坂元裕二さん、かなり追い込まれているようです…
脚本は坂元裕二さん、監督は土井裕泰さんというのは「花束みたいな恋をした」と同じらしく、主演は広瀬すずさん、杉咲花さん、清原果耶さんの3人という映画です。ですので、混み合っているかなあと心配しながら見に行ったのですが…。

本題はネタバレ後にやってくる…
え? どうなってるの?! といった客の入りでした。これで稼げなければなんで稼ぐんだ映画業界、と思いますが、まあ4月4日の平日ですから仕方ないのでしょう。
それはともかく3人の共同生活の話のようでしたので漠然と「海街diary」を思い出して見に行ったのですが全然違いました。ああ、そうですね、漫画に原作があり、この3人ならきっと大入りだったんじゃないかと思います。
余計なことでした(笑)。
確かに3人は共同生活しているのですが、3人とも幽霊でした。いきなりネタバレと思われるかも知れませんが大丈夫です。映画はすぐにわかるようにできています。それに知ってみたほうが感慨が深いかも知れません。
3人は幽霊なんですが、死んでから12年間、生きている人と同じように寝て食べて成長してきています。3人とも20代になっています。美咲(広瀬すず)は会社勤めをし、優花(杉咲花)は大学に通い、さくら(清原果耶)はマリンパークで働いています。とは言っても、生きている人からは見えませんし、実体としては存在していません。
ですので映画始まって2、30分はなんだか変だなあと違和感を感じます。人とぶつかり倒れますが相手は気づきません。バスの中で他人をじっと見つめても相手は見返してきません。というシーンが続き、さすがにピアノの演奏会で大声で話しながらステージに上がるシーンでは、ああ死んでるのねとわかります。わかるのはもう少し前だったかも知れません。
ということで、30分ほどしますと本人たちが私たちは死んでいると明かし、その後しばらくして、優花が大学の講義で学んだ素粒子理論から私たちはまだ発見されていない素粒子と同じでいずれ発見されると言い出し、たまたまラジオから自分は一度死んだが今は生の世界に戻ったと語りかけてくる者がいて、戻るためには生きている人と心を通わせ、そして何日の夜明けにどこどこの灯台に来れば生の世界に戻れると言います。
心を通わせれば戻れる…
そして、ここからが映画の本題です。
三人三様、生の世界に心を通わせたい人がいてその人との関係(というほどでもないけど…)が描かれていくということです。
その前に映画冒頭のシーンを書いておかなくてはいけません。
12年前のシーンで始まります。真っ白な雪を踏みしめるキュ、キュという音がして一人の人物がある建物に向かっていきます。部屋の中では10代前半の子どもがふたり、男の子はピアノを弾き、女の子は音楽劇の台本を書いています。 女の子は空腹なんでしょう、お腹が鳴ります。男の子がどこかへ出ていきます。女の子は男の子がいなくなったことに気づき、その名を呼びながら探し回ります。そのうちにたくさんの子どもたちがやってきて、合唱団であることがわかり、みんなで写真を撮ることになります。シャッターが切られた瞬間、扉が開いたのでしょう、全員が扉の方を見ます。
というファーストシーンがあり、これがほぼラストシーンのクライマックスと対になっています。
この女の子が美咲であり、その男の子が美咲がバスの中で見かけ、じっと見つめる典真(横浜流星)です。ですので美咲が心を通わせたいのは当然ながら典真ということでになります。
クライマックスを先に書くのもなんですので、まず他のふたりの心を通わせたい人です。優花は母親です。あるとき優花は花屋で働いている母親を見つけます。なぜ今頃?などというツッコミ無用です。それを言い出したらすべてに突っ込まなくちゃいけなくなります。優花は母親の後をつけたりして母親が再婚して子どももいることがわかります。母親は新しい生活に満足そうで優花はがっかりします。
さくらはあるとき週刊誌の記事で合唱団を襲い子どもたちを刺して殺した犯人が出所したことを知ります。3人がその時に殺された子どもたちであることは本人たちの話や冒頭のシーンの会場に慰霊碑があることなどですでに明らかにされています。
さくらはなぜ自分たちが殺されなくてはならなかったのかを知りたいと思います。映画はそれを心を通わせたい相手として描いていきます。さくら(だけではなく3人…)は男の働いている会社を訪れます。するとそこには優花の母親がいます。母親は男を問い詰めます。男の答えは優柔不断で煮えきりません。母親は包丁を取り出し男を刺そうとします。揉み合いになり、男が包丁を奪い母親を追いかけます。3人も後を追いますが何もできません。そして、男は追いかける最中に車に轢かれ重体となります。
この件はこれで終わっていたと思います。
心を通わせても飛べません…
もうおわかりと思いますが、この映画、そもそものプロット自体がダメです(ゴメン…)。
とにかく先を続けますと、3人はラジオが語っていた灯台に向かい、その日の出のとき、3人で「飛べ!」と叫びます。しかし、戻ることはできません。
そして、お待ちかねのクライマックスです。
典真は合唱団の先生からコンクールのピアノを弾いてほしいと言われています。典真は美咲を合唱団に誘ったのは自分だからということで美咲の死に罪悪感を抱えてそのまま大人になっている人物です。先生からは典真のせいではないと言われても自分を許せません。
冒頭のシーン、典真がいなくなったのは美咲がお腹を空かせていると思いコンビニに肉まんを買いに行っていたのです。美咲が家庭に恵まれずにいつもお腹を空かせているという設定になっています。
そして、典真はピアノ伴奏を断ったその日、映画冒頭のその場所を訪れ、美咲が書いた音楽劇の台本を見つけます。それは王妃と部下の誰か(と思われるがよくわからない…)の悲恋物語です。典真が部下の男の台詞を読み始めます。それに応えるように幽霊の美咲が王妃の台詞を読みます。
そして悲恋のクライマックス、典真は見えない美咲を抱きしめ、美咲もそれに応え、ふたりは熱く抱擁し合います。
合唱コンクールの日、典真がピアノ伴奏をしています。子どもたちとともに3人も歌っています。
そもそものプロットが浅すぎる(ゴメン…)
という映画でした。
どうこういうような映画ではありませんが、殺人犯の男の扱いに強い違和感を感じます。
なかなか難しい問題ですのでその違和感は書きませんが、すでに書いたようにそもそものプロットが間違っています。
こうしたドラマに現実を想起させるような殺人事件を単にネタとして使うことは間違っています。