イ・ビョンホン主演の実録ものだが、乾いたノワールものに
韓国の大統領朴正煕(パク・チョンヒ)暗殺事件までの40日間を描いた実録ものです。ただ、公式サイトには暗殺したKCIA部長の名前がキム・ギュピョンとありますし字幕もそうなっていました。実際にはその部長の名前は金載圭(キム・ジェギュ)ですので、これはフィクションだよっていう意味なんでしょうか。大統領の方も「パク大統領」となっていますし、映画の中ではすべて「閣下」と呼ばれていたように思います。
下記のノンフィクションを原作にしているようです。
シーン構成が断片的で説得力にかける
映画のつくりとしては暗殺事件のダイナミズムやセンセーショナルさを描こうとするのではなく、イ・ビョンホンさん演じるキム・ギュピョンがなぜパク大統領を暗殺するにいたったかを追おうとしているようです。
ただ、ちょっと消化不良ぎみです。
映画の結論としては、暗殺の理由をギュピョンの国を思う気持ちの強さと自分がパク大統領の信任を失ったという絶望と、そしてちょっとだけの野望としているわけですが、映画的には大統領暗殺という行為へ結びつくだけの説得力に欠けます。
一番の理由は、確かにギュピョン(イ・ビョンホン)を追ったシーンも多く、イ・ビョンホンさんもかなりていねいに演じてはいますが、そもそもの暗殺にいたるまでのシーン構成が断片的にすぎます。
ギュピョン周辺の政府中枢部のシーンだけではなく、アメリカパートやフランスパートもあり、アメリカの意向みたいなものが(日本と一緒で)重要ポイントのように描かれていますが、それらが断片的でまとまりがなくギュピョンの意識の高揚につながっていきません。
余計なシーンが多かったように感じます。特に前半がごちゃごちゃしています。
それに字幕がよくありません。翻訳そのものが正しいかどうかはわかりませんが、字幕の表記がよくありませんし、言葉にリズムがなくすっと入ってきません。字幕は読んで理解するだけではなく見て理解する要素もありますので字幕制作にももっと力を入れてほしいものです。
ネタバレあらすじとちょいツッコミ
細かい物語は(なぜか)ほとんどつかめていません。
前半は、実録ものらしく何月何日とか、どこどことか、誰々とスーパーが入りますがかえってわかりにくいです(私だけかも(笑))。
暗殺事件の40日前から始まります。アメリカ下院の聴聞会で元KCIA部長のパク・ヨンガクがパク大統領政権の腐敗についての証言します。
このヨンガクのくだりがあまりうまくギュピョンの暗殺に生かされておらず、これは事実なんだろうかとググってみましたら、キム・ヒョンウクという元KCIAの部長が映画と同じようにパリで失踪しています。
ギュピョンとヨンガクは同じくKCIAの部長という立場からかわりと親しい間柄のようで、それ以上の告発をさせないよう(だと思う)ギュピョンがアメリカに渡り、ヨンガクを説得し発表する予定だった手記を受け取ってきます。
しかし、(どういう経緯かつかめなかったが)その手記が日本の週刊誌(サンデー毎日?)に掲載されてしまいます。
この一連のヨンガクの告発や手記での暴露のくだりが暗殺事件とは関係のないところで進んでいるように感じられます。パク大統領はこのことをさほど重要に捉えていないように見えるということです。
ただ、映画的には重要なシーンがあります。
ヨンガクをどうするかについてパク大統領とギュピョンが話す場面で、パク大統領がギュピョンに「君のそばには私がいる。好きなようにすればいい(こんな感じの台詞)」とささやきます。つまり、やれという意味です。
ギュピョンはヨンガクを殺す指示を出します。
パリの韓国大使館でパーティー(なんのだったか忘れた)が開かれています。ロビイストの女性(なんだかよくわからないけど女性もいないと映画にならないみたいな感じなんでしょう)も登場して帽子が飛び(ベタやね)、そしてアルジェリア人の殺し屋に殺害されます。
ギュピョンにこのヨンガク殺害の罪悪感を感じるシーンがありません。こういうシーンがないと映画が深まりません。
これ以降は権力中枢の権力闘争的なシーンで暗殺シーンまで進みます。
パク大統領が次第に強権的になっていくにつれギュピョンに懐疑心が生まれ、同様にパク大統領もギュピョンを疎んじるようになり、ギュピョンの権力的な意味においてのライバルであるクァク・サンチョン警護室長を重用するにようになります。
このサンチョン警護室長が直情的ですぐに怒鳴ったりするキャラになっていることが映画的にはその重厚さという点においてはマイナスになっています。史実にある現実の実行犯キム・ジェギュが警備室長のことを「閣下、こんな虫けらのような奴を連れて、政治がちゃんとできますか?」と言って拳銃を発射したらしいということからの演出かと思いますが、フィクションならもっと映画的に深みのあるキャラにしてもよかったのではないかと思います。
ということで、本来ならギュピョンがどんどん煮詰まってもう暗殺しかないということになるべきなのですが、イ・ビョンホンのギュピョンは最後まで冷静です。実際ギュピョンにとってどこがターニングポイントだったのかがはっきりしません。
ああ、あの盗聴シーンですかね。
ギュピョンはパク大統領が折りに触れて開いている秘密宴会に警護室長がよばれながら自分がよばれなかったことで疑心暗鬼になり密かに忍び込んで盗聴します。その時、パク大統領はヨンガクの件でギュピョンに言ったことと同じ言葉を警護室長に言います。ギョピョンの処遇に対して警備室長に「君のそばには私がいる。好きなようにすればいい」とささやきます。
で、暗殺の場です。「朴正煕暗殺事件 – Wikipedia」の史実(らしい)をほぼ踏襲して、パク大統領と警護室長が殺害されます。
パク大統領殺害後、ギュピョンは陸軍参謀総長とともにその場を去り、KCIAではなく陸軍に向かい、その後逮捕されます。
ラストには金載圭(キム・ジェギュ)の実写映像が入っています。この映像にはリアルな迫力がありました。
映画のトーンはヤクザ映画の趣き
アメリカやパリのシーン以外ではほとんど(まったく?)エキストラを使っていません。ソウルの街のシーンでは車も走っていません。ラストの釜山で暴動(デモ)が起きどこかに火がつけられたという空撮のシーンでも群衆はいません。
とにかく韓国パート、つまりメインのシーンは権力中枢の数人の男たちだけで物語はつくられています。
ヤクザ映画のごとくです。それをノワールというのであればノワールでしょう。
ただしこの映画はかなり乾いています。フィクションと言いながらも史実をはずしたくないという考えもあるのでしょう。淡々とエピソードだけが語られる印象です。そうした描き方を断片的に感じたということです。
ノワールには湿っぽさも必要です。