マエストロ:その音楽と愛と

レナード・バーンスタインの夫婦愛とバイセクシュアル…

ブラッドリー・クーパー監督主演によるレナード・バーンスタインの伝記映画です。と言っても映画全体としては音楽面での伝記ではなく、妻フェリシアとの愛憎の伝記ドラマです。

音楽面では1ヶ所、1973年にバーンスタインがイギリスのイーリー大聖堂でロンドン交響楽団を指揮して演奏したマーラーの「復活」の一部がほぼ完コピされており、このシーンは見ごたえがあります。

マエストロ:その音楽と愛と / 監督:ブラッドリー・クーパー

バイセクシュアル

バーンスタインがバイセクシュアルであったことがかなり強調されています。

冒頭のシーンは、バーンスタイン(ブラッドリー・クーパー)が世に出ることになった伝説的なエピソードに関するシーンです。

1943年、バーンスタインはニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団のアシスタント指揮者だったのですが、その日、指揮者のブルーノ・ワルターがインフルエンザで倒れ、急遽バーンスタインが指揮することになります。

暗闇の中で電話が鳴り、バーンスタインが、OK、大丈夫だと話しています。電話を切ったバーンスタインは窓のカーテンを開け、やった!などと叫んでいます。ベッドにはもうひとり男性が眠っています。

もちろんシーンとしては創作でしょうが、この後、映画はバーンスタインがフェリシア(キャリー・マリガン)と結婚し3人の子どもをもうけるも、同性愛指向もあったらしく、そのことでフェリシアとの間がぎくしゃくしていく様子が描かれていきます。

ただ、描写としてはバーンスタインが相手に惹かれているなあと思わせるシーンや手を握りあうカットがあったりするだけで、それ以上踏み込んだものはありません。

考えてみれば、この相手が女性であり、また、実際にバーンスタインが生きた時代という限定で言えば、あるいは英雄色を好むですまされたことかも知れず、その点では同性愛指向を隠そうとしていないのは先進的といえるかも知れません。

ブラッドリー・クーパーとキャリー・マリガン

というバーンスタインの個人的な生活が描かれていく映画です。

思い返してみても、上映時間2時間10分、一体何が描かれていたんだろうと、これといった明確なドラマも思い浮かばず、ただただブラッドリー・クーパーさんのレナード・バーンスタインの完コピを目指した演技を見ていただけの映画です。

フェリシアを演じたキャリー・マリガンさんのとてもいいシーンが1ヶ所あります。おそらく別居する直前を描いたシーンかと思いますが、自分の目の前でも同性愛指向を見せつけるバーンスタインに堪忍袋の緒が切れたんだと思います。二人の口論のシーンです。かなり激しい口論がワンショットで撮られています。アップで切り返す手法ではなく少し引いたところからふたりを撮っていました。

このシーンのキャリー・マリガンさん、この映画の中で唯一主導権を握れるシーンだったと思います。夫に同性愛指向があっても愛しているがゆえのつらさや葛藤がとてもよく出ていました。さすがに最後にはキレて「孤独な老王女(と字幕にあったと思う…)で死んでいけばいい!」と言い放っていました。

その後別居ということになったんだと思いますが、フェリシアに癌が見つかり、1978年に亡くなっています。フェリシア56歳、バーンスタイン60歳です。

完コピ指向映画の限界

ブラッドリー・クーパーさんには特殊メイクが施され、20代から晩年70歳前後までひとりで演じています。メイクアップ・アーティストはヒロ・カズ(辻一弘)さんです。

ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」では、私はその特殊メイクに違和感を感じましたが、この映画ではまったくメイクだとわかりません。それだけメイク素材なども研究されているんだと思います。

その技術にどうこういう意味ではありませんが、伝記ものをやる場合にそこまで顔かたちをコピーする必要があるんだろうかと思います。それに俳優としてどうなんでしょう、見せるべきは単に視覚的なものだけじゃなく、この映画で言えばキャリー・マリガンさんのワンシーンのような映画的現実感こそが映画が目指すべきリアリティじゃないかと思います。

もちろん特殊メイクを否定しているわけではなく程度の問題です。そのせいだけではありませんが、この映画、ブラッドリー・クーパーさんが立ちすぎています。それに、いくらヘビースモーカーだったといってもやりすぎでしょう。ラブシーンで相手に煙を吹きかけるみたいな演出は興ざめですし、子どもがいるのに危ないでしょうとか、火事になるよとか、映画どころじゃありません(笑)。

いずれにしても、もっとバーンスタインのいろんな面がみたいですね。