雪は降る あなたは来ない 雪は降る 思い心に 虚しい夢 白い涙 鳥は遊ぶ 夜はふける…
「SAINT LAURENT サンローラン」のベルトラン・ボネロ監督です。この映画は当初その映画でサンローランを演じていたギャスパー・ウリエルさんとレア・セドゥさんで撮る企画だったようですが、ウリエルさん、2022年の1月に事故で亡くなってしまいました。映画の最後に追悼文がありました。
それと、この映画にはエンドロールがありません。QR コードが表示されますので読み取って見てくださいという趣向です。読み取れなかった方、この下にあります。

冒頭のグリーンバックシーンはなに?…
3つの時代が交錯して進むことくらいは知って見たほうがいいと思います。2044年のパリ(とはかぎらない…)、1910年のパリ、そして2014年のロサンゼルスです。
基本の物語は、男女が3つの時代を転生しながら惹かれ合うというラブストーリーではあるのですが、それが成就するわけではなくどうやら悲劇的に終わっているらしく、とにかく全体を正確に理解したいのであれば2、3度見ないとダメという映画です(笑)。
今、ウィキペディアのプロットを読んでそういうことだったんだと理解したことがいくつかあります。特に2044年はわかりにくいです。
一番意味不明なのは冒頭のグリーンバックのシーンです。あれ、言うなればメイキングですよね。ガブリエルを演じるレア・セドゥさんがクロマキー処理に使うグリーンバックの前でボネロ監督の指示を受けて動きを確認しているんです。なにかに襲われそうになりナイフを取って立ち向かうも、そのなにかに気づき(分かったからかな…)大きな悲鳴を上げます。
この件についてはボネロ監督がインタビューでこんなことを語っています。
Bonello says. “And it’s there for two reasons. The first is that [a] green screen means for the audience that there’s going to be something virtual. It’s a way to enter the film, to say, ‘We’re not always going to be in reality.’ And the second reason is that you have Léa, alone in this green space, totally lost. And it’s a way to say to the spectator, ‘My subject, it’s her. Her, Gabrielle, and her, Léa Seydoux.’”
これには2つの理由があります。ひとつは観客に対してバーチャルをイメージさせ、現実じゃないことを明確にするためです。もうひとつはレア・セドゥの孤独と困惑を感じ取ってもらうと同時に「私が撮ろうとしているのは彼女であり、ガブリエルであり、そしてレア・セドゥなんだ」と示すためです。
何を言っているのかよくわかりませんね(笑)。映画を見てそれが現実だと考える人はいないでしょうし、ふたつ目の理由なんて、それを表現するのが映画じゃないかと思います。
2044年から1910年ベル・エポックのパリ…
2044年、AI が世界を支配しています。何年か前に何かがあって AI が救ったみたいなことを言っていました。パンデミックでしょうか。ああ、町が水没するシーンがありましたので気候変動かも知れません。未来への危機意識が反映されているのでしょう。
ガブリエル(レア・セドゥ)が面接を受けに来ます。面接官はAI(声はグザヴィエ・ドラン)です。感情を持つ人間は正しい判断ができないとして、いい仕事につくためには感情(DNA)を浄化する必要があると言われます。
と始まるのですが、この2044年の未来がもうひとつ魅力的じゃないんです(ゴメン…)。
未来の映像というものは難しいですね。この映画では無機質さで表現されていました。町中の画では少人数のエキストラが無表情で歩いているとか、町の俯瞰の画でもガブリエルただひとりであるとか、それに外を歩くガブリエルはパンデミック時に医師がつけていたようなフェイスガードで顔を覆っていました。
ガブリエルはルイ(ジョージ・マッケイ)と出会い、そんなシーンがあったかどうか記憶はありませんが、ウィキペディアのプロットによれば「They are instantly drawn to each other. 」ふたりは即座に惹かれ合います。
ガブリエルはいい仕事を得るために浄化治療を受け入れて耳に注射をされ、1910年に転生します。
この1910年はとてもわかりやすいです。ベル・エポックのパリです。ガブリエルはあるサロン(社交の場…)でルイと出会います。ルイは3年前に会っていると言い、その時の出会いを語ります。
ルイは、ガブリエルがその時なにか恐れを抱いていたと言い、ガブリエルはそれに対し、なにか恐ろしいことが起きる予感がすると答え、また会ったのは6年前だと言います。その後ふたりは親密になっていきます。
この1910年のシーンはふたりの衣装で見せています。特にガブリエルはシーンごとにドレスが変化しており、これも見どころのひとつでしょう。
ガブリエルの夫は人形工場を経営しており、ガブリエルはそこへルイを案内します。このシーンの中には映画の中で唯一のふたりの交感が描かれるシーンがあります。ルイがガブリエルの手を取ります。ガブリエルもそれに応え互いに愛撫するように手を合わせるのです。官能的なセックスシーンにも見え、極めて映画的な表現だと思います。
突然異変が起き工場が水没します。電気がショートして発火し、それが人形に燃え移り、辺り一面火の海となります。多分2階という設定なんでしょう、脱出するためには水没した1階の水中を行くしかありません(そんなことはないけど…)。ルイが先に行くから戻らなかったら後に続くようにと言い残して水中に入っていきます。しばらくしてルイを追って水に入るガブリエル、扉は閉まっており脱出できません。溺れたルイが漂っています。ガブリエルも溺れ、水中に漂うふたりです。
という1910年ですが、一連のシーンとして続くわけではなくときどき2044年が挿入されていたように思います。アダモの「雪が降る」が流れていた2044年のクラブのシーンもそのひとつだと思います。浄化治療中のガブリエルには AI ロボットのケリー(ガスラジー・マランダ)がついており一緒にクラブへ行ったりしています。
ところで、なぜ1910年かですが、1910年にはセーヌ川が氾濫してパリの町が水没したことがあるそうです。次のサイトに画像もあります。
2044年から2014年カリフォルニア…
2044年、ガブリエルがひとりでクラブへ行きルイを探しています。バーテンダーに尋ねるシーンは記憶していますが、ふたりは会いましたっけ? と言うくらいに記憶がありません。映画がゴチャゴチャしている上に2044年のルイの影が薄いです。
ガブリエルは2度目の浄化治療を受け、2014年に転生します。
このパートではルイのキャラが一変しています。ルイはインセルです。自分は女に相手にされずキスもセックスも経験がないと言い、車で町を徘徊しながらその不満をスマホのカメラに向かってぶちまけてネットに上げています。そして、たまたま見かけたガブリエルをストーキングします。
ボネロ監督によりますと、このルイのキャラクターは「2014年アイラビスタ銃乱射事件」からのものだそうです。その事件、ウィキペディアからの引用です。
2014年5月23日にアメリカ合衆国カリフォルニア州アイラビスタで発生した、発砲、刺傷、車両衝突による一連の殺傷事件である。事件はインセル(女性蔑視主義者)を自認する22歳のエリオット・ロジャー(Elliot Rodger)によって実行された。ロジャーはカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のキャンパスの近くで6人を殺害し、14人を負傷させたのちに自殺した。
ガブリエルはモデルですが大した仕事はなく豪邸のハウスシッターをしています。ある日、地震が発生し、ガブリエルは外に飛び出します。しばらくして地震はおさまりますが、ガブリエルは不安から近くにいたルイに家に一緒に来てほしいと頼みます。ルイは断ります(拒みます…)。
その後ひとりで戻ったガブリエルはルイと愛し合う幻影を見ます。シラフでそんな幻を見るわけはありませんので、クラブで友人からドラッグを預かったのはその前のシーンだったんだと思います。それを飲んだということです。
このあたりから2014年と2044年がゴチャゴチャしてわかりにくいです。
ルイが拳銃をもって豪邸に押し入ります。その後どうなったのかまったく記憶がありません。俯瞰の画で、プールにうつ伏せで血を流して横たわるガブリエルを拳銃を手にしたルイがじっと見えているカットがありました。
2014年のふたりも悲劇で終わったということなんでしょう。
2044年パリ、あるいはどこでもない未来…
ガブリエルへの浄化治療は失敗に終わります。
つまり、ガブリエルはいまだ感情を持ち続けているということで、その感情とは「愛」に違いなく、2044年、ガブリエルはやはりルイを求め続けています。
しかし、クラブで再会したルイはガブリエルに法務省に就職したと告げます。
つまり、ルイの浄化は成功したということであり、ルイは人を愛することができなくなったということになります。
そのことに気づいたガブリエルは悲痛な叫び声を上げて崩れ落ちます。
カットアウト。で終わっていました。
ロイ・オービソンというミュージシャンの「Evergreen」という曲が重要ポイントで使われています。2014年のシーンでガブリエルが涙を流すシーン、そして2044年シーンでガブリエルとルイがダンスするシーンです。
春にはときどき愛が咲く、でも冬には消えていく、だけど evergreen であればいつまでも持つ、あなたへのわたしの愛のように、と歌っています。
QR で見るエンドロール…
この映画、かなりいろいろなものが散りばめられています。
1910年の霊媒師と2014年の占い師、1910年の人形と2044年の AI ロボット、頻繁に引用される蝶々夫人、突如ガブリエルを襲う1910年の鳩、2014年と2044年のクラブでの3人組、そしてルームナンバー241のドアと影、他にもあったかも知れません。
それぞれに明確な意味付けがされているわけではないのでしょうが、そうしたつくり込みで映画全体としてどこか不安感が漂ってくるのだと思います。
逆の見方をすれば余計なものも多いということになります。ガブリエルとケリーのラブのないラブシーンはその典型です。
で、「けもの」はなにかですが、おそらく「人間」でしょう。感情があるがゆえに愛もあるが破壊もするということかと思います。
エンドロールです。2014年の占い師が、ガブリエル、241番の部屋に入っちゃダメと警告しています。
そして、銃声。
やや考え落ち気味の146分でした。