シンシン/SING SING

アカデミー作品賞でもよかったかも、ノミネートされていないけど…

刑務所での更生プログラムとして演劇に挑戦するという映画は以前見たことがあり、その映画では囚人たちが脱走していました。実際にあった話らしいです。その映画の話は後に書きますが、この「シンシン SING SING」も実話にもとづいているそうです。多分、この映画は脱走はしていないでしょう(笑)。

シンシン/SING SING / 監督:グレッグ・クウェダー

「アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台」

囚人たちが脱走したのは「アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台」という2020年の映画でした。フランス映画ですがスウェーデンの刑務所の話です。

5人の囚人たちがベケットの「ゴドーを待ちながら」を紆余曲折を経ながら稽古し、その甲斐あって刑務所外の一般劇場で上演することが許され、1回目の上演では大喝采を浴びます。そのため他の劇場からもオファーがあり2回目の上演となったのですが、その際に囚人たちが逃亡したという話です。

日本では考えられない話ですが実話だそうです。1985年の話です。その後囚人たちはどうなったんでしょう?

上の記事では、更生プログラムの教師であり演劇の演出家でもあるヤン・ジョンソンさんの話として、しばらくして囚人たちはスペインから電話をしてきたとあり、その後スウェーデンに戻って今(いつかは?…)は自由ですと話したそうです。

さて、この「シンシン SING SING」はどういう映画なんでしょう。

アカデミー作品賞でもよかったのに…

いい映画でした。

結局更生プログラムとして劇を上演するという話ですので内容はおおよそ想像はつくのですが、映画のつくりが予想とまったく違っていました。

映画ですので2、3波風は立ちますが、そうしたドラマに頼るのではなく、んー、なんなんでしょう、人物? 台詞? これといった際立ったものがあるわけではないのですがつくりもの臭さがあまり感じられないんです。

出演者の多くが実際に刑務所に収監されていたときに RTA(Rehabilitation Through the Arts)プログラムを経験した人たちということも、それが売りというわけではありませんが映画の実在感という点では大きいと思います。

主要な人物のうち、ディヴァインG を演じているコールマン・ドミンゴさんは私も何本か見ている著名な俳優さんですが、もうひとり中心となるディヴァイン・アイを演じているクラレンス・マクリンさんは RTA の体験者、ということは実際にシンシン刑務所に収監されていたという方です。

このクラレンス・マクリンさんがとてもいいんです。

ディヴァインG は軸となる役ですし出番も多いですのでやや立ち過ぎに感じるシーンも多いのですが、そこにクラレンス・マクリンさんが入りますとすっと空気が変わり画が締まるんです。役の立ち位置としては、刑務所内でも他の囚人を脅したりとワルイメージでありながら RTA に入ってくる設定で、当然ながら素直であるわけはなく仕切り役のディヴァインG に対抗心を抱くという役回りです。

他に重要な役としてはマイク・マイク、演じているのはショーン・サン・ホセさんという俳優です。この方もいい味出しています。ディヴァインG のよき協力者という役割で、映画中頃に、え?! と思うような亡くなり方をします。

この亡くなり方の描き方もうまいんです。収監されている部屋がディヴァインG と隣り合わせなんでしょう、お互いに身の上話のような話をするシーンがあり、マイク・マイクがその名前の由来の話をし、次にディヴァインG の話ということになるのですが、マイク・マイクの答えがないので俺が話しているの寝ちまったかみたいなシーンがあり、そして翌日、マイク・マイクの部屋の外から覗き見るようなフレーミングで刑務官がベッドやら荷物を乱雑に片付けているのです。脳動脈瘤と思われる病名の字幕になっていました。

プロの俳優としてはもうひとり、演出家のブレント・ビュエル役のポール・レイシーさんがいます。

主要な登場人物のうち俳優はこの3人だけで、後はシンシン刑務所に収監されて RTA を体験した元囚人たちということになります。

ディヴァイン・アイのクラレンス・マクリンさんがいい…

シンシン刑務所です。

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National Archives and Records Administration, Public domain, via Wikimedia Commons

刑務所の敷地内を列車が走っていましたが実際にこういうつくりなんですね。映画のほとんどは RTA のシーンですが、その合間に列車が走る俯瞰の画であるとか格子窓からのハドソン川の画であるとか、ときどきそうした静止画的な画が挿入され、それがとてもよく効いています。

Sing Sing (prison) - cell
Bain News Service, publisher, Public domain, via Wikimedia Commons

実際はこんなに狭いんですね。映画ではもう少しゆったりしており、ディヴァインG の居室には本がたくさん積まれていました。脚本を書いたり、自らの無実(本人が言っている…)を晴らすための勉強でしょう。

映画は RTA の舞台のカーテンコールから始まります。「真夏の夜の夢」と言っていたと思います。大成功だったようです。

続いてディヴァインG とマイク・マイクが次に誰を RTA に入れるかと人選をしています。そのひとりがディヴァイン・アイです。ふたりはディヴァイン・アイが若い囚人を脅しているところ見ます。ただそのことによって何かが起きるわけではなく、そうした人物であることを見せているのでしょう。

映画はドキュメンタリーっぽいつくりを意識しているんだろうと思います。ドラマに頼らなくてもこの出演者たちの存在感でいけるとの判断なんでしょう。それが成功していますし、そしてその出演者たちが語る言葉の力にも自信を持っているようです。淡々と稽古のシーンや刑務所内のシーンが続いていくのですが飽きることはありません。

新しい RTA プログラムが始まります。RTA プログラムというのは、演技という意図的な感情の発露を経験することで自らの感情をコントロールすることと、自分ではない他者を認めることを学ぶためのものじゃないかと思います。

それを表現していく役回りがディヴァイン・アイということです。

演出家のブレントが次の演目は何にする?と皆に尋ねます。決定は全員の同意で進めるようです。ディヴァインG がなにか書いているはずだと誰かが言います。ディヴァインG はシリアスものなんだけどねとまんざらではなさそうです。ディヴァイン・アイがここは毎日が悲劇の場所だ、みんなコメディを望んでいるのではないかと反対意見を述べます。皆もその意見に賛同します。

ということでブレントが書いたごちゃまぜタイプスリップものの稽古が始まります。

よい映画の条件は俳優の存在感、実在感だと思う…

新作上演のための RTA プログラムは淡々と進みます。波風という点では、まわりから浮いた感じのディヴァイン・アイにディヴァインG がアドバイスしますが余計なお世話と拒否されたり、やはり自分の殻を抜け出せないディヴァイン・アイがあるときその殻を破り皆の喝采を浴びたりします。

そうした稽古シーンとともにディヴァインG とディヴァイン・アイふたりの仮釈放(のようなもの?…)申請が進行しています。あまり詳しく描かれることはありませんが、ディヴァインG がディヴァイン・アイにこの書類を出したらどうだと手渡すシーンがあります。

そしてある日突然マイク・マイクが亡くなります。ディヴァインG は打ちひしがれ落ち込みます。そして追い打ちをかけるようにディヴァインG の仮釈放の申請が却下されます。

ディヴァインG が荒れます。あの冷静なディヴァインG が?とやややり過ぎ感を感じるシーンです。今度はディヴァイン・アイが孤立するディヴァインG を手助けして復帰させます。

ごちゃまぜタイムスリップものの上演は成功します。また、ディヴァイン・アイの仮釈放が認められ出所していきます。

このあたりの描写は割とあっさりしています。上演シーンも2、3カットをクロスフェードで見せる程度になっています。こうした扱いもよい結果を生んでいると思います。エンドロールで実際に演じられた(らしい…)動画が流れます。

そして数年後、ディヴァインG にも仮出所が認められます。やや俯瞰気味のかなり引いた画でディヴァインG が出所してきます。柵が開き、天を見上げて深く空気を吸うディヴァインG (ちょっとつくったかも(笑)…)、そして歩き始めます。

それを見つめるような車の中からのフレーミング、ディヴァインG が立ち止まり、笑顔を見せます。ディヴァイン・アイがフレームインしてきます。抱擁し合うふたりです。

やはり、よい映画の条件は俳優の存在感(実在感)だと思う映画でした。

ああ、もうひとつ忘れていました。劇伴に徹した音楽がとてもいいです。