ダンサー イン Paris

セドリック・クラピッシュ監督、スパニッシュ・アパートメント以来のまとまりのいい映画…

セドリック・クラピッシュ監督人気なんでしょうか、私が見る映画には珍しく150席超満員でした。クラピッシュ監督の映画は「スパニッシュ・アパートメント」以降ほとんど見ていますが、久々にきっちりまとまった映画でした。もちろん、ベタな物語なのは相変わらずです(笑)。

ダンサー イン Paris / 監督:セドリック・クラピッシュ

エリーズを演じるマリオン・バルボーの実在感

結局のところ、この映画がまとまってみえるのは、失意の女性ダンサーが再起する姿を描くという映画の軸のシンプルさと、そして何よりダンスの持つ力をうまく捉えているからでしょう。

パリ・オペラ座バレエ団でエトワールを目指すエリーズ(マリオン・バルボー)は「ラ・バヤデール」の舞台でジャンプの着地に失敗し致命的な怪我をします。

エトワールとは、パリ・オペラ座バレエ団ではプリンシパルのことをそう呼ぶそうです。ですのでエリーズはもうひとつ下のクラスのプルミエ・ダンスール(ファースト・ソリスト)に属しているということです。

演じているマリオン・バルボーさん本人もパリ・オペラ座バレエ団のプルミエ・ダンスールです。映画後半ではエリーズはコンテンポラリーを踊ることになりますが、バルボーさん本人も最近はコンテンポラリーを踊ることが多くなっているそうです。むちゃくちゃ体が柔らかく、あの自由さはコンテンポラリー向きです。それに俳優としても実在感がとてもいいです。

映画に戻りますと、エリーズの怪我は捻挫ではあるのですが、ダンサーにとっては致命的にもなり得るもので医師からは2年間は踊れないと言われます。確か26歳と言っていたと思いますので、エトワールを目指す者にとっては人生の決断を迫られる年齢です。

これが現実なら絶望的状況に陥りそうですが、映画はさほど失意のエリーズを描いていません。バルボーさんが初の映画出演ということもあるかも知れませんし、そもそもクラピッシュ監督の映画ではそうしたシリアスシーンを見た記憶がありません。

エリーズは割とあっさりと第二の人生を探そうとし始め、友人のサブリナ(スエラ・ヤクーブ)と一緒にその恋人の料理人ロイック(ピオ・マルマイ)の手伝いをすることにします。

身体の不自由さを心の自由さに…

ロイックはふたりを車に乗せてキャンピングトレーラーのような車を牽引して田舎町に向かいます。なにをするのかと思いましたら、トレーラーはキッチンカーになっており、ケータリングサービスをやっているようで、行き先はブルターニュの海岸沿いの貸しスタジオです。

オーナーはジョジアーヌ(ミュリエル・ロバン)、足がやや不自由な高齢の女性で、エリーズを見てお仲間が来たと声をかけるなど気さくな人物です、後々エリーズを後押しする役割になっています。

ところでこのミュリエル・ロバンさん、何かで見たことがある俳優さんだと思ったものの思い出せなく、今調べましたら多分「サン・ジャックへの道」ですね。印象的な顔立ちの俳優さんですので記憶していたんだと思います。

で、この貸しスタジオにコンテンポラリーのカンパニーがレッスンのために滞在し、しばらくは、エリーズがピーラーで人参の皮むきをしたり、ナイフでりんごの皮むき(厚すぎます(笑)…)をしたりしながらレッスンを見るシーンが続き、ある時、椅子を相手にひとりレッスンをするダンサーを見て、ジョジアーヌが椅子の代わりをやってあげなさいと後押ししたことから徐々にエリーズが新しい道を見つけていきます。

このジョジアーヌもいいキャラクターなんですが、この映画がうまくまとまっているのは脇役のキャラがとてもうまく出来ていることです。

ユニークな脇のキャラクターたち…

まず、専属整体師のヤン(フランソワ・シヴィル)。演じているフランソワ・エヴィルさんはクラピッシュ監督の前作「パリのどこかで、あなたと」や前々作「おかえり、ブルゴーニュへ」の主演俳優でもあります。

そもそもエリーズが怪我をしたのは、恋人でもある共演者が舞台袖で他の女性と濃厚キスをしているところを見て動揺してしまったからなんですが、エリーズがヤンの施術を受けに行きますと、ヤンはその相手の女性と付き合っていたのだと言い出し、エリーズにともに頑張って立ち直ろうとエリーズのためだか自分のためだかわからない励まし方をします。

パターンで言えば、学園ものに必ずひとりはいるおちゃらけたキャラみたいな感じでしょうか、このヤンがあちこちで笑わせてくれるのです。惚れっぽいが切り替えも早く、後にはエリーズに惚れてしまい、わざわざブルターニュまで出掛け、告白しようとするも、逆にエリーズからは好きな人がいると言われ、自分のことかと思いきやまったく違っていることがわかるや、ひとまず部屋を出てひとりで叫びまくって気持ちを落ち着かせて再びエリーズの前に現れ、大丈夫かと聞かれ大丈夫と答えるというコメディシーンがあります。

そしてもうひとりのユニークなキャラが料理人のロイック(ピオ・マルマイ)です。この俳優さんも「おかえり、ブルゴーニュへ」の主演俳優です。

ロイックとサブリナ(スエラ・ヤクーブ)のシーンは完全にコメディパターンで、字幕でも笑えますが原語なら大笑いじゃないかと思います。そして夜には必ずトレーラーがゆさゆさと揺れています。

エリーズには父親とふたりの妹がいます。母親は早くに亡くなっています。父親アンリ(ドゥニ・ポダリデス)は弁護士であり、エリーズには法律家になって欲しかったと言っていますし、今でもあきらめていないようで怪我を機に期待を持っているようです。

映画として重要なのは、エリーズは父親が自分の方を向いてくれていないと感じていることです。エリーズは父親から愛していると言ってもらったことがないと不満を持っています。実際に食事をしながらその気持ちをぶつけますが、父親はあらためて言うことでもないとちょっとばかり落ち着きをなくしたりします(フランスでもそういう人がいるのかな…)。

で、この件はわざわざこんなシーンを入れているわけですからなにか回収しなくっちゃいけないわけですが、これがうまいところで、父親が愛していると言うシーンを入れたりはしません。映画のラストはエリーズを含めたカンパニーのダンスがクライマックスになっているわけですが、父親が客席で感動して涙を流すカットを入れ、終演後、劇場の前でふたりが一言二言言葉をかわしハグするシーンを入れています。引いた画ですので台詞はありません。愛していると言っているのでしょう。

ダンスよければ映画よし…

コンテンポラリーダンスはホフェッシュ・シェクター(本人)率いるカンパニーのものです。

私はダンス好きではありますが、最近はあまり追っかけておらず、この方はこの映画で知りました。プロフィールによりますとイスラエルのバットシェバ舞踊団に所属していたことがあるらしく、このカンパニーの舞台は見たことがあります。

この映画で使われている作品は「ポリティカルマザー:ファイナル・カット」、2019年に日本でも上演されているようです。下の動画は日本公演の「Hofesh Shechter’s Political Mother: The Choreographer’s Cut」のものですね。

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ですので、映画の中のダンスは「Political Mother: Marion Barbeau’s version」みたいな感じでマリオン・バルボーさんのソロパートを加えたものじゃないかと思います(想像です…)。

映画の中でエリーズがクラシックバレエについて語るシーンがあり、クラシックバレエは悲劇の女性を描いたものが多く、その再生にしても死後の世界というものが多いと言っていた(ちょっと違うかも…)のが印象的です。

映画では、エリーズがカンパニーのレッスンに少しずつ参加することで、自由ではない体を抱えながらも心が自由になっていく様子がこの映画の見所であり、シンプルではありながら、やはり見るものを感動させる力がダンスにはあるということです。

ところでセドリック・クラピッシュ監督もダンス好きのようで、父親アンリにダンスを見て涙を流させるところをみますとそう感じます。アルモドバルが「トーク・トゥ・ハー」でピナ・バウシュの「カフェ・ミュラー」を見て同じように男に涙を流させていたシーンを思い出します。

クラピッシュ監督は、前作「パリのどこかで、あなたと」の中でも主人公のレミがテレビでアンジュラン・プレルジョカージュがパリ・オペラ座バレエのために振り付けた作品「Le Parc」を見るシーンを入れています。このダンスです。

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ということで、ダンスよければ映画よしという、セドリック・クラピッシュ監督、「スパニッシュ・アパートメント」以来のまとまりあるきっちりした映画でした。