ファンファーレ!ふたつの音

才能は環境の制約を越えられないのだろうか…

アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台」のエマニュエル・クールコル監督です。昨年2024年のカンヌ・プレミアで上映されています。

ファンファーレ!ふたつの音 / 監督:エマニュエル・クールコル

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ネタバレあらすじ

「白血病を宣告されたことをきっかけに、生き別れた弟の存在とその隠れた才能に気づいたスター指揮者。運命の再会を果たした兄弟が、さまざまな音楽とともに未来へと歩き出す姿を描いた(映画.com)」と紹介されている映画、おおよそストーリーは想像がついてしまいます。

でも、さほどベタでもなく割とあっさりしています。音楽がふんだんに使われていることで持っている映画です。

白血病はプロローグ…

世界的な指揮者ティボ(バンジャマン・ラヴェルネ)がベートーヴェンの「エグモント」のリハーサル中に突然倒れます。白血病と診断され、ドナー適合率は兄弟姉妹で1/4、血縁関係がない場合は数万分の1と言われます。妹の適合率を調べますと適合しなどころか血縁関係がないことが判明します。母親から養子だと聞かされます。

シーン変わって、ティボがジミー(ピエール・ロタン)と向かい合っています。怪訝な顔のジミーにティボは兄だと告げ、ドナーになってほしいと頼みます。

さらにシーン変わって、病院です。ジミーがドナーとなることを受け入れたようです。ティボは一命を取り留めます。

というところまでものの10分か15分、あっという間に難病を乗り越え、兄弟であることも知らずに育ってきた二人が運命的な再会を果たします。

これはお見事! なかなかこうはいかないでしょう(笑)。

という、この映画は難病や兄弟の再会で泣かせようという映画ではなく、音楽を介して兄弟が絆を深めていく映画(かな?…)ということです。

白血病はプロローグ扱い、ということはきっとエピローグにもなにかあるのでしょう。

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本編も過剰さがなく見やすい…

ジミーは学校の食堂で働きながら地域のブラスバンドでトロンボーンを吹いています。バンドのメンバーの多くは炭鉱(関係?…)で働く人たちで、今その工場は閉鎖されようとして反対運動が繰り広げられています。

まるでプロローグのようなティボの絶望と復活シークエンスの後、映画を引っ張っていくのはこのブラスバンドがコンテストを控えていることから起きるあれこれと、ティボとジミーが音楽を通じてお互いを理解し合っていくヒューマンエピソードです。

ところで、このブラスバンドを演じているのは実在の The Municipal Miners’ Band of Lallaing(市立ララン炭鉱夫バンド)というマーチングバンドで、カンヌではレッドカーペットに登場しています。ラランというのは北フランスの町です。

命を助けられたティボは忙しい合間をぬってジミーのもとに顔を出すようになっています。バンドの練習を覗いたり、ジミーにプロ仕様のトロンボーンを贈ったりと交流を重ねるうちにジミーの音楽的才能に気づきます。

ジミーは絶対音感を持っており、家にはオーディオルームがあり、貴重なレコードを収集したりしています。ジミーは子どもの頃に聴いたトランペットの音に突き刺されたと語ります。

そうした交流から生まれるちょっとした溝も描かれます。二人の育った環境の違いによるジミーの羨望とティボの後ろめたさです。どちらも強いものではありませんが、ティボは養父母のもとで音楽教育を受けることができて今があり、ジミーは音楽的才能があるにも関わらずそうした環境で育てられなかったということです。二人の母親はジミーが幼い頃に亡くなっており、ジミーも養子と(知っている…)して育っています。

ジミーのちょっとした勘違いもこの思いからです。あるオーケストラがトロンボーン奏者を募集していることを知ったジミーは自主練習を重ね応募します。しかし、ものの見事に粉砕されます。ジミーの声を聞くまで知らずに審査員をしていたティボは、ジミーの後を追い、他の奴らは一日十数時間も練習漬けの者ばかりだぞとたしなめます。

最初に割とあっさりと書いたのは、こうしたもっと大きく扱おうと思えばどうとでもできるエピソードがこんな感じであっさりと盛り込まれているということです。

こうした映画にありがちな過剰さがなく見やすい映画になっています。

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エピローグはボレロで…

コンテストを前にしてバンドの指揮者が会社から左遷されてしまいます。さあ大変!ということではありますが、このバンドあまり危機感はなく、お前やれとか、私がやるとか、それはそれで楽しんだりしています。

ティボはジミーにお前ならできると後押しし、忙しい時間を割いてジミーに個人レッスンをします。ジミーもその気になり職場のキッチンでおたまを指揮棒にして悦にいっています。同僚がその動画をネット上げます。

そしてコンテストの日、ジミーは緊張感でいっぱいいっぱいの状態になり逃げ出したい気分です。ジミーたちの前に演奏したバンドと入れ替わりのとき、そのひとりがジミーのおたま指揮動画を茶化します。ジミーの一発をきっかけに大乱闘です。

コンテストもパーとなり、拗ねて意固地になってしまったジミーをティボが訪ねます。元気づけようとするティボですが受け付けるわけもないジミーです。

そんな頃、バンドのメンバーの多くが働く工場の閉鎖が決定的となり、ティボは自分のネームバリューを利用して工場に注目させようとします。ボレロを合唱版にアレンジして発表するというものです。

また、ティボはこの間、自作曲の発表コンサートに向けて寝る間も惜しんで準備をしています。そんな肉体的には極限状態のティボですが、それでもジミーとの関係を深めたかったのでしょう。二人で母親が暮らしていた町を訪ね、体育館に飾られた母親のマーチングバンド姿の写真を盗み、海辺で感傷にふける二人です。

ティボが突然海に向かって歩きだします。振り返ることもなく沖へ沖へと入っていきます。ジミーがどうしたんだ、やめろと叫び、後を追いティボを抱きとめます。

ティボは、ダメだった、拒絶反応が出たとつぶやきます。

そして、その新作発表コンサート、最後の気を振り絞るティボです。コンサートは万雷の拍手で祝福されます。その拍手にまじるようにあのリズムが聞こえてきます。

タンタタタ タンタタタ タンタン タンタタタ タンタタタ タタタタタタ

客席の奥でジミーのバンドメンバーがスティックでボレロのリズムを刻み始めたのです。メンバーたちが合唱し始めます。指揮しているのはジミーです。オーケストラのメンバーがひとり、ふたりと加わっていきます。ティボはジミーに合わせるように指揮をし始めます。

笑顔で目を合わせるジミーとティボです。

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感想、考察:白血病はどうなる?…

意表をついたエンディングでした。

前作の「アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台」は実話ベースの話ですし、題材が演劇ということでは違いはありますが、映画の構成としては同じパターンです。エンディングでキメるという作風です。

前作のエンディングはその盛り上げはともかくとして内容的にすんなりなるほどと思えるものではありませんでしたが、この映画は、おお、そうくるかといった驚きがあります。バンドがボレロを練習していたわけですから予想しておくべきでした(笑)。

映画本編(というのも変ですが…)では有名オーケストラと地域のブラスバンドの対比が興味を引きます。かなり意図されて描かれていると思いますが、ブラスバンドのメンバーは和気あいあいで実に楽しそうです。他のメンバーを皮肉ったり貶したりしても根に持たない関係、もちろんファンタジーではあるのですが、音楽エリート集団との違いが描かれています。

ティボが初めてジミーたちの演奏を覗くシーン、ティボの笑顔が印象的です。深読みすればティボがジミーに深く関わっていくのは兄弟であることとともに孤独が癒やされるということもあるのでしょう。

兄弟を演じたバンジャマン・ラヴェルネさんとピエール・ロタンさんがうまくはまっていました。

バンジャマン・ラヴェルネさんは「デリシュ!」のシャンフォール公爵をよく覚えていますし、ピエール・ロタンさんはフランソワ・オゾン監督の「秋が来るとき」ではヴァンサンという重要な役を演じていました。ジミーのキャラがヴァンサンと髭もそっくりでびっくりしました。

という中盤はややダレますが終わり良ければ全て良しの映画でした。非現実的ではあってもこういう映画もたまにはいいかなと思います。でも、ティボの白血病はどうなるんでしょう(笑)。