80年代ソ連の切ない青春物語と皮肉を込めた反権力
半月ほど前に見た「WAVES ウェイブス」に対しては「初めから終わりまでべったりくっついた音楽がうるさいですし、画のつくりがあざとすぎる」とやや(かなり?)批判的に書きましたが、この映画も同じようにほぼ全編音楽がついており、画の点でも下の画像のように基本はモノクロで時々カラーになったりアニメーションが入ったりとかなりいろいろやっています
なのに、この「LETO レト」は、音楽が効果的に使われており、キリル・セレブレニコフ監督のユニークなセンスが光ると評価は高いです。
なぜでしょう? 単に私の音楽の趣味? 違います(笑)。
一番の理由は、使われている音楽全て(ほとんど?)を登場人物が歌っている(吹き替えであっても)ということです。
ですので、「WAVES ウェイブス」のように音楽が物語や登場人物の心情の説明に使われるのではなく、物語そのもの、登場人物の心情そのものだということです。
その意味ではミュージカルと言っていいかもしれません。
MV的なつくりのシーンもあります。公式サイトの MUSIC LIST にあるように1970年代から80年代ロックのヒット曲が数曲カバーされています。と言っても歌うのは主要な登場人物ではなく、たとえばバスや列車の乗客たちが歌うといった具合です。
イギー・ポップの「パッセンジャー」がこんなふうに使われます。
トーキング・ヘッズの「サイコ・キラー」は列車の中です。
映画『LETO -レト-』 パンクの名曲「サイコキラー」に彩られた本編映像|7.24(金)公開
ルー・リードの「パーフェクト・デイ」のシーンは笑いました。雨の中のマイクの悲しみのシーンなんですが、タクシーで公衆電話に乗り付けた女性が歌います。
Lou Reed – Perfect Day (Лето / The Summer / Leto – 2018)
こうしたカバー曲のシーンには歌詞やイラストがアニメーションで入ります。MVっぽいと言えば MVっぽいですね。
物語は、1980年代のソ連でカリスマ的な人気を誇ったロックバンド「キノー」のデビュー前のエピソードをヴォーカルのヴィクトル・ツォイに焦点を当てて描いています。
ロック音楽がかすかに聞こえる中、女性たちが非常階段を登り窓にはしごを掛けて建物の中に入っていきます。中ではザ・ズーパークが演奏しています。客席はと言えば、若者たちが整然と椅子に座り歓声も嬌声もありません。しかし、手や足ではリズムを取り、表情はきっかけさえあれば立ち上がりステージに駆け寄らんばかりにもみえます。
権力(ソ連邦)にとってロック(西側の音楽)は危険だという時代の話です。客席には監視員がいて押さえつけられているということです。ハートを書いた紙を掲げた女性がすぐにやめさせられていました。
ただ、そうした対権力という意味合いを強調した映画ではありません。後半には監視員、といいますかそもそもコンサート自体も行政組織の管理下にあるようですので主催者といったほうがいいかと思いますが、この映画の主人公であるヴィクトルの演奏を楽しそうに聞いているカットもありました。
調べてみましたら Leningrad Rock Club(ロシア語ですがGoogle翻訳で読めます)ということですね。やはり「若者を管理するための公式組織の一部門」とあります。
この映画は、そうした管理下に置かれた中にあってもロックをかてに自由を求める若者たちの姿と、そしてとても切ない恋と友情の物語です。
ザ・ズーパークはレニングラードでは人気のバンドです。そのリーダーでヴォーカルのマイク(ローマン・ビールィク)のもとにヴィクトル・ツォイ(ユ・テオ)とアレクセイ(多分?)がやってきます。
物語としてはマイクがヴィクトルの才能を見い出し音楽的にも助言を与えてデビューさせるという流れですが、シーンとしては、おっ、やるじゃん!みたいな明確なものはありません。
出会いのシーンは、マイクが仲間たちと海辺で戯れているところへヴィクトルがやってきて、流れの中から演奏することになり皆で楽しむといった描き方がされています。こうした海辺のシーンというのは青春映画の定番でもありますので過度にドラマチックにならないように心掛けられておりとてもいいシーンでした。
ヴィクトルが加わる前にマイクが「LETO」を弾き語りで歌うシーンがあり、それを見つめていたひとりの女性がおもむろに立ち上がり海辺に向かうカットがあります。
このカットです。
ん? と思ったのですが、その後、ヴィクトルがやってきて仲間に加わり、しばらくしてひとりヴィクトルが波打ち際に立っているところへその女性、マイクの妻ナターシャ(イリーナ・ストラシェンバウム)が向かい、ふたりが親しく会話するシーンになります。
シーンとしては連続しているわけではないのですが、ワンカットでナターシャを印象づけてその後のヴィクトルとの引きのツーショットに関連づけるというしゃれた編集でナターシャがヴィクトルに抱く恋心がこの映画の軸になるんだよと示していました。
この映画、編集がかなり見せます。
ということで、映画はヴィクトルの才能に惚れ込むマイク、そしてヴィクトルに恋心を抱くナターシャというふたつの(切ない)物語をザ・ズーパークやヴィクトルの音楽と、そしてロックの名曲のカバーで綴っていきます。
マイクをやっているローマン・ビールィクさんは公式サイトによればロックバンド「Zveri(ズベリ)」のヴォーカル兼ギタリストでこの映画の音楽も担当しているとのことです。俳優ではないからなのか、いつもサングラスを掛けて表情を読み取りにくくしてあり、それが逆に良かったです。
ヴィクトルの演奏に途中から即興でエレキギターを入れて盛り上げたりしてサポートするシーンなどがあり、自身のプライドとヴィクトルの才能を買う気持ちの葛藤が演技しない演技でよく出ていました。後半には、ヴィクトルに「感謝はしているが音楽には口を挟まないでほしい(こんな感じ)」と言われたりします。
切ないですね。
さらに切なくなります。ある時、マイクはナターシャから「ヴィクトルが気になっている。キスしていい?(こんな感じ)」と尋ねられます。
なにー!? ですが、マイクは「俺たちは自由な関係だ」と答えます。
そしてある日のコンサート会場、ナターシャには「今日は帰れない」と言い、そしてヴィクトルには「ナターシャを送ってくれ」と言い残して出ていきます。
ナターシャを送るヴィクトル、子どもを寝かしつけたナターシャ、そうナターシャとマイクには一歳にも満たないくらいの子どもがいます。ベッドに座るふたり、ふたりはキスをします。
続いてマイクのシーン、それが上に動画を引用したルー・リードの「パーフェクト・デイ」です。
この「パーフェクト・デイ」は無茶苦茶しゃれています。
外は雨、公衆電話の中で時間を潰すマイク、そこにタクシーが乗りつけ降りてきた老齢の女性がマイクに小銭を貸してと言い、ハイテンションで電話を掛けますが出ないのかいきなり叫んだりし、マイクに「雨の中で何しているの? 彼女に追い出されたの?」と話しかけ、それに答えることなく立ち去ろうとするマイクを追いかけてきて「昔自分も男を追い出したことがある」などと自分の昔話をし始め、それがやがて「パーフェクト・デイ」につながっていきます。
そして曲のラスト、アパートメントの階段を登るマイクに女性たちが「You’re going to reap just what you sow…」と最後の歌詞をリフレインでささやきかけるのです。
「全部自分のせいよ」ということなんでしょうか…。
そして、マイクはベッドで眠るナターシャの横にそっと滑り込むのです。
この映画、ヴィクトル、ナターシャ、マイク三人の映画ではありますが、マイクが一番いいところを持っていっています。
この一連のシークエンスはラストに繰り返され何が起きて何が起きなかったかが明かされます。
公式サイトによれば「本作撮影時に行われたナターシャ本人への取材では、ヴィクトル・ツォイとの間にあったのは、あくまでも友情と絆であったと明言している」とのことであり、映画でもふたりはキスをした後、ヴィクトルは帰っています。
それはそれとして、マイクがナターシャの眠る横に滑り込み後ろからそっと抱くようにした後、マイクは体の向きを変えてナターシャに背中を向けて目をつむります。
ナターシャは眠っていなかったように思います(はっきりしない)。
という切ない青春物語というのがこの映画のひとつの顔ですが、もうひとつ、映画の中に時々現れヴィクトルたちの行動を煽ったり、ある時はカメラ目線で「これはフィクションさ」と茶化したりする「懐疑論者(Skeptic)」という物語とは別次元の男が登場します。
今のロシアでは「こんなこと起きやしないさ」というセレブレンニコフ監督の皮肉を込めたメッセージなんだろうと思います。
監督のキリル・セレブレンニコフさんは「2012年からはモスクワの劇場ゴーゴリ・ツェントル(ゴーゴリ・センター)の芸術監督を務めている」方でこの映画を撮り終えた頃に「アート・プロジェクト「プラトフォルマ」の国が割り当てていた予算を横領した疑いで逮捕された」らしく、もちろん本人は容疑を否認しているそうですが、自宅軟禁された中でこの映画の編集作業を進めたそうです。
昨年の4月10日付けでこんな記事がありました。
今年4月にSPAC(静岡県舞台芸術センター)で開催予定だった「ふじのくに⇄せかい演劇祭2020」でキリル・セレブレンニコフ演出作品「OUTSIDE―レン・ハンの詩に基づく」という舞台劇が上演予定だったようですが、新型コロナウイルス感染拡大のために中止になり、代わりに映画「The Student」が上映されたようです。
面白そう。
最後に、ヴィクトルをやっているユ・テオさん、韓国系のようでキム・ギドク監督の「殺されたミンジュ」に出ていたとあり、確かに Shadow 3 とクレジットされています。あの謎の集団の1人だったんですね。
公式サイトに「劇中歌、セリフは吹替え」とあります。そのせいか、ちょっとばかり存在感が薄かったです。
いい映画でした。