奇跡のラブストーリー?ちょっと待てよ…
チェン・ユーシュン監督が「台湾ニューシネマの異端児」と呼ばれているとの紹介に目が止まった映画です。ただ、その言葉が当てはまるのは1995年の「熱帯魚」や1997年の「ラブゴーゴー」の二十数年前のことだと思います。その後2013年の「祝宴!シェフ」まではCMなど広告の仕事をしており映画は撮っていないようです。
ファンタジー・ラブコメ
プロットに新鮮さはありますが、基本的にはラブコメ、それもかなり妄想度が高いファンタジー・ラブコメです。
ラブコメは主人公が男であれ女であれ、妄想と現実のズレがコメディになるということかと思いますが、この映画はその妄想で時間まで止めてしまいます(笑)。
プロットは面白いです。ただし(は、最後に)…
何でもワンテンポ早く行動する女性がいます。かけっこでは人より早くスタートしますし、面白いときの笑いも人より早く、写真も目をつむった写真しかありません。一方、何でもワンテンポ遅れる男性がいます。
男性の方は時間がゆっくり進むということから、何年かおきに1日だけ時間の利息がつき、その1日はその男性だけが動くことができます。世界は静止しているということです。逆に女性の方は1日短くなります。
その1日に男性は女性に告白(的)行動をとり、女性はその1日の記憶がないというズレを生かして、それまで女性が気づかなかった男性の愛に気づくというプロットです。
ネタバレあらすじとちょいツッコミ
前半は女性のパートで1日の記憶がないことに混乱するところまで、そして後半はその1日を男性のパートで解き明かしていくという流れです。
これもうまい構成で、そもそも理屈で理解できる話でもないのになるほど、なるほど(笑)と思わせられます。
何でもワンテンポ早いシャオチー
最初に、日焼けしたシャオチー(リー・ペイユー)が1日を盗まれたと交番に駆け込むシーンがあります。
何日か遡ります。シャオチーは郵便局で働いています。アラサーです。まもなくやってくるバレンタインにも一緒に過ごす相手がいません。
台湾には年2回のバレンタインデーがあり、2月14日よりも、旧暦7月7日(2021年は8月14日)の「七夕情人節(チャイニーズバレンタインデー)」が重要なイベント。主に男性から女性にプレゼントを贈るのが台湾式。(公式サイト)
シャオチーの職場、余計なこととは言え、昭和の日本みたいに何の懐疑心を感じている様子(制作者サイドに)もなくセクハラ、パワハラが描かれています。どうなんでしょうね、コメディなら許されるのか、そこにツッコミを入れるほうが野暮なのか…。
とにかく、シャオチーが人よりワンテンポ早く行動することが子ども時代のエピソードで語られます。
毎日のように手紙を出しにくる男性がいます。バスの運転手グアタイ(リウ・グァンティン)です。シャオチーは変わっている人程度にしか見ていません。
ある日、シャオチーは見た目麗しきダンス教師ウェンセンに出会います。ウェンセンが積極的にアプローチしてきますので急速に親しくなります。バレンタインの日の約束もします。ただ、ウェンセンの目的はお金です。シャオチーはそれに気づきません。
バレンタインの日です。いつもは目覚ましがなる前に起きるシャオチーですが、寝坊しています。鏡を見ますと日焼けしています。慌てて外に出て人に尋ねますとバレンタインの日は昨日だと言われます。
シャオチーは交番に駆け込み(最初のシーン)、その後町の写真館に自分には記憶のない自分の写真が見本として飾られているのを見つけます。
出勤しますと、グアタイがいつものように手紙を出しにきます。グアタイはシャオチーと同じように日焼けしており、顔が喧嘩の後のように腫れ上がっています。
(このあたり、シーンの前後の記憶はあやふやだが)シャオチーは謎を解き明かそうと実家に戻り子どもの頃のガラクタ箱から鍵を見つけます。それが私書箱の鍵だとわかり、あっちこっちの郵便局を探し回り見つけます。開けてみますと山程の手紙が出てきます。
何でもワンテンポ遅いグアタイ
シャオチーの盗まれた1日がグアタイのパートで明かされます。
グアタイは子どもの頃から何でもワンテンポ遅れます。今はおじさんの会社でバスの運転手をしています。
グアタイとってはシャオチーは子どもの頃から憧れの存在です。毎日手紙を出していたのはシャオチーに会うためです。シャオチーとウェンセンのことも知っています。
バレンタインの前日の夜、グアタイのバスにシャオチーとウェンセンが乗ってきます。シャオチーが降りた後、シャオチーを騙そうとしているウェンセンを咎め取っ組み合いの喧嘩になります。グアタイの顔が腫れ上がります。
バレンタインの日、グアタイ以外の世界が静止します。グアタイは静止したシャオチーを見つけ出し、バスで子どもの頃に過ごした場所(秘密基地とか言っていた)に向かいます。
バスで移動するシーンはきれいでした。「嘉義県・東石村」というところだそうです。
そしてグアタイは海辺で動かないシャオチーに様々なポーズをさせ二人の写真を撮ります。
帰り道、道路を歩く男に出会います。シャオチーの父親です。書いていませんが、シャオチーの子どもの頃のシーンで父親が豆花を買いに行くと言ったまま失踪したことが描かれています。
シャオチーの父親はグアタイにこの1日は時間の利息なんだと教えてくれます。
グアタイはシャオチーを部屋まで連れていきベッドに寝かせ、そしてキスをしようかと2度ほど逡巡し、額にキスをして去っていきます。
シャオチー、グアタイを探す
そして、グアタイとシャオチーの父親だけが動くことができる1日が終わり、再び世界が動き始めます。
シャオチーが地方の郵便局でグアタイの手紙を見つけた続きです。
シャオチーはグアタイからの手紙を読み、グアタイへの思いをつのらせ、グアタイと会いたいがために私書箱のあった郵便局に移っています。
そして二人は再会します。
これ、相当アブナクないか?!
と、何気なく見ていますと「奇跡のラブストーリー」にもみえてしまいますが、
ちょっと待って!
これ、相当アブナクないですか?!
男性が意識のない女性を連れ出し、自分の思い通りのポーズをさせて写真を撮り、さらに自分とのツーショットまで撮り、挙句の果てに女性をベッドに寝かせてキスをしようとするんですよ。
脚本もチェン・ユーシュン監督です。
このプロットがどこから発想されたものかわかりませんが、自分の思いが伝わらない男性が、きっと女性は自分のことを思っていてくれるはずだとの妄想からのものでないことを願っています。