツァ監督はインタビューで、ドキュメンタリーとフィクションは違うものかと尋ねられ、ジャンルは違っても自分にとっては構成も、展開も、映像も同じであり、フィクションでは150人が関わるが、ドキュメンタリーは5人から10人で撮るだけだと答えています。

ドキュメンタリーであってもフィクションであっても監督(個人ということではなく)の目を通して切り取られたあるものごとの一面ということです。

実際、この映画はかなりリアルです。カメラワークにしてもドキュメンタリーにも見えるパートもあります。13のエピソードはそれぞれ単独で成立していますが、最初と最後のエピソードはつながっていますし、いくつかのシーンでは同じ人物が登場したりして、全体として親ロシア派支配のドンバス地域の様子があたかもこうであるかのように伝わってきます。

くどいようですが、この映画のようなことが実際にあるかもしれませんが、これはあくまでもロズニツァ監督が描き出したフィクションです。

もちろんウクライナで起きている戦争自体は事実ですし、また、この戦争は2020年2月24日からの100日間の戦争ではなく、2014年のマイダン革命からロシアによるクリミア併合やウクライナ東部紛争へ続く8年におよぶ戦争だということをあらためて認識させてくれる映画です。

13のエピソード

描かれる13のエピソードはロズニツァ監督が自らのSNSのアカウントで収集した出来事をベースに構成したものだそうです。

ロケバスの中で出演者たちのメイクシーンから始まります。アシスタントディレクターがやってきて出演者に指示を出し町中を追い立てるように走らせます。ウクライナからの攻撃に逃げ惑う住人たちのフェイクニュースを撮っているということです。テレビニュースに使われていました。

病院の職員たちが浮かぬ顔で集まっているところへ男がやってきて延々と(10分から15分くらいあったような…)演説をぶちます。冷蔵庫を開け肉はこんなにある、また別の冷蔵庫には医薬品もこんなにある、これは君たちのものだ、病院長(かな?)はなんだかんだと(よくわからなかった(笑))、奥の部屋にいる病院長を責めているようで実は守っているということです。

市議会のようなシーンです。ウクライナの国旗がありましたのでどういうポジションの議会かはわかりませんが、ひとりの女性が飛び込んできてバケツの汚物を議長に浴びせます。女性は議長を罵倒し続けます。何をいっているのかよくわかりませんでした。

ところで、言語はウクライナ語とロシア語と英語なんですが、ウクライナ語とロシア語の区別がつきません。もし、言語によってその立場がわかるような内容であるとしたら(それさえわからない)、字幕は何らかの表記をするべきじゃないでしょうか。

検問所では男たちがバスから降ろされ裸にされ強制的に徴兵されます。地下のシェルターに記者が取材に入ります(というつくりのシーン)。避難している住民がその状況の酷さを語りつつ案内し、カメラは奥へ奥へと入っていきます。ピンヒール、ボデコンの女性がやってきて母親にこんなところにいないで家に来てと説得します。母親はその勧めを無言で拒み扉を閉ざしてしまいます。女性の感情が爆発しドアを蹴るわ、怒鳴るわ、止めようとする者を罵倒するわの剣幕で本当にびっくりします(笑)。

そうした強烈なシーンの見せ方が無茶苦茶うまいです。見ているものの嫌悪感を掻き立てます。

町中の路上に手錠を掛けられたウクライナ兵が懲罰だとしてさらし者にされます。通りがかった者たちの罵声、暴力、さらに仲間を煽ってさらなる暴力をさせようとする行為の凄まじさといったらないんです。憎しみが湧き上がってきての行為に見せていないんです。人間はいつでも誰でも悪魔になれるという描き方なんです。

さらに強烈なのが結婚式です。もうこれは今まで見たことがないシーンですので言葉が見つかりません。新郎新婦、特に新婦の方はもうクスリをやっているとしか思えないくらいの凄まじさで笑い続けます。爆発的に笑い続けます。最後には全員で「ノヴォロシア!ノヴォロシア!」と歌い狂っていました。

その結婚式には軍人もお祝いにやってくるのですが、その軍人はその前のシーンで一般人の車を徴用してその車で結婚式にやってきています。この徴用シーンもすごいです。その一般人は盗まれた車が見つかったとの連絡でやってくるわけですが、軍人は我々はお前たちを守ろうとしているのに車がなくてどうやって守るのだと、ああなるほどと思うような(思わない、思わない(笑))脅しで車を供与するとの書類にサインしろと迫ります。車を盗んだのもその軍人たちでしょう。

ラストは再び最初のロケバスのシーンに戻ります。バスに軍人が乗り込んできます。有無を言わせず皆を射殺します。アシスタントディレクターも撃たれていました。口封じですかね。

そして、カメラはロケバスが停められた広場を俯瞰する外からのカットになり、そのままエンドロールに入っていきます。遠くからサイレンが聞こえてきます。パトカーと救急車がやってきます。テレビクルーも到着し中継が始まります。バスの中から死体が運ばれ、テレビのレポーターは殺人事件が発生しましたとカメラに向かって喋っています。

映画は最強のプロパガンダ手段

この映画をみれば親ロシア派の軍人や住民の異常さを目にすることになります。実際にどうであるかはわからないのにそうした嫌悪感を持つようにつくられています。

おそらくこうした親ロシア派の行為は実際にもあるのでしょう。ただ、逆の立場になって親ウクライナの軍人や住民が同じ行為をしないとは言い切れません。我々だって同じことです。現実に、現在ロシアがやっていることは我々の一世代、二世代前の世代が韓国や中国に向けてやったことと同じです。

現在でも我々はアメリカからの情報をもとに世界を見ていることだけは忘れないようにしないといけません。

やや話がそれますが、自民党や維新が軍事費を増額しろといっている理屈はあの軍人と同じだなあと気づきました。国を守ろうとしているのに金がなくてどうやって守る、税金を出せ!と国民にサインを迫っています。