私のプリンス・エドワード

製作年は2019年ですのであの民主化運動真っ最中の時に撮られた映画です

「新世代香港映画特集2023」という企画上映の一作です。

香港映画を最後に見たのはいつだったか思い出せないくらい見ていないです。サイト内を検索しましたら2020年に「THE CROSSING ~香港と大陸をまたぐ少女~」という香港と深センが舞台の映画を見ていますが、製作国は中国ですし、内容的にも中国っぽい映画でした。純粋な意味での香港映画を見たのは2017年の「十年 Ten Years」になります。

私のプリンス・エドワード / 監督:ノリス・ウォン

香港映画は製作年を見ないと…

この「私のプリンス・エドワード」のプレミア上映は2019年11月17日の Hong Kong Asian Film Festival です。2019年の香港といいますと民主化運動真っ最中の時代です。あらためてウィキペディアを見てみますと

2019年-2020年香港民主化デモ(2019ねん-2020ねんホンコンみんしゅかデモ、中国語: 反對《逃犯條例修訂草案》運動、英語: Anti-Extradition Law Amendment Bill Movement、2019–2020 Hong Kong protests)は、2019年3月から2021年8月まで香港で行われていた一連のデモ活動の総称である

ウィキペディア

とあり、2019年11月は抗議活動がもっとも激しい時期です。そんな時に映画祭をやってこの映画を上映していたんですね。

また、この映画はノリス・ウォン監督の長編デビュー作ですが、「The First Feature Film Initiative」という香港政府が行っている長編映画のデビュー作支援の資金で制作されているようです。日本で言えば文化庁が行っているような感じでしょうか(想像です…)。

リンク先を見ますとたしかに2018年の HEIG に「My Prince Edward」が記載されています。援助資金は325万香港ドルです。当時のレートで換算しますと45,500,000円(1香港ドル=14円)くらいです。

という社会背景の中で撮られて上映された映画ということです。

それともうひとつ、日本版のポスター(上に引用の画像)では背景に逆さまの香港のビル群が使われ、香港の置かれている政治的状況を示唆していると思われますが、おそらくこれは日本の配給の意図によるものであり、本家のポスターは下の画像の通りです。

フォン、カメ、香港の息苦しさ…

香港のプリンス・エドワードにあるウェディングショップで働くフォン(ステフィー・タン)は、店のオーナーであり同棲中のエドワード(ジュー・パクホン)からプロポーズされます。結婚はフォン自身も望んでいる(かどうか、実ははっきりしない…)ことですが、それまで無関心に放っておいた10年前の偽装結婚の相手との離婚手続きが済んでおらず、いまだ相手である大陸(中国)の楊樹偉(ジン・カイジェ)と夫婦であることが判明します。

そのフォンが離婚手続きを進める中で、おそらくそれまでも薄々感じていたであろう、エドワードから束縛されている不自由さを明確に自覚し、別れを決心するまでが描かれます。ただし、そうであるかははっきりしておらず、仮に別れを決心したのだとしてもフォンにその先が見えているかどうかはわからないという映画です。

全体としてはそうしたシリアス系の空気は持っているのですが、前半はフォンとエドワードの関係やその背景が描かれるだけで、率直に言ってラブコメ的つくりでつまらないです。

冒頭はフォンがカメを買うシーンから始まり、何か意味があるのだろうと思いながらもよくわかりませんでしたが、今から思えば、また穿った見方ではありますが、ペットショップの水槽は中国で、フォンの水槽は香港ということでしょうし、直接的にはカメの不自由さはフォンの不自由さでしょう。最後にそのカメがエドワードの母親によって川に捨てられて行方知れずになることも、自らの力によってはどうすることも出来ないフォン=香港の閉塞感の隠喩と取れなくもありません。

その見方で言えば、母親の言うがままに行動するエドワードは香港行政府であり、母親は中国政府にも見えてきます。まあ、そこまで意味を込めて映画をつくる制作者はいないとは思いますが、いずれにしても香港の息苦しさが感じられる映画ではあります。

香港と中国、偽装結婚

後半になりますと、偽装結婚の相手である福州の楊樹偉が登場し面白くなります。

10年前の偽装結婚は、家族との折り合いが悪く、家を出るためにお金の必要なフォンが、業者を通して香港のIDカードを欲しい福州の楊樹偉と契約したということです。その後、業者が倒産してそのままになっていたということになっています。

映画は前半のラブコメ展開に重きを置いたつくりになっており、この偽装結婚の経緯などはかなり省略されています。理由はわかりませんが、映画の質としてはそれがマイナスになっています。この偽装結婚の経緯や、なぜ10年もそのままになっていたのか、またどうやって楊樹偉と連絡をとったのかなどていねいに描けばずいぶんと違った映画になったように思います。

とにかく、楊樹偉は香港のIDカードを取りアメリカに渡りたいと考えています。具体的にこのIDカードがどういうものかはわかりませんが、香港での居住権や就労はもちろんのこと香港人と同等の権利が得られるのでしょう。

この楊樹偉とフォンとのやり取りや離婚手続きの中で香港と大陸との違いや互いに相手を見下したいと思う気持ちなどが表現されていて面白いです。たとえば、お金のやり取りに対して楊樹偉が大陸ではすべて微博(ウェイボー)を使って電子決済だと言えば、フォンが微博は盗聴されているでしょと言ったり、フォンが50平米程度の家を探していることに対して、楊樹偉が100平米で豪邸なのか?!と香港の住宅事情を茶化したりします。

ただ、これは香港映画です。ファンが実際に福州へ行けばその街の風景は貧しそうにみえますし、楊樹偉の住まいも広くはあっても決して裕福な住まいではありません。それに、そもそも楊樹偉の服装もかなりダサく感じられるよう造形されています。これはかなり意図的でしょう。

というせめてもの中国へのしっぺ返しみたいな描写があり、結局、楊樹偉は一緒に暮らしている女性が妊娠したことから香港行きをあきらめて結婚することにし、フォンとの離婚を成立させることにします。

という2018年に撮られ、2019年の民主化運動真っ最中の時に上映された映画です。それからすでに5年、2023年の香港と大陸との関係はどうなっているのでしょう。

ということで、この「私のプリンス・エドワード」は2023年現在の香港を伝える映画ではないとは思います。