衝動

センスと技術力は感じるが、またも物語は語れても物語を生み出せない日本映画の現状の一作か…

劇場公開時、見逃していますのでDVDです。監督、脚本は土井笑生さん、商業デビュー作とのことです。出演は倉悠貴さんと見上愛さん、どちらも初めて見ます。

衝動 / 監督:土井笑生

2020年の青春残酷物語

2020年東京渋谷、名前を失った少年と声を失った少女が出会うというボーイミーツガールものです。この設定ですので清々しい青春ものとはいかず残酷物語系です。

製作費の問題ということもあるのでしょう、かなりの犯罪ものなのに数人で物語がつくられていたり、犯罪に関してはややチープなシーンになっています。ただ、映画のつくりとしては、導入はよくできていますし、モンタージュがとてもうまいです。主人公の少年ハチのナレーションもうまく使われており、シーンが重層的に構成されています。それに新型コロナウイルスが蔓延しているときに撮られているようで街なかのロケシーンでは皆マスクをしています。冒頭、街の俯瞰シーンに今日の新規感染者は何人といったニュースコメントをかぶせるなどうまくドラマに取り込んでします。

センスはいいですし、技術力は高いということでしょう。

ハチ(倉悠貴)は17歳、20歳と偽ってドラッグの運び屋をやっています。家出をしてネットカフェで暮らしています。なぜそうした状況にあるかが映画の軸になっています。

ある夜、ハチは仕事絡みで暴行されます。通りかかった少女アイ(見上愛)がティッシュペーパーをハチに投げつけ、何も言わずに去っていきます。もちろんハチが血を流しているからです。

後日再会し、親しく話をするようになります。しかし、アイは言葉が話せなく、筆談での会話です。この筆談が結構面白くできています。

ハチもアイも、お互いに「なぜ生きているの?」とぶつけ合っています。

ハチの物語

ハチは兄との思い出を語ります。兄が買ってくれたメロンソーダのおいしさが忘れられないと言い、ファミレスでもメロンソーダばかり飲んでいます。

その幼い頃のフラッシュバックが入っていましたが、現実的なものではなくイメージシーンのようなつくりで浮いた感じでした。変化をつけたかったのかもしれませんが、紗をかけたような映像というのはありきたりでもう少しなんとかできたのではないかと思います。

映画中盤になり、一年前に渋谷で通り魔による無差別殺人事件があったことが語られ、実はハチの兄がその犯人であり、ハチが拘置所に面会に行くシーンがあります。つまり、物語としては、ハチにとってはとてもいい兄なんですが、兄は兄で、何とは語られませんが、心の奥底に鬱屈した怒りのようなものを抱えており、一年前渋谷で無差別殺人事件を起こしたということです。その後、ハチは周囲からの偏見にさらされ、居づらくなって家出をしてきたということです。

ちょっと安易ですがこんなシーンが挿入されていました。こうしたシーンももっとリアルに重層的に描いていれば映画のレベルが一段上がっていたのではないかと思います。兄とのフラッシュバックもそうです。

アイの物語がハチの物語に交錯して…

アイは筆談に手帳の紙を使っています。書くごとにそのページを破り捨てています。この行為が結構刹那的でよかったです。

で、その手帳を使い切ったら死ぬとか言っています(だったと思う)。

ハチがその手帳どうしたのと聞きますと、父親にもらったと言います。さらに父親について死ねばいいと思っていたと言います。そして、後日ですが、父親にレイプされていたと言います。

もうオチが見えてきたと思いますが、アイの父親は渋谷でアイの目の前でハチの兄に刺されて死んだということです。

それを知ったハチは狂ったように、衝動的に、見知らぬ人を、あるいは自分をレイプした男を刺し殺します。

というのが映画の軸であるボーイミーツガール物語です。

危ういレイプシーン後のハチとアイの会話…

で、その背景として、ハチのかかわっているドラッグの密売という犯罪行為がふたりを追い詰めていきます。ただ、これがチープなんですね。映像としても他のシーンと同じように重層的にモンタージュして奥行きを出す演出にすればよかったのにと思います。

ハチとアイはふたりで遠くへ行きたいと話しています。ハチが組織のドラッグを盗むことを思いつきます。しかし、簡単に捕まってしまいます。ふたりは拘束され、アイは組織(といってもしょぼい…)の男にレイプされ、ハチもまた、組織の客(売春の斡旋もやっている…)のおっさんにレイプされます。

とにかくこのあたりのシーンがしょぼいのですが、それはともかく、ハチがレイプされた後のハチとアイの会話が気になります。

ハチが動こうとして、あ、痛たと言います。アイが筆談で「おしり?」と尋ねます。ハチは、ふっと鼻で笑い、そうだよと言います。

どうなんでしょうね、レイプは人の尊厳に関わる犯罪ですので、このやり取りがとても気になります。脚本監督の土井笑生さんは男のレイプ被害は大したことじゃないとでも思っているかのようです。もしその感覚があるとするなら、それは誰に対しても、つまりは女性へのレイプも大したことではないという価値観に通じますので、もしそうであるとするなら、かなりの問題シーンだと思います。

という映画なんですが、とにかく、映像的なセンスと技術力は感じますが、物語を語ることに力が注がれており、物事の本質を捉えようとする目線が感じられないのが残念です。