リコリス・ピザ

PTAアンダーソン監督自身のカリフォルニア・ドリーミング

ポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作「リコリス・ピザ」、今年3月のアカデミー賞には作品賞、監督賞、脚本賞の3賞にノミネートされていましたが受賞はありませんでした。ちなみに作品賞は「コーダ あいのうた」でした。

タイトルの「リコリス・ピザ」は1986年まで南カリフォルニアにあったレコードショップの名前だそうです。映画とは直接の関係はなく登場もしませんが、ググっていましたら、その店名の元ネタは「Bud & Travis」というフォークデュオのライブでのジョークから取っているらしく、確かにその音声もあり licorice pizza で笑いが起きています。ジョークの意味合いまでは理解できません(笑)。

リコリス・ピザ / 監督:ポール・トーマス・アンダーソン

PTAのカリフォルニア・ドリーミング

舞台は1970年代のロサンゼルス、サンフェルナンド・バレー、ハリウッドも近く映画スタジオが多い街だそうです。アンダーソン監督が子どもの頃からよく知っているところで現在住んでいる街らしいです。それに、主人公のアラナを演じているアラナ・ハイムさんはこの街で生まれ育ったとあります。

そのアラナ・ハイムさんは姉二人と「Haim」というバンドをやっています。ウェストコースト・サウンドでなかなか心地よい音楽です。アンダーソン監督のIMDbを見ますとこの「Haim」のミュージックビデオをたくさん撮っています。アラナ・ハイムさんは映画初出演ですが、そりゃ安心してキャスティングできますよね。ふたりの姉と両親もアラナの家族として出演しています。

映画は青春恋愛もので、そのアラナ(アラナ・ハイム)に一目惚れする15歳のゲイリーを演じているクーパー・ホフマンさんは、同じくアンダーソン監督の「ザ・マスター」で新興宗教の教祖を演じてヴェネツィア映画祭の男優賞を受賞したフィリップ・シーモア・ホフマンさんの息子です。こちらもこの映画がデビュー作となっています。

他には、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパーという大物が出演して、それぞれ実在の人物をパロったような役(パロディではないかな)を演じています。ショーン・ペンさんはジャック・ホールデン役ですので、役名からしてウィリアム・ホールデンをモデルにしており、朝鮮戦争が舞台の「トコリの橋」をもじってなんとかの橋とかやっていました。

トム・ウェイツさんの役名はレックス・ブロウで、誰だかわかりせんでしたので調べましたらマーク・ロブソンという監督さんのようです。

ブラッドリー・クーパーさんが演じているジョン・ピーターズは実在の映画プロデューサーで、当時は美容師としてバーバラ・ストライサンドと知り合って交際に発展しプロデューサーに転身した人です。クーパーさんの演技は無茶苦茶笑わせてくれます。本人に対して大丈夫かなと思いましたが、ウィキペディアには、本人の口説き文句を使うことを条件に役作りには許可をとっているとあります。口説き文句というのは、ピーターズがガス欠でガソリンを買うためにアラナが運転するトラックに乗り込み、自分の車(高価な車、なんだっけ?)の横を通る時にハンドルを握ってアラナに覆いかぶさり、ピーナッツバターサンドが好きかと迫っていたあのシーンです。

このあたりのことは英語版のウィキペディアやレビューを読むといろいろ書かれています。そもそものゲイリーもゲイリー・ゴーツマンというプロデューサーがモデルとのことです。この映画のプロデューサーではなくアンダーソン監督の友人で、ウォーターベッドを売っていたことも、ジョン・ピーターズの家に売ったことも実際にあったことのようです。

映画の中でゲイリーがニューヨークへ行きテレビ番組に出演するシーンがありますが、あれはルシル・ボールの映画「Yours, Mine and Ours」のキャンペーンでエド・サリバン・ショーに出演した際のものです。ゲイリーの受けないジョークは映画のものでしょう。

映像がありました。ほぼそのままですね。

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後半にアラナがボランティアをする市会議員のジョエル・ワックスも実在の人物で、なにせ1970年代ですのでゲイであることは映画で描かれているように隠していたようです。

もうひとつ、ゲイリーがウィンドウ越しに目ざとく見つけたウォーターベッドを売っていたかつら屋のおじさんはディオナルド・ディカプリオの父ジョージ・ディカプリオさんです。

アンダーソン監督監督のパートナーであるマヤ・ルドルフさんとその子どもたちも出演しています。

甘酸っぱさひかえめの青春恋愛もの

もうすべて語ってしまったようなものですが、映画は、15歳の高校生ゲイリーが school picture day にカメラマンのアシスタントとしてやってきた25歳のアラナに一目惚れし、その思いがかなうまでの物語です。

ですので、いわゆるボーイ・ミーツ・ガールパターンの青春ものの雰囲気も持っていますが、やや異なるところがあります。明確に分かれているわけではありませんが、この映画、前半と後半では雰囲気が異なります。前半はゲイリーがアラナに思いを伝えようとあれこれアピールし、なかなか伝わらずアラナの行動に嫉妬したりと、多くの映画で描かれてきている青春ものの甘酸っぱさが感じられます。テンポもよく面白いです。

その前半をあえてゲイリー視点のパートとしてみれば、後半はアラナ視点にうつるという感じです。

ゲイリーは子役として俳優をやっており、日本人感覚ではとても15歳とは思えない行動パターンでアラナをデートに誘い、すでに書きましたようにニューヨークでのテレビ番組の出演の付き添いとしてアラナを同行させ、番組内で卑猥なジョークを飛ばしてアラナの気を引こうとしたりします。そのせいで番組後にはルーシーにひっぱたかれていました(笑)。

その際に、アラナが同じく俳優の男と知り合い親しくなったことで嫉妬したりするシーンもあり、その後は、ゲイリーが目ざとく見つけて始めたウォーターベッドの販売をアラナが手伝うことでゲイリーの思いは叶わないまでも二人の間はとても近くなっていきます。

でもそれ以上進むことはありません。アラナが年の差を越えられないからです。アラナもウォーターベッドの販売ではその才能を発揮して楽しくやっているわけですが、友だちに自分が15歳の子どもたちとつるんでいるのはヘン?と尋ねています。

そして後半に入っていきます。ゲイリーがアラナを自分のエージェントに紹介し、アラナが俳優の道を目指すことになります。

あのエージェントの女性、むちゃくちゃ面白いですね(笑)。Harriet Sansom Harris という俳優さんです。ゲイリーがアラナに何でもイエスというようにアドバイスし、その通りにアラナが乗馬もOK、ポルトガル語もスペイン語もOK、そして胸を出すのもOKと答えると、ゲイリーが僕には見せてくれないのにスクリーンでは見せるのかと子ども(子どもなんですけど(笑))のようなことを言って、それを受けてアラナは見たければ見なさいと着ているものの前をはだけていました。これが男の考えるボーイ・ミーツ・ガールです(笑)。

アラナは大人の世界へ

アラナはショーン・ペンさん演じるジャック・ホールデンのオーディションで気に入られ、食事に誘われたりと大人の世界にその気持ちが向いていきます。これが前半と異なっていると感じる点です。

ただ、この後半があまりよくないんです。結局前面に出てくるのはショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディといった俳優たちのくどい(演出でしょう)演技で、アラナはそれを憧れやらの入り混じった気持ちで見つめているばかりです。

この映画は、やっていることはあれこれ作り物ですがリアリズム的な側面も持っており、たとえばその時代のハラスメントもそのままやっていますので、女性を描くにしても1970年代ということが影響してアラナを現代的な女性として描けなかったのかもしれません。あるいはアンダーソン監督は女性を描くことがあまり得意ではないのでしょう。思い返してみれば「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「ザ・マスター」などは男臭い話ですし、「ファントム・スレッド」にしても本来ならヴィッキー・クリープスさん演じるアルマを中心に描くべき物語なのにダニエル・デイ=ルイスさんが立ちすぎていました。

ということで、次第にゲイリーたちとの関係に迷いを感じ始めたアラナは市会議員に立候補して選挙活動をしているジョエル・ワックスの選挙ボランティアを始めます。このあたりの展開も、ワックスを監視する男を登場させながら中途半端に終わったりとあまりよろしくなく、それでもラストへ持っていくところでは、ワックスがゲイであることを公にできず、パートナーとのディナーの席にアラナを呼んでゲイであることを隠そうとするあたりのシーンはちょっとばかりグッときます。

そのパートナーの悲しみを感じ取ったアラナはその男性を優しく抱擁します。そして、その時アラナは、ゲイリーへの思いを抑えていた重しが一気に取れたかのようにゲイリーのもとに駆けていきます。その頃、ゲイリーも同じようにアラナへの思いを抑えきれずアラナのもとに駆けていくのです。

で、予想通り、ふたりは街角で互いに気づき立ち止まり、見つめ合い、弾けるように駆け寄り、そしてゲイリーはアラナをしっかりと受け止め、踊るようにくるくると回る…はずでしたが勢い余ってふたりはぶつかり地面に倒れます(笑)。

その後、ふたりは初めての熱いキスをして映画は終わります。

ドリーショット多用で懐かしさを

多くのシーンで、アラナやゲイリーが街なかを走るシーンをドリーショットで撮っています。アンダーソン監督にも懐かしき青春映画の定型を利用しているということです。

冒頭のアラナがモンロー・ウォーク的に歩いていくカットも同じような意味合いでしょう。その他いろいろそれに類するカットはあるように感じます。それゆえに懐かしき青春映画の香りがする映画です。

ただそれだけに終わっていないところがポール・トーマス・アンダーソン監督らしい映画だと思います。